48 秘密の特訓?を見ていました
「はじめまして!騎士学校4年、エリスと申します!」
「はじめまして。同じく騎士学校4年、ササラと申します」
「は、はじ、はじめまして!、1年のアルマ、と、申しますっ!」
「ふふふ、はじめまして。ようこそ我がトランドル邸へ。エルザ・トランドルよ。いつもセレフィオーネがお世話になっています」
晩秋の休日、私はおばあさまに召喚された。お茶会すっから、いつもお世話になっている女子仲間を全員連れてこい!と。しかしモフモフのいる私と違い、他の皆さまにしてみればトランドルは案外遠い。それにササラさんは毎週末孤児院に行き、妹分弟分の世話でお忙しいのだ。その話をおばあさまにすると、おばあさまが王都のトランドル邸に出向いてくれた。
トランドル邸は亡きおじいさまが王城勤めであった頃はほぼこちらに住んでいたらしいが、今はおばあさまは領地でお忙しくされていて、滅多に使われない。
あちこちに先祖の使っていた剣や槍が掛かっていて、全くグランゼウスと趣が違う。
おばあさまはニコニコと笑いながら、無遠慮に私の友人たちをジロジロ見る。
「おばあさま?挨拶も終わったことですし、客間にお通ししても?」
「あなたたち、セレフィオーネに聞いたのだけど、普段は制服だけで過ごしているらしいわね?」
その話っぷりからして、制服で過ごしていることがお気に召さないようすのおばあさま。
3人にギロっと睨まれる。いや、自分を含めての話をしただけだよ!っていうか、この話、どこがおばあさまの地雷だったのかさっぱりわかりません!先輩方もわかんないくせに、私を忌々しい目で見るのやめてえ!
「私の後輩というのに……情けない」
パンパンとおばあさまが手を叩く。するとおばあさまの使用人の女性達がサササッと現れた。あなたたちの動き……ただのメイドじゃないよね。
「時間がないわ。作戦開始よ!取り掛かりなさい!」
「な、なに!」
「きゃー!」
「せ、セレフィー!」
三人はおばあさまの輩下になすすべもなく連れて行かれた。
うわーお!
客間に戻ってきた三人は、王家のパーティーに呼ばれているのか?というくらいMAXに着飾らされていた。
まずエリスさん。濃紺のマーメイドラインのシンプルなドレスに銀のハイヒール。首回りと耳はサファイアで飾られ、漆黒の髪一部だけ頭のてっぺんで結われ、残りの髪は直毛を活かし胸元まで下ろしている。
次、ササラさん。こちらはゴージャスでボリュームのある深紅のドレスに同色のハイヒール。クルクルくせ毛の金髪は上手いことスッキリ編み込まれ、むき出しの耳と首のルビーが映える。
トリ、アルマちゃん。おばあさまの大好きモノトーン。上は白、スカート部分は黒のAラインドレス。いたってシンプルだけど……総レース!黒のハイヒールにアクセサリーは髪とお揃いのエメラルド!
化粧も込みで、ステージの違う美しさ!甘さだけでなく凛としている。
「スゴイ!ステキ!3人ともカッコいいです!」
3人は困惑を隠せずに自分が身につけさせられたものをキョロキョロ観察する。
「何が何やら……」
「私、汚しても、弁償できないっ!」
「こんな美しいもの……初めて……」
パンパン!
おばあさまが手を扇で叩き注目させる。
「いいですか?この装いが好きか嫌いか何て知りません。この装いは私が見立てたあなた方が1番映える装いです。髪の結い方、化粧方法、アクセサリーの付け方、きちんとマスターしましたか?」
「「「は、はいっ!」」」
「いいですか、これは女の言わば特攻服です。エリス、あなたがもし王女の護衛についた場合、甲冑のまま煌びやかなパーティーに行けて?」
「いえ」
「隣国の舞踏会に参加して、秘密裏に情報を探らなければならないとき、ササラ、軍服で収集できる?」
「いえ」
「夫婦役で敵のテリトリーに潜入したとき、アルマ、ドレス姿で立ち回れて?」
「……できません」
「そういうことです。女が騎士になるということは、男と同じことができるうえで、女にしかできないことも完璧であらねばならないのです。男と同じなら男でいいの。男と女、二人分働いてこそ、女の価値が上がるのよ」
そういうことだったんだ。思えば幼い頃から忍び装束での特訓以外にもドレスのままで狩りとか的当てとかさせられた。ドレスの中から短剣や手裏剣を取り出すの、スパイ映画のようで私は嬉々として楽しんだけどね。あーでも湖に落とされたときはドレスの重みに沈んで、もう一回どこぞの世界に転生だ……って覚悟したっけ。ルーが咥えて引き上げてくれたけど。
「では、庭に出ましょう。ドレスに隠せる大きさの武具を選びなさい。15分全力でマンツーマン。それを2セット。セレフィーも入って。あ、少しでもドレスや化粧を乱したら、時間を0に戻すわよ。ハイ、走る!」
「はあ?」
「うわーん!」
「エルザ様……凛々しい……」
「まあまあね。では、休憩がてら優雅に私にお茶を入れてちょうだい。……こら!膝にきてるからってカクカク歩かない!背筋まっすぐ!ああ、ソーサーに溢れていてよ!指先まで気を抜かない、マズイ!温度考えてるの?」
「茶葉……このくらい?」
「うわーん!」
「エルザ様……ステキ……」
「今から、二杯のお茶を飲んでもらうわ。一杯は毒を盛ってるの。どちらか当てて?あ、大丈夫よ。この毒飲んでも明日動けないだけ。耐性がついて秘密任務しやすくなるわ」
「やばい……クラクラしてきた……」
「ひぃぃー!」
「エルザ様が入れたお茶……ゴクゴクゴクッ!」
あれ?私も昔、おばあさまのお茶を飲むたびに体調崩してたよね。
『ああ、セレには9種の毒が仕込まれてるぞ。死ぬ量ではなかったから止めなかったけど』
そこ、絶対止めるとこだったからあー!
「みんなすっかりくたばったわね。はい、ここで自然な笑みを浮かべてごらんなさい。これができないと帰れなくてよ」
「に、に、ニコっ?」
「ひひひ?」
「お、おえええ!」
「そんな引き攣り顔で、敵味方欺けると思ってるの?もう一回!ミステリアスに!はい!」
「にこーーっ?」
「イ、イヒ?」
「お、おえええ!」
「全然ダメ!外周10周してらっしゃい!」
「「「うわーん!」」」
………
………
『セレ……女騎士とはここまで大変なのか?』
「わたしゃ冒険者志望だから知らん……」
◇◇◇
「先輩方、アルマちゃん、お疲れ様でした」
すっかり魂の抜けた3人に、私はおばあさまの用意していたお茶とクッキーを給仕する。
「大丈夫、毒味しました!」
「そ、そう?」
恐る恐る口をつけるエリスさん。
「みんな、いいこと?一か月に一度、ここに来て、今日のおさらいをすることを命じます。私の納得するレベルに達するまで続けます。これは決定事項です。いいですね」
「「「はい」」」
「エリスとササラ、卒業しても当分通うこと。そして任務ごとに王都の中心にあるマーカス商会を訪ねなさい。必要なドレスや装身具を見繕ってくれるでしょう。今日あなたたちの仕度を手伝ってくれたなかに、マーカス夫人はいたのよ。もうあなた方の顔は覚えてもらっているから、突然飛び込んでも心配ないわ」
「で、でも……私には……マーカス商会に行けるようなお金も……身分も……」
ササラさんが俯いて言い淀む。
マーカス商会はジュドールのファッションの最先端。そして価格も最先端。常に予約待ち、一見さんお断りの超高級店。確かにハードル高いよね。
「ふん、私の後輩ともあろうものが怖気づくんじゃありません!私とセレフィオーネがどれだけマーカスを儲けさせてやったと思ってるの。モノトーンも、ワンピースを上下に分けたのも、パジャマも、どれも私達のアイデアです。私に全て任せなさい。女のドレスは戦闘服。惜しんでは勝てません!」
「ですが!施しを受けるわけには!」
「ドレスに使うべきお金は孤児院で役立てなさい。そしてキッチリ期待以上の仕事をして、妹弟達の希望になりなさい!」
「……はい」
「エリス!あなたも将来神殿という閉ざされた空間で生きていくのならなおのこと、世俗に精通し、敏感でなければ信徒の悩みを理解し寄り添うことなどできません。私の名を使い、月に一度は山を降りなさい」
「……はい!」
私はササラさん、そしてエリスさん、アルマちゃんのことは本人から聞いたことしかおばあさまに伝えてない。おばあさま、皆さまの背景を勝手に調べたのね。
……まあでも立場上しょうがないか。そして結果3人ともおばあさまの目に叶ったのだ。
「こんな……美しいもの……着てもいいのね……」
アルマちゃんがポツリと呟く。
「美しいものを着て、背筋を伸ばして、戦いなさい!私の命令です。そう言ったほうがあなた達には言い訳になって良さそうね。若者には葛藤がつきもの……ふふふ」
おばあさまが扇で優雅に口元を隠す。
「今日のこのお茶会は一切他言無用。女は一つ二つ秘密があったほうが、いい表情が出来るのよ?いいわね?」
確かに今日はお茶会のお誘いだったと思い出した。
でも、実情は地獄の特訓となんら変わらなかった。
寮に帰るときにおばあさまが、
「3人とも、これを身につけていれば誰が後見についているか一目でわかるでしょう」
そう言って、ホワイトゴールドに貴石をはめ込んだ、髪飾りを3人それぞれに手渡した。
「エルザ様……」
「ありがとう……ございます!」
「こんなキラキラしたの、初めて……」
「ルー、あれって」
『うん、中に微量の液体入ってるな。』
寮に帰り次第、あの髪飾りの取り扱いを〈チームエルザ〉にレクチャーしなければ……
死人が……出る前に……




