19 準決勝に進出しました
休息ということで1日間開けた翌々日、大会2日目となった。既に出場者は四人に絞られ、準決勝2試合と決勝を残すのみ。お兄様は勝ち残った。私たち家族からすると当然で、お父様がおっしゃったように実力を知らしめることにしたんだなーと兄の脳内を想像した。
一年生で準決勝進出という事態に場内場外が大騒ぎで、水面下で高配当の賭けも大盛り上がりとのこと。
その情報を仕入れてきたおばあさまに、私は、
「単勝で。」
と10000ゴールド渡しといた。勝ち抜いてきたとはいえまだ1年生の兄のオッズはうん十倍のはず!将来悪役回避できなかった場合、妹の逃亡生活には現金が入り用なんっす!アニキ、ここは勝っといてくだせえ!
◇◇◇
「もう十分目立っちゃったんだから、そんな控えめなドレスでなくてもいいのではなくて?」
前回と同じ観客席に落ち着きながら、おばあさまが私に問いかける。
私の今日の装いは上半身白、襟口袖口スカート部分は黒に切り替えたドレス。髪は白黒ストライプのリボンで結っている。中身アラサーにはパステルカラーなんて拷問です。
でも、
「このドレス、ルーとお揃いにしたくて仕立ててもらったんだー」
ルーの鮮やかで清廉な毛皮の模様と一緒。とっても気に入った!
『セレ!ホントだ!兄妹だな!」
「そうね!もうお友達じゃなくて、姉弟だよね!」
『セレ、漢字が間違ってる!』
「でも白と黒でこの配分、斬新だこと…………結局セレフィオーネが1番人目をひいたようねえ」
「何を着ても愛らしいのですから、しょうがありますまい。はあ」
?パパン、ため息なんかついてどぎゃんしたと?待ち長い?もう始まるよ?
開会のラッパとともにアニキが現れた。大歓声に包まれる。私は口パクで頑張って!と伝える。するとアニキがフィールドからやはり口パクで、
『セレフィオーネ、ありがとう!』
これって、新幹線越しの恋人達の別れのシーンを彷彿とさせる……こんな恥ずかしいもんなんだ……
さーて気をとりなおして本日のお相手は?制服のローブの色は四年生。スラッと背が高い男子だ。銀髪珍し〜、あ、やっとコッチ見た。
「あ…………」
見知った顔だった。随分と若いけれど、もうすでに後に冷酷無比と言われる素地はできているようだ。怜悧な、見るものを凍えさせる真っ青な瞳。口元の笑みが白々しい。
ガレ帝国、ギレン皇帝陛下。
ガードナー第二王子に捨てられた私を唯一必要としてくれた、隣国の……戦闘中の皇帝。
『おまえは優秀だ。俺のもとに堕ちてこい。ジュドールにないおまえの居場所を作ってやる』
そこに恋だの愛だの甘いものは何一つなかった。ギレン陛下は残酷なほど正直だった。兵器としてのみ必要とされていることくらい理解していた。それでも小説の私は救われたのだ。結果余すところなく使い捨てられ、母国の捕虜となるのだけれど、それでも私は陛下の手を取ったことに後悔はない……。
「ガレの皇子!?留学に来ていたのか?」
「はあ、王家も甘いこと。ガレの人間をジュドールの魔法の中枢で自由に歩きまわらせてどうするの?危機意識が薄すぎるわ」
そうか、まだ皇位を継ぐ前、数ある皇子のうちの一人という立場か。ガレは実力主義。これからギレン陛下は並みいる兄弟姉妹を蹴散らして、皇帝に上りつめるのだ。私よりちょうど10歳年上だった。てことは現在16歳、戦争を吹っかける下準備に留学してきてアレコレ情報を嗅ぎまわっているとこだ。
『ジュドールでの留学はぬるま湯に浸かったような日々だったな』
ギレン陛下はそう表現してたのを思い出した。小説の私も小説を読む私も彼の辛辣な皮肉が案外好きだった。
…………何にしても、私は別の道を選んだ。魔法学院には行かない。戦争にも行かない。ギレン陛下とも出会わない。
『セレ、心拍上がりすぎてる』
ハッと顔を上げると心配そうにルーが青空の瞳で見つめていた。
同じ青い瞳なのに、なぜにこうも違うのだろう?
「ルー、私と本当に旅に出てくれる?」
ルーが私の眉間をペロリと舐めた。
『セレ、何を怯えている?俺とセレは兄妹すら超越した文字通り一心同体。ずっと一緒だよ?セレが旅に出るなら俺も出る。セレが倒れたときは俺も倒れる。セレの苦しみも伝わる。重いよ、セレ。力を抜いて?』
私の頰に頭と耳を擦り付ける。泣きたくなる。
「ゴメン、ルー。ルーを疑うようなこと言って。ルーと私は共にある。嬉しい」
ルーが私の首に甘噛みした。
「え?」
ルーの魔力が私の身体を駆け巡る。極寒の雪山のような厳しくも美しい清涼感。どす黒い不安が霧散する。白銀の女神に抱擁されているような…………
『いつもセレの美味しい魔力もらってるからな。たまにはお返しだ』
命の一部である魔力の受け渡しは最上級の親愛の証。まして相手は四天の一獣、畏怖の対象。
……情けないことに、この時初めてルーにとって私は唯一で特別なのだと理解した。
ルーは……ルーダリルフェナは絶対にヒロインに走ったりしない。
「ありがとう。大好き。ルー」
私は涙を堪え、ルーをギュッと抱きしめた。
「セレフィオーネ、大丈夫かい?」
お父様も心配そうに私を見ていた。
「いえ……彼は恐ろしく強いと思って、少し憂鬱になっていました」
「そうか……セレフィー、先に謝っておくよ」
そう言うと父は、人差し指の先で魔力による細い針を作り兄の首筋に投げつけた。こちらを振り返った兄に小さく頷く。兄は長めに瞬きした。このやりとり、一瞬。誰も気づかないはず。
方針変更の合図だ。私もおばあさまも無表情だが父の意図を汲み取った。
他国の王族相手に勝ってもいいことなど何もない。下手するとガレのブラックリストに載ってしまう。
ピー!
お互いしばらく動かず様子を窺ったあと、ニヤリと口の端だけを上げた陛下が雷の網を繰り出し兄を取り囲む。もちろん詠唱なし。わかりやすい動作もなし。
兄は瞬時に網の中で土壁を作りガードする。そして隙間から火弾を放つが網目の間にも結界が施されていて弾が弾かれる。
結界術か……今世で初めてみた。ガレの魔法が進んでるのか?陛下だけの魔法か?
兄が手持ちのナイフに雷を仕込み投げた。物理プラス同系魔法なら結界を抜けられる?抜けた!ナイフは陛下のローブの外に出ていない手に向かう。そうだ、陛下は左利きだった。左手で魔法を繰り出している。
ダン!陛下は瞬時に反応し、蹴りで兄のナイフを叩き落とし、兄に視線を戻すと雷の網を一気に引き絞り、兄の土壁を破壊した。金の網に捕らわれたお兄様。
「負けました」
ピーッ!
試合終了。
ワー!!!
今大会最高の試合に場内沸きかえる!
「まずまずな負け方ではなくて?」
「おばあさま、そのように笑うと怪しいです!」
「オホホホ、皆、ラルーザの健闘を称えてくれているわ。ありがたいけど見当違いね?」
「おばあさま、ここでダジャレぶっこみますか?」
兄が私の目の前に、文字通り飛んで現れた。
「セレフィオーネ、ゴメンね、約束したのに」
聞き耳を立てているギャラリーを意識した会話をする。
「お兄様、とってもカッコよかったです。でも負けてしまったから……今度のお休みはまるまる私にくださいませ?」
スった10000ゴールド分、身体で返してもらうぜ!アニキ!
「もう、セレフィオーネ、しょうがないなあ」
そう言うとアニキはパパンから私をルーごと受け取り抱き上げて、オデコとオデコを合わせて微笑んだ。
あ、後ろの女生徒さんたち、鼻血流してる!その量、絶対医務室行ったほうがいい!
アニキと私、役者としての使命を全うしていると……膨大な魔力を帯びた風が吹いた。
お父様、おばあさまが服の下の武器を手にして立ち上がると同時に、抱き上げられて高くなった私の目線のすぐ前に、ギレン陛下が現れた。




