18 順当に勝ち進みました
なんというか……1回戦はお兄様の試合以外はつまらなかった。多分、学院で習った魔法、例えば『ファイヤーウォール!』とか『土石流!』とかを大声で唱えて、その一発の威力で勝敗が決まる、だけ。単一魔法であっても繰り出すタイミングとか、相手を追い込むための術の配置とか、連発技とか工夫があって然るべきだと思うんだけれど…………そもそも詠唱はまずいよね。敵に手の内バラすだけ。
「お父様、詠唱はルールなのですか?」
「セレフィー、学院では魔法を詠唱して学ぶ。そんなものだと思っているんだよ。それに詠唱から無詠唱に移行するのは自分のこれまでの概念を再構築しないといけないからね。まだ彼らには無理かな」
「実戦に出てみないと詠唱なんてバカのやることだと気づかないのよ。命の危険に晒されて慌てて習得するんでしょうね。ここまで平和ボケしてるなんて……有史以来、戦のない時代など50年と続いたことなどないのにねえ」
おばあさまが口元を扇で隠しながら苦言を呈する。
昨年の入賞者やレベルの高い生徒はシードらしいので、これから期待できるのか?
私達はチラチラと試合を気にしながらも、エンリケに給仕されて、持ち込んだお弁当を食べる。
晴れ渡った空の下、ルーティンの地獄の特訓もなく、大好きなお父様と激甘なおばあさまと私の頭に食いカスポロポロ落とす駄モフに囲まれて、クールビューティアニキの無双っぷりを高みの見物する。マツキの渾身のお弁当は気合みなぎりキラキラ輝く。なんて素晴らしい日!これを幸せと言わずして何をか言わんや!私は満面の笑みを浮かべて小さなサンドイッチにかじりついた。
「おーいしーい!」
ザワッ!
なぜか場内がどよめいた。あれ、試合のイイトコ見逃したちゃった?
お父様が急に会場中に威圧を放つ。何、侵入者?
「お父様、曲者ですか?」
パパンは困った顔を浮かべ私をヒョイっと膝にのせた。私を抱きとめるために両手の塞がったパパンに私はパパンの大好きなローストビーフのサンドイッチをアーンで食べさせる。
「キャー!」
「ヒソヒソ……天使が魔王に、アーンだと?」
「ヒソヒソ……ダメだ、萌え死ぬ……」
「ヒソヒソ……いとけない宵闇の妖精には魔王も敵わないのか……」
「ヒソヒソ……」
「……チッ、害虫どもめ」
ぱ、パパン!舌打ち!?
「お父様?」
「セレフィーは心配しなくていいんだよ。さあ、デザートもいただきなさい」
「うわー!チョコケーキだあ!」
ザワワワワ!
ん?
『セレ、早く渡せ!』
「はいはい、ただ今」
「ウフフ、喜ぶセレフィーは破壊的ねえ。あなたもこれで私の夫の気持ちがよくわかったでしょう。娘を持つ男親は気が抜けないのよ〜」
「…………」
え?なんか私破壊したの?皆さんゴメンね?
◇◇◇
第二試合、お兄様の対戦相手は4年生の男子だ。デカイ!ゴリラみたいだ。
先程の試合で1年生のお兄様に期待が高まり、大歓声に包まれる。これは負けていられない!
「おにーさまーーーー!がんばってえーーーー!!!」
しーん…………
あれ?何この水を打ったような静けさ。私の声なんてかき消されたよ……ね?
異様な雰囲気のなか、フィールドのアニキとバッチリ目があった。
アニキ、一歩で跳躍し……観客席の私の目の前に!何やってんの?
「セレフィオーネ、ありがとう。セレフィオーネのために頑張るよ」
チュっ!
私の頬を両手で包み、額にキスをし、爽やかに笑った兄は……既にフィールドに戻っていた。
「「「ギャーーーー!!!」」」
場内阿鼻叫喚!アニキのファン、全員敵に回したしー!四年のゴリラさん、アニキの緊張感のかけらもない行動にやっぱり激怒してるしー!
「もう、セレフィーちゃんってば、煽って上手ね!敵の平常心奪っちゃったのね」
煽ってないし!奪ってもないし!
ピーッ!
試合が開始するやいなやゴリラさん火の柱を8本立ててアニキを取り囲んだ。詠唱は聞こえない程度だったし、スピードもまずまず。やっぱり二回戦からが本番だった。
お!8本の火柱が全部アニキ向かって内側に倒れた。
「キャー!」
観客から悲鳴が上がる。うーん、これちょっと危険だよね、一般的には。致命傷与えないってルールに抵触するんじゃ?ゴリラさん頭に血が上っちゃったか?今になってオロオロしてる。
火柱は大きい一本になり、フィールド中央でボウボウ燃え盛る。さっきのチューで私達がお兄様の家族とバレている。皆チラチラと私達の様子を窺う。お父様は私を抱いたまま無表情で炎を眺め、おばあさまは優雅にお茶を注いでいる。
キラっと炎の中で青い光がきらめいた。ゆるゆると水でできた大きな円球が炎の渦を抜けて浮かびあがり、その中にアニキが漂っていた。アニキの周りには気泡がある。
炎の一番上まで浮かぶや否や、パチンと円球は弾け、容積以上の水が勢いよく落下した。一瞬で鎮火。
ゴリラさんはがっくり両手を地面につき戦意喪失。ギブアップ。アニキはサッサと着地して、私に向かって手を挙げ微笑んだ。
「おばあさま……」
「……誰も気づいていないのだから、いいのではなくて?」
アニキはまずは消火のために水魔法、そして浮かぶために風魔法、さらに円球の外膜のため水をゴム状に粘度をつけた新作魔法。そして、自身の鼻の周りの水を水素と酸素に分解し、酸素を取り込む新作魔法。最後にドライヤー魔法で全身乾かした。地味ながらあれこれタブーを侵してるんだけど…………
「でも、単一魔法だけでも十分にやっつけられましたよね」
「ふっ、ラルーザもセレフィーにいいところみせたかったんだよ。後で褒めてあげなさい。しかし教官もラルーザの新術に疑問も持たんとは……劣化甚だしい」
『セレ、ラルーザの魔力、1パーセントくらいしか減ってないから心配しないでいいぞ?』
ルーがケーキをモグモグごっくんしながら私を覗き込む。
ゴメン、ソコ全く心配してなかった。




