170 【コミックス二巻発売記念!】お見合いしました……お父様が(後)
「ラリック伯爵様、してその支援策は?」
私は上品に微笑みながら尋ねる。
「い、いや、その……ははは、グランゼウス伯爵、実にしっかりした娘さんだねえ」
「まあね。実力で騎士学校を突破した自慢の娘だ。私だって受験しても受かったかどうかわからない。きっと母親に似たんだね」
『騎士学校、そんなに狭き門なのか?』
『まあな。セレが六歳からエルザの地獄の特訓を受けてようやく通ったんだ。まずそこの女には受からんだろ。そしてセレの母親はそんな騎士学校首席卒だと思い出させるぞと』
母は、この女性と同世代だ。自国の将軍の娘だった母を知らないはずがない。
「せ、セレフィオーネさん?」
正面の女性が、ついに私に声をかけてきた。
「はい。どんな支援策でしょう?」
そう愛想良く返事しつつ、マジマジと観察する。
ふむ、歳の頃は30代半ばといったところだろうか? オシャレにお金をかけている金髪碧眼の美人さんだ。ただちょっと、目がギラギラしすぎて怖い。
そして私は騎士学校に行って、美人の採点が厳しくなったのだ。ただ顔の造形が美しいだけじゃ50点。凛とした佇まい……エリン姉さんのような……や、幼な子への慈しみを宿した微笑み……ササラ姉さんのような……や、がむしゃらに目標に向けて努力するひたむきさ……アルマちゃんのような……そんな惹きつける何かが加点されないと、満点にはならない。あくまで私基準だけど。
「その、お国の話は国の政治に任せて、あなたのお父様のお話をいたしましょう?」
『アイザックこそジュドールの政治そのものだけどな』
『ルー静かに! この女の言い分も聞いてみたい』
「お父様のお話ですか? 喜んで!……ラリック夫人?」
「コホン、ラリック伯爵令嬢よ、お嬢さん? あなたは幼いから気づかなかったかもしれないけれど……あなたを産んだために伯爵夫人がお亡くなりになって、アイザック様は贖罪するように一人で子育てをしていらしたの」
『……趣味の悪い話の持っていきかただな』
『おいおい、アイザックなんて名前呼びするから、アイザックの魔力が荒ぶってるぞ』
お母様が私のお産で命を落としたのは悲しい事実だ。しかし、私たち家族はとっくにその出来事を昇華して、前を向いて生きている。お母様に恥じぬ生き方をしようと、おばあさま含め四人で励んでいるのだ。
……兄がこの場にいなくてよかった。
「そうですね。私は父の愛情をたっぷり受けて、こうして幸せな生活を送っています」
「そうでしょう? だから、あなたも学校の寮に入ったことだし、そろそろお父様を解放してあげてほしいの?」
「解放、ですか?」
「そう。もう一度、男として人生を楽しんでいただきたいのよ。そして私はそんなお父様に寄り添おうと思っています。そうそう、嫡男ラルーザ様はもちろんグランゼウスを継承されるとして、あなたの嫁ぎ先を私、厳選して声がけしてきましたのよ? すぐにでも良家の御子息と顔合わせできるわ。安心してね?」
『……ミドルネームがトランドルの意味、わかってなかったか。せっかくのセレのジャブも無知な相手には効かないなあ』
『ふふふ、セレに見合いねえ……これは確実にギレンに伝えねば』
前世アラサーの記憶を持つ私としては、もちろん父がずっと一人でいる必要などなく、第二の人生を謳歌してほしいと思っている。
でも、それは父が望む相手と望むタイミングでだ。
父の表情をそっと下から窺うと……まあ、激怒している。身内にしかわからないけれど。
父は家族が揃う、この週末の時間の一分一秒をとても大事にしてくれている。その時間がどんどんと消えていっているのだ。
そろそろ、お引き取り願おう。
「ラリック伯爵令嬢、あなたは父を愛していらっしゃるとおっしゃるのですか?」
「ええ!もちろん。あなたにも私たちの結婚を祝ってもらいたいわあ」
「ラリック伯爵令嬢がおっしゃるとおり、私も兄も、父の再婚の足枷になるつもりは毛頭ございません。もちろん父が幸せになる道を応援いたします……条件を満たせば」
「まあ、さすがアイザック様のお子様ね! 話がわかるわ! えっと、条件とは……持参金のことかしら? そこは兄が……ねえ!」
「え、持参金いるのか? グランゼウス伯爵のところは裕福だから、いらんだろう? そちらは結局再婚だし、なあ?」
「ああ、持参金ではありません。グランゼウスの女になる条件はただ一つです。ご存知ないですか? 案外有名な話なんですが」
「え、そんなものあったの? 何かしら? なんでも見つけてみせるわ!」
「父よりも強いことです」
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見て、言い切った。
「は?」
「グランゼウスはジュドールを魔法によって護る一門。一族の夫人はその要です。ゆえに誰よりも強くなければまとめられません」
「な、何をバカなことを……なんのために家臣がいるの?」
「家臣はおりますが、先頭に立つのは私たち領主一族です。それがグランゼウス。身内が足手まといだと戦闘時、動けません。あ、戦闘方法は問いませんよ?武力でも魔力でも」
「バカな! 領主夫人が戦うなど聞いたことがないわ!」
「そうは言ってもそれが我がグランゼウスの常識ですので……ちなみに亡き母は、父が王宮を離れられないあいだ、領地に侵攻してきた隣国の一部隊をキチンと二度殲滅しました。グランゼウスの夫人に求められるのはともに戦える力です。母は父とのタイマンでも、五回に一度は勝ったそうです」
父が懐かしそうに頷く。
「アイザック様に……勝った? そんな……そんなの無理よ!」
「あら……。ではせめて、私たち一族の魔力に耐えてください。じゃないと、ここに住むにも息も出来ませんよ。いいですか? はいっ!」
私は一気に魔力の圧を放つ。それを見てドア側で見守っていたエンリケも、私の横で俯いて怒りに肩を震わせていたマーサも、一瞬で日頃抑えている魔力を放出する。濃厚な魔力が部屋中を渦巻く。
『……セレ、えげつなー。でもオレもちょっとだけ、えいっ!』
『ほお、この屋敷の使用人のレベルはすごいな。ガレの軍隊で言えば大隊長クラスだ』
「ひっ!」
「きゃあっ!」
正面の二人は一気に顔を青ざめさせ、身じろぎもできず、冷や汗を流す。何がなんだかわかっていないようだが、本能が恐怖しているようだ。まあ、ルーの魔力まで加わったら畏れるよね……。
『セレ、うっかりオレも乗ったけど、〈魔力有り〉ってばれていいの?』
「そこに気がつく余裕はないと思うけど、聞かれたら『後天です』ってシナリオどおり言うわ。もう騎士学校に入学してるもの。アベンジャー将軍がどうにかしてくれるでしょ」
『そだね。あいつはエルザの下僕だもんね』
ルーと声をひそめて話したのちに、客人に向き直る。
「常にこの環境だと思ってくださいね。では試しにしばらく過ごしてもらいましょう。マーサ、お茶がぬるくなっちゃったわ。淹れなおしてくれる?」
「ハイハイ、ちょっと待っててね」
マーサがその場でさっとやかんに手をかざして、お湯を再沸騰させ、ホカホカのお茶を淹れた。
「ああ、お嬢様、お嬢様の帰宅に合わせてマツキがスコーンを焼いていましたよ。ご一緒にどうですか?」
「うわー嬉しい! エンリケ持ってきて! じゃあこの報酬のイチゴケーキはディナーの後ってことね?」
エンリケはニコニコと厨房からスコーンを運んできた。
「お父様、スコーン半分こしましょう? バター多めのハチミツちょっぴりですよね? ……はいどうぞ」
「ありがとう、セレフィオーネ。ああ……セレフィーのおかげでちょっと元気になったよ」
半分こしたスコーンで乾杯して、二人でもぐもぐと食べる。マツキ、最高!
『セレ、最低三個は残しておけよ』
『私の分はアイスを添えてほしいね』
ルーよ、結局ほとんど働いてないよね? アスは真冬もアイス派かあ。ブレないね!
「た、頼む……もう、魔力流すの止めてくれ……」
父と、二人で声のほうを見ると、ラリック伯爵は魔力の圧力に耐えきれなかったのか、床に張り付き、令嬢は気を失っていた。
トドメとばかりに父が魔力をぶっ放した! ブワッと音が鳴る!
「……これしき我慢できないのなら、二度とうちの敷居を跨ぐな!!」
『『魔王!!』』
「わかった! よくわかった! 妹にもきちんと諦めさせる! すまない!」
「我が一門の、王家を守る砦で有り続けるためでもあるこの条件、王妃殿下にもよくよくお伝えしてくれ。誰か! ラリック伯爵と、伯爵令嬢のお帰りだ!」
うちの身体強化した使用人がすぐさま入室し、ひょいっと二人を抱き上げて、彼らの馬車に連れていった。
馬車のガラガラという車輪の音が遠ざかり、ようやく、いつもの我が家に戻った。
「お父様……私、少々やりすぎましたか?」
「いや? 最高にかっこよかったよ。さすが私のセレフィオーネだ」
父はニッコリ笑って私の肩を抱いた。
「でもね、お父様。さきほど言ったことは本当です。大好きな人ができたら、迷わず捕まえてください。私たちのことはお気になさらず」
「正直なところ、今その気持ちの余裕はないね。……セレフィーを、忌々しい予言からなんとしても守ることこそ……」
「お父様?」
「ええと、ありがとう。娘にバラすのは恥ずかしいけれど、私の心の中はまだ、美しいリルフィーがキラキラと輝いているんだ。忘れられる……はずがない」
父はそう言うと、暖炉の上の母の肖像画に視線を流した。母もまた、優しく父を見つめ返す。
「そうですか……それでお父様の心が温かいのであれば、何も言うことはありません」
「うん。リルフィーと、セレフィーとラルーザで、今のところ、隙間もないほどポカポカだ」
「ふふ……うん、よかった!」
『よかった!』
『よかったねぇ、セレ』
私はお父様にぴったりくっついて、スコーンの続きを食べた。
アスとルーもテーブルに舞い降りて、早速残りのスコーンを奪い合った。
◇◇◇
「そんな面倒なことがあったの? セレフィオーネが少しでも逆恨みされたら困る。今度から私が対処するから」
翌朝、兄と二人でルーの背に乗って、豪雪地帯に向けて駆る。私たちのマジックルームは救援物資でいっぱいだ。
『オレの契約者を逆恨みなんかしたら、天罰与えちゃうけど?』
「ルー、物騒だよ!」
兄に通訳しながら、ルーに注意する。
「そうですルー様、ルー様を煩わせるほどではありません。私が……ふふふ、ラリック伯爵家ね……どうしようかな、あ、その先雪崩がおこってますので迂回してください」
「お兄様詳しいね!」
「北の地域は……調査中でね、しょっちゅう足を運んでいるんだ」
『ふーん? では曲がるぞ?』
急な進路変更で、風圧がかかり、粉雪を鼻に吸い込んだ!
「はーーっくしょい!」
「セレフィオーネ、風邪を引いたんじゃないのか? ほら、私のマントの中に入って!」
「はーい!」
お兄様の懐のなかは、魔法で暖気が流しているのかポカポカだ。眩い朝日と銀世界のなか、二人と1モフは被災地に急いだ。




