145 騎士学校を卒業しました
「ああ、セレフィー、エベレストもトランドルのCだよ」
ニックがエベレストとグータッチしながら教えてくれる。二人ともデカイからって私の頭上でするのはヤメテ!
それにしても正統派のエベレストはトランドルとカラーが違うよねえ。
「そうなの?うちに入ってくれてありがとう。エベレストは今後どうするの?」
「はい、アルマと同じく軍で内務をと思っていたのですが、セレアル……ちょっとした集会をまとめ上げる手腕が買われまして、文官……判事候補として国に仕えることになりました」
「えーー!もったいない!片手剣と鞭の両刀だったよね?私には無理だって思いながら見学してた」
「私の授業風景を覚えておいでで……セレフィオーネ様……ありがとうございます!文官になりましても、これまで鍛えたことは無駄にはなりません。腕が鈍らないためにもギルドに顔を出しますので!」
何故涙ぐむ?
「うーん、でも中央勤めなら、王都のギルドに移管した方がウケがいいんじゃない?」
「セレフィオーネ様、トランドルのCであることが自信であり、セレフィオーネ様とアルマとの絆でありモチベーションをあげるのです」
そ、そうなの?ニックを見上げると肩をすくめてみせた。
「セレフィー!」
アルマちゃんに呼ばれて振り向くと、顔だけ知ってるひょろりとした茶色のくせっ毛の男性をアルマちゃんが制服の襟を捕まえてしょっ引いてきた。誰だ?
「えっと、ごめん、同じクラスじゃなかったよね?」
「セレフィー、こいつが私たちを切り売りしてるマードック!」
「おまえかああああ!!!」
「せ、セレフィオーネ様!お怪我は、お怪我は大丈夫なのですか!僕、心配で心配で……」
私が療養していたことを知るのはごく一部。皆口固いはずなんだけど……。
「何故私の怪我を知ってるの?」
「私、その場におりましたので、駆け出しの記者として。セレフィオーネ様が地面に押し付けられてるのを見てそこからの記憶が……」
「結局おまえかああああ!!!!」
「ギャーーーー!!!」
アルマちゃんに押さえつけられたマードックの両方のこめかみを拳でゴリゴリしてやった!前世の梅干しってやつ!
「いやー、マードック、ただの文芸オタクと思ったら案外フットワーク軽いんだな?」
ニックがマードックの肩をバシバシ叩く。
「ニック!どっちの味方?」
「セレフィオーネ様、マードックは今回の取材と本で、本年度の世界ペンクラブ大賞にノミネートされてます。今後の影響力を考えると上手く付き合って行くのが肝要かと」
「エベレスト、なんてバランスのいい発言!」
「せ、セレフィオーネ様、僕はそんな、ただ四姉妹の皆様が大好きなだけで……」
「おい、どーやっておばあさまの懐に入りこんだ?コラァ!」
私がマードックの、胸ぐらをつかもうとした、その時!
「ぜでぴおーでーざまーーーー!!!」
「「「「「セシル!!!」」」」」
「おい、お嬢!傷が開く!走るな!!!」
『セレ!?』
私は出口に向かってドレスを翻しながら駆け出した!
逃げるに決まってるじゃん!
◇◇◇
屋上にトンっと着地した。今年は雪はない。
そこにはやっぱり、気配を消したギレンがいた。月を見上げていたけれど、私を見とめてフッと笑った。
ゆっくりと歩み寄り、私に向かって手を伸ばす。その手を取ると、壊れ物のように静かに引き寄せられる。
「楽しかった?」
「はい、てかなんで今日ココにいるの?」
そう言いながらも、ギレンにはパイプが山ほどあることに気がついた。アスに自国の間者、ルーにおばあさまにお兄様……。
「『最愛の皇妃を守るため、あらゆる苦難に』立ち向かってやってきた」
「ぎゃーー!露見済みーー!!!」
隠蔽工作無駄でした。
「三年前よりも暖かい夜だな」
ギレンが下界の音楽に合わせて完璧なステップを踏む。下でたった数曲踊っただけなのにもう息が切れる。ついていけない。不甲斐ない。
「ごめん、速い。足がもつれる」
「……今、大事にしなければな」
ギレンが私の腰に添えていた左腕で私を持ち上げ、宙に浮いた。そして縦抱きにしてゆっくりクルクル回る。私は慌てて両手をギレンの首に回し安全策を取る。視界が高くなり、目に入る景色がグンと広くなり、短くも楽しかった学校生活を思い出し、懐かしむ。頰が緩む。
「よかったな、セレ」
「うん」
「他の男と踊るのは今日だけだ」
「はーい」
星が流れた。その様子を二人とも見守って、あの夜と重ねる。
「……セレは随分大きくなった」
昔の私を思い出し、懐かしそうに見上げて微笑むギレン。
そりゃ……ずっとずっと子供だったもの。それに引き換えギレンは最初から大人だった。私はギレンの横に立つのにふさわしい大人の女になれたのかな?
魔術大会でお兄様と戦う、今の私と同世代のとんがったギレン、あのギレンとの出会いからこれまでを思い返す。ふと、今世の思い出が前世の記憶を凌駕したことに、唐突に気がついた。
前世は過去だ。もう……怯えない。
「本当に……綺麗になったな」
顔に一気に熱が集まる。恥ずかしくてギレンの首元に顔を埋める。
「傷だらけだよ?」
「お互いさまだ」
ボロボロ同士、お似合いだ。
耳元で囁かれる。
「卒業おめでとう」
「ギレン……ありがとう」
ちょうどいいポジションにあった、ギレンの傷にキスをする。習慣のようにおまじないをかける。ギレンは決して拒まないから。
顔を離すと、抱いていない腕で頭を抱えられて、倍にして……返される。
『アオハルだ』
『間違いない』
『甘過ぎぃーーーー!』
「クーー!尊いぃ〜!!!」
『アス……何故アーサーを連れてきた?』
『証人がいるとのことだ』
『何の?』
『自分達の戴く皇帝が、冷たいだけの男ではない『らぶらぶちゅっちゅ』で、あの本が限りなく真実であることの』
「宰相閣下曰く、皇帝陛下イメージアップ大作戦です!」
アーサーが雰囲気だけで会話に混ざる。
『……リグイドか。当然ギレンは気がついてるな』
『うわあ……それ知ったら、絶対セレちゃま荒れるよ……あ、タール様が『かめら』貸そうか?ってテレパシーが来た!」
『いいから禊に集中しろ!と言っとけ!』
今宵も月光が優しくあたりを包み込む……。
◇◇◇
翌日、桜に似た花の舞う中、私は久しぶりの濃紺の制服を着て騎士学校を卒業した。
入学式の再現のように、お父様が保護者席で膝にルーを乗せて、おばあさまが来賓席で涙ぐんで拍手してくれた。
閣下は……いなかった。
首席の表彰と答辞はマイスイートハートアルマちゃんだった。女性の首席はお母様以来の快挙!さすがだぜアルマたん!!!
おばあさま、お星様のママン、首席のバトン引き継げずごめんね!出席日数足りないのに卒業出来るだけでもありがたいよ。
マクレガー家で散々虐げられてきたアルマちゃんが結局首席で、そのうえ近衛に入らない事態。アルマちゃん以上に私含む同級生全員がスカッとした。もちろんセシルも。
セシルは色々と疲れ果てたガードナー王子とともにガレに二年間留学することが決定している。ギレンは自分がジュドールに留学していたこともあり、交換留学という形であっさり受け入れた。まあギレンと違って何の脅威もないからね。
宰相閣下となられたアルマパパはアルマちゃんとセシルをまとめて抱き締め周りを気にせず号泣していた。
同級生皆でアルマちゃんを胴上げした。わっしょい!
セレとともに、この春ご卒業の皆様、おめでとうございます。
次回の投稿、せめて1話でも週末に更新できればいいのですが……バタバタとしてましてお約束できません。
のんびり更新ですが、今後ともよろしくお願いします m(_ _)m




