13 おばあさまも振り返る
水仙の花が咲く、まだまだ春遠い午後、憎っくきあの男から手紙が届いた。
私のかわいい一人娘リルフィオーネを奪った挙句、守れなかった男、グランゼウス伯爵。
いっそ握り潰してしまおうか?とも思ったが、昨夜、夢枕に美しいリルフィーが立ったことを思い出し、ため息をつく。リルフィーが旅立って6年、葬儀の日以来初めての接触、何か……緊急事態であることは間違いないのだろう。
◇◇◇
我がトランドル家は貴族の一員とはいえ爵位はない。代々の武家で、功績により一代爵位は度々もらっているがトランドル家にとって爵位はさして重要ではない。トランドル家は己が納得できるまで技を磨き、尊敬できる主君を見つけ、生涯支えることに重きを置く。一度主人と定めたら、主人のために勇猛果敢に戦い、結果死を迎えようとも後悔はない。
私の夫は先代王を主君と認め、王とともに数々の戦いを潜り抜け、将軍にまで登りつめた。爵位などなくてもトランドル家をバカにする愚か者などいない。
そんな夫と私は第二次ブルラージュの戦いで、指揮官と副官という立場で出会った。騎士学校を出て順調に勝ち戦を収め、出世頭であった私だが、熱心に真剣に口説いてくれる上官に絆されて、全てを捨てて彼に嫁いだ。
夫は演習や遠征で家を空けることが多かったが、短い時間を大事に過ごし、花のような娘を授かった。私たちの宝、リルフィオーネ。女性そのものの容姿と物腰の柔らかさを持ちつつも、リルフィオーネはトランドルの直系の娘だった。ドレスで軽やかに踊りつつ、夫の剣技、私の短剣と参謀術をスポンジのように吸い込んだ。私たちは大事に大事に慈しんだ。
リルフィオーネが恋をした。やはり戦の最中だった。武のトランドルと相対する、魔力のグランゼウスの跡取り。リルフィオーネはグランゼウスに何もかも負けたのだと笑った。そして一生を添い遂げるのなら自分より強く、ゆえに優しいグランゼウスしかいないのだと。グランゼウスも誓った。リルフィオーネを必ず幸せにする。守り通すと。
夫と私は、婿ではなく、共に住めないことに落胆しつつも、愛娘の決断を尊重した。
娘が出産で命を落とした。既に嫡男ラルーザがいるのに何を欲張った!?私達は娘の命と引き換えに産まれた赤子を見ることもなく、
「お前は約束を破った。トランドルは一生許さない」
葬儀の席で夫は伯爵にそう言い放ち、絶縁した。
既に主君も黄泉に立たれ、娘も旅立った。夫は娘の死から1年足らずで、風邪を拗らせ後を追った。
◇◇◇
「御母上様、この度は、私の願いを聞き入れて、我が屋敷にお運びいただきありがとうございます」
グランゼウス伯爵が私の前で膝をつき、最上礼の挨拶をする。私は鷹揚に頷いた。
グランゼウスと会うことを決断して、私は昔のコネを動員し、グランゼウス伯爵家の現状をできるだけ探らせた。わかったのは、ここ数年、グランゼウス家は社交界から遠ざかり、孤立した状況であること。娘がいないために社交が不得手になったのだろうか?貴族として悪手ではなかろうか?ある意味孤立しているトランドルの私が言うのも何だけれども。
そして、もう一つはあの赤子がグランゼウスの血を引きながら「魔力なし」であったということ。才能豊かなリルフィオーネの娘というのに……正直言ってガッカリした。
何故私のリルフィオーネは「魔力なし」の子などのせいで死なねばならなかったのか…………
「御母上様、こちらにおいでください」
グランゼウスは私を窓辺にいざなった。完全に外界から遮断された王都の伯爵邸の庭は、存外広かった。
広い芝生の真ん中に彼女はいた。
「リルフィオーネ…………」
私のリルフィオーネは栗色の髪。黒髪の彼女がリルフィオーネのはずはない。だけれども……焦がれ続けた娘にしか見えない。夫と娘と同じトランドルの強さの証である輝く黒眼。明るい空色のドレスがよく似合っている。くるぶしより上という丈の長さには眉をひそめたが。
彼女は丸い輪を手首でクルクル回したあと頭上高くにその輪を投げた。投げると同時に彼女、更に一つの影がその輪を追って飛び上がる。
「え?」
彼女は建物でいうと3階の高さまで跳躍した。しかしもう一方の影に輪っかを咥えられる。足蹴りするも一瞬でかわされ、影は地面に一気に到着。彼女は途中で諦めたのか、風の渦を纏い、スピードを落とし、片足ずつゆっくり着地した。
なぜ?風魔法?「魔力なし」でしょう?
わけがわからず彼女の行動を注目していると、足元に先程の影がまとわりついていた。彼女はそれを抱き上げ、愛おしそうに何か喋っている。
身体中がブルブルと震えた。背中を汗が伝う。戦場で腹を突かれ死がすぐそばに迫ったとき以来の恐怖。
かつて…………調査の護衛で赴いた西の果ての砂漠の陵墓で見た……壁画そのもの。神の化身。
「セレフィオーネはおてんば過ぎて、少々手を焼いております」
グランゼウスの声にハッとして振り返る。真剣な顔で私の表情を伺っているグランゼウス。
確かに……只事ではなかった。
「何故……大いなる存在、四天の西の御仁がこちらにいらっしゃるの?」
「やはり……聖獣様のお姿、お見えになりますか……」




