100 敵に?塩を贈りました
何故かジュドール御一行が帰国する前に、私はガードナー王子に根性入れすることになった。
もちろん、言い出しっぺはトンデモ従者セシル。
「殿下、殿下も一度、セレフィオーネ様の強さを肌で感じるべきです。そこから新しい何かがひらけるはずです!」
……変態とか?
皇帝領の森浅くに集合してもらう。誰でも来れる、秘密でも何でもないところ。
ガードナー王子とセシル、それと私とルーとアーサー。
他の皆さんには遠慮してもらった。
「私の特訓は秘中の秘ですので」
翻訳すれば、無様な姿、見られるのは少数の方がいいでしょう?という私の思いやりなんだけど、気づいてますかしら……
「では、ガードナー殿下、ここから四時の方向に一時間ほど駆けたところにデビルイノシシが四頭います。一頭狩ってここまで連れてきてください」
「え……?すまない、それが特訓なのかな?」
「はい。それが手始めです」
「セレフィオーネ嬢、どうやってその、対象まで行くのかな?」
「えっと、お好きなように?」
「では、馬で!」
……………
「………えっと、馬がどうかしました?」
「いや、馬をもて!」
「殿下、失礼しました。言い直します。対象まで自力で行ってください。走っても歩いても、飛んでも跳ねても結構です。よーい、ドン!」
「ま、待て、どうして私が走るのだ?」
「殿下、もしシュナイダー殿下との戦場が馬の走れないところであったらどうするのです?自らの足で赴く以外ないのですよ!」
「私は魔法士だ。体力を鍛えては……おらん」
「ではこれから鍛えなければ。殿下、魔法士も最後は体力勝負です。どんな大技を使えようとも体力が尽きればおしまいです。戦争が1、2時間で済むとお思いですか?」
「だが、私は王子だ。最前線に出ることはない。むしろ最前線に出てはいけないんだよ」
「私を襲ったことが露見して世論的に劣勢に立つシュナイダー殿下は、最前線で両手から火を放ち、自軍を鼓舞させるかもしれませんね」
「!」
「現実にそのような事態が起こるかどうかはわかりません。ただ仮定の話として最前線で戦う王族と、姿も見せない王族。民はどちらに熱狂するでしょう?」
「…………」
「私は別に特訓など止めてもいいのです」
「……4時の方向だな」
殿下は大股で藪の中に消えた。
「アーサー、何かあってはマズイから、付いて行ってあげて」
「了解しました。姫様、私もこの特訓、参加してもよろしいでしょうか?」
へ、何で?これって特訓でもなんでもない、ただの嫌がらせに近いんだけど。
「別にいいけど……セシルも行く?」
「いえ、私には必要ありません。ここでセレフィオーネ様とお待ちします」
ふーん。
アーサーが小さく頷いて、サッと森に消えた。
セシルと側の丸太に腰かける。
「セシルはデビルイノシシくらい余裕で捕まえられるってわけ?」
「セレフィオーネ様、これを見てください」
『ほお?』
ルーが瞳を煌めかせる。
セシルが首から引き出したプレートは、ブロンズ……トランドルの。
「マクレガーギルドではないの?」
セシルは苦笑した。
「マクレガーでは恥ずかしながら、プラチナを持っています」
「……どうして?」
「アルマに……トランドルギルドに連れて行ってもらいました。アルマの働く姿を見学しました。全く桁違いでした。依頼内容も……アルマの強さも……」
アルマちゃん……
「私もトランドルの門を叩き、ようやくC級です。ですのでデビルイノシシは一度に3頭までならなんとか。私以外の同級生も数名、トランドルの洗礼を受けております」
トランドルのブロンズ。ジークじいが簡単に許すはずがない。セシルはもう甘ったれのお坊ちゃまではないのだ。
「何故、ガードナー王子についたの?」
単刀直入に聞く。
「結局のところ、私はガードナー殿下が好きなのです。高潔なところも、真面目すぎるところも、優しすぎるところも。失恋して……落ち込むところも」
セシルらしい。政治的な思惑がないだけ、迷いもなく、後悔もないだろうな。
「セシルは……アルマちゃんや学校のみんなは今の状況をどの程度把握しているの?」
「はい、私には力がなく、最初、何も伝わってきませんでした。アルマとニックがセレフィオーネ様が魔法師に攻撃されながら逃げるのを見て、それに続く爆発音で講堂に駆けつけると、大怪我したコダック先生と、呆然と佇む将軍閣下。あれだけの大騒ぎだったというのに学校からは何の説明もない」
「次はトランドルの一員と認められてからようやく話を聞けた。トランドルではセレフィオーネ様の情報は仲間だけに厳重に管理されています。セレフィオーネ様はその力故に幼い頃から狙われていたこと。そして今回もセレフィオーネ様の力を欲したシュナイダー殿下が将軍を利用し学校にてセレフィオーネ様をおびき出し、協力を断ったセレフィオーネ様を、殺そうとしたこと」
そうか……私の大好きなコワモテ集団に仲間と認められたんだ。セシル、本物だ。
「しばらく間があき、セレフィオーネ様がマルシュで生きているという情報が入ったとき、ギルド中が……泣きました」
みんな……
「そして、つい最近、操作された情報、賊に襲われマルシュで隠れていたセレフィオーネ様を婚約者の皇帝陛下がガレ帝国に連れ帰り、外部が手を出せないほどラブラブチュッチュで囲っていると」
「ちょい待ち、最後が変だった!」
「あ、すいません。〈騎士団四姉妹〉という愛読書の表現が移ってしまいました」
なんだそりゃ?
「セシルレベルの情報はどれだけが知ってるの?」
「私とニックとアルマとトランドル。それに王家と聖女エリス様率いる神殿でしょうか。騎士学生も情報をつなぎ合わせ……ほぼ真実にたどり着いてます。特にセレフィオーネ様の我ら同級生は」
我ら?
「私はまだ……同級生なのかな?」
「もちろんです!」
ああ……セシルを殺さないでよかったかもしれない……変態だけど。ポケットに手を入れて、ニックのガラス玉を取り出し、木漏れ日にかざしてキラキラと輝く表面を撫でる。
「神殿といえば、ご存知ですか?エリス様はなんと、伝説の東の四天様と〈契約〉を結ばれたという噂です!流石はエリス様!」
私はルーと目を合わせた。
『情報を撹乱してくれたのだろう。セレ一人がこれ以上狙われないように』
……流石はエリス姉さん……
セシルが脇見した隙にルーに尋ねる。
「タール様は私がミユと契約したことわかってるの?」
『無理だ。安心していい。本来ならオレら四天は情報を共有するんだけどね。あの様子では……。オレにもタールの情報が見えないしね』
「エリスさんが契約者を騙ることで、危険が及ばないかな……」
『エリスもほどほどに強い。それにエリスはある意味キラマの恩人。ミユとレンザが必ず守る』
そっか。エリスさんはミユの加護持ちのような存在なんだ。ミユのキスも受けていた。契約はなされてないけど同士みたいな仲だよね。あの神秘の瞬間を共にしたのだから。
「セシルは大好きなガードナー王子が私を利用しようとしたらどうするの?事によっては敵になるよね」
「私の崇高なる女神であるセレフィオーネ様は、利用されたり致しません。ゆえに杞憂です」
『正解だな。2年もあればこうも人とは成長するものか……』
「アルマちゃんに手紙を書いたら届けてくれる?」
「セレフィオーネ様に頼みごとをされるなど……望外の幸せ!!!」
変わってないところもある。それはそれで、安心する……変態だけど。
◇◇◇
王子の帰りを待ちながら、私はマジックルームから便箋を取り出し、アルマちゃんに何枚も手紙を書く。その間セシルは腹筋と腕立て伏せを繰り返す。この脳筋ぶり、間違いなくトランドル……
『戻ったぞ?』
ルーに遅れること数秒後、私の結界にもかかった。
ガサガサと音のするほうを見てみると、服装の乱れもなく涼しい顔をして、特大サイズのデビルイノシシを右手の人差し指で引っ掛けて持ってきたアーサーと、泥まみれ血まみれで引きちぎられたボロ服を着て、まだ子供サイズのデビルイノシシをロープで背中に括り付け、顔面蒼白のガードナー殿下……が戻ってきて、目の前まで来るとばたりと倒れた。
「殿下……このサイズのケモノはまだ狩るべきではありませんのに……」
セシル、よくわかってる。トランドルだったらお仕置き案件だ。
「な……なにか……言ったか……」
でも殿下はトランドルではないから大目にみよう。
「セシル、では殿下に捌き方教えてあげて。手伝っちゃダメだよ」
「はっ!」
「捌く?私が?何故?」
「殿下はモモ肉と葡萄の赤ワイン煮、大好きですよね?」
「何故、知ってる?」
かつてお嫁さん候補でしたので。
「コレがその材料です。人の上に立つもの、己の口に入るものが如何様な工程で届いているのか、知っていて損はないです」
殿下は恐々と渡されたナイフを持つ。セシルのマネをして刃を突き立てる。血が噴き出す。
「う、うわあぁ‼︎」
◇◇◇
日が傾いたころ、ようやく殿下の獲物が肉になった。
アーサーも初めて捌いたようだったが、殿下ほどは騒がなかった。
あたり一面、ケモノと血の匂いが漂う。
いい感じだ。
殿下の黄金の髪の毛からつま先までイノシシの血が飛び散り、手は血が染み付いているようだ。
いつもオシャレでピカピカ輝く王子が台無し……私は仄暗い喜びを感じた。
ダメだなあ……今世の王子には、関係ないのに……
『セレ……』
「ガードナー王子殿下、そしてアーサー、お疲れ様でした。これにて終了です」
「え……」
「お肉、新鮮で美味しいですよ!大事な方と召し上がってください」
「ま、待て!この……修行の狙いが知りたい」
「自立と、自ら汚れてみること、でしょうか?」
「……つまり、殿下のために、民も兵士も日々、血をかぶっている。そういう事でしょうか?」
セシルが目を見開いて聞く。
『血まみれの手のくせにぃ!』
前回のセシルの言葉が胸に響く。
思えば随分……シナリオ変わったなあ。
「私は……二度と、この血の匂い、忘れることなどできないだろう……」
ガードナー殿下が己の両の手をじっと見る。
「姫様……なんと思慮深い……」
◇◇◇
サッと汚した森を浄化した。
「では、帰りましょっか!」
「お待ちください!まだ肝心の悟りの儀式を授けられてません!」
「は?」
「あれをせねば、殿下の迷いは消えません!どうか!セレフィオーネ様!」
『まさか……』
「お願いだ!セレフィオーネ嬢!そのような秘術があるのなら!私も、生まれ変わりたい!」
「で、殿下、いけません!お立ちになって!」
「殿下、ちょうど良い姿勢です。では、セレフィオーネ様、思いっきりジャンプを!」
「待て、セシル!私は二度と不敬罪に怯えたくない!」
「私が望むのだ!不敬罪などなりえない!」
「ちょっと待った!そのような秘術があるなら、私だって!姫!私にも姫と陛下を守れる強さを!」
「アーサー違うから!みんな跪くのやめてー!ルー!」
『……はあ、もういいじゃん、減るもんじゃなし。思いっきりやっちゃいな!』
ガレアの森奥浅く、私は己のカカトを二人の青年の頭に沈めた。
彼らは翌朝まで目を覚まさなかった……
100話なのに変態回が続いてしまった……そして今回も2話分。変態は止まれない……
明日こそ100話の記念回にします!
祭りだ、わっしょい!
魔法師ー人に教えられるレベル、プロ、職業軍人
魔法士ー学生、アマ
というような使い分けをしています。




