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無(りなく)課金プレーヤーがヌルゲー世界にINしました。  作者: フェフオウフコポォ


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25 夢


「お?」


 唐突に戻る意識。


 耳に飛び込んでくるのは、電車の出発を知らせるメロディーだった。

 聞きなれたメロディーにハっと意識が動き、状況を確認すると自分は電車のドアから一歩踏み出しただけの状態で半分しか電車を出ていないという事に気が付く。


「お、おっ!?」


 戸惑いながらも一歩、二歩と足を動かし、電車の出発の妨げにならないようにホームへと移動する。

 メロディーが鳴り終わると同時に電車のドアが閉まり、あっという間に動き出してゆく。


 何故だか明確にならない頭。

 遠ざかってゆく電車を見送り、心を落ちつけようと電車を降りた人達が改札へと向かう流れを横切りながらベンチに腰掛けた。


「……あれ?」


 なんだかとても大事な事を忘れているような喪失感が頭の中を大きく占める。


 『何かを無くしたような気がする』

 そんな思いから、なにか荷物を落としていないか確認するが手にはスマホを持っているし鞄もある。

 ポケットには財布もキーホルダーもきちんと入っていた。 

 

 それらを確認しても喪失感を埋めることはかなわず、生まれ続ける不安から自分の行動を振りかえる。



 今日は普通に出社し、いつも通りに仕事が終わり、帰宅の為に電車に乗ろうと駅に向かった。

 そして仕事場最寄の駅で、ちょいとお高めスィーツの売店を横目に改札を通り、家の近くのコンビニでビールとホットスナック、ついでにプリンを買おうと決め電車に乗りこんだ。


 帰宅する人も多く座る事が出来なかったけれど、ドア横の落ち着くスペースが空いていたから確保してそこに収まり、なんとなく車内広告を見ていると、ちょうどスマホでやっていたゲームの広告が流れたから暇つぶしで起動しポチポチやりはじめ。気が付いたら家の最寄駅に到着したから画面見ながら降りた。


 持っていたスマホを確認すると『モンスターワールド』の画面が出ている。

 そして画面には『サービス終了』の文字が並んでいた。


 そこまで見て、俺はまた思い出す。


 広告で流れる人気ゲームに人を取られてしまい、下火になって消えそうだったアプリの『モンスターワールド』が、とうとうサービス終了のお知らせを発表。そのサービス終了が今日だった。

 俺は途中切れていたストーリーがちゃんと最後まで配信されていたか調べる為にプレイし、終了間際に駆けこむようにプレイしていたのだ。


 このことを思い出し背もたれに身体を預けると、何となく喪失感や不安がそのままどこかへと流れ出して消えていく気がした。


 再度スマホの画面を見る。

 生まれていた喪失感は消え、いつもの日常があった。

 アプリを終了させ中空に目を向ける。


「なんていうかサービス終了だけあって、無理矢理終わらせた感あったよな……まぁ最後までやれてよかったよ。

 ガチャの渋い運営だったような気もするけど、ちゃんと最後に話のケリをつけるだけ優良だったのかな。」

 

 最後にプレイしたストーリーを思い出す。これまで配信されていたストーリーの最後に突如謎の巨大ボスが現れ、それを倒すと全てが解決するという力技の話が追加されていた。


 ため息が漏れる。


 そのままスマホで『モンスターワールド ラスト』と検索ワードを入れて操作すると、掲示板でのやり取りに行きつき、書いてある文字をスクロールしながら眺める。

 下火になったゲームだけあって、数人が書き込んでいるだけだったけれど、課金していたであろう人間が嘆いて不平不満をぶちまけていたり、ちゃんと終わらせた運営を褒めるヤツがいたり、次になんのソシャゲをやるか相談していたり、色々な言葉があった。


 それらを眺めていても、不思議とその中に自分の求める言葉がないような気がした。だけれど、それがいったい何かは分からないし思い出せない。



 『何も思い出せない』



 つい最近、まったく同じような状況に陥ったような既視感を感じながらも、生活に必要な事は全てきちんと覚えているから、今、忘れていることはきっと大事な事ではなかったのだろうと思い直した。


「まぁ……とりあえず満足した…よな。」


 そう絞り出すように言葉を発し、スマホをしまって改札へと向かうのだった。



--*--*--



 思い出した通りにホットスナックとプリンを買って家に向けて歩く。

 すでに夕方とは呼べない夜の時間帯へと変わっており腹も遠慮なく鳴る。


 ホットスナックを歩きながら食べるか少し悩むけれど、一口サイズの唐揚げならまだしもアメリカンドッグを歩きながら食べるとなれば、鞄とコンビニの袋を持っている以上スマホをいじることも難しいし、それになによりちょっと恥ずかしい。

 なので俺は早足で自宅へと向かう事を決めた。


 自宅のアパートに辿り着き、ポケットに入れておいたキーホルダーを取り出し鍵を差し込み回す。

 玄関の電気をつけ、明るくなった室内に声をかける。


「ただいま~」


 帰って第一声が自然と出ていた。


「……ん?」


 あまりに自然と出た声に違和感を覚える。


 なぜなら俺は一人暮らしをして長く、同居人もいない。

 大抵の帰ってから出る声は『ふぇ~……つっかれた~』という安堵の呟きがほとんどで『ただいま』などという誰かにかける為の声はここのところずっと発していなかったからだ。


 自分自身の行動の違和感。


「やっぱり……なんかおかしいよな。」


 帰り道で頭に浮かぶいくつか事にも疑問があった。


 なぜ『今日のご飯はなんだろう?』などと疑問も無く思っていたのだろうか。

 それはまるで誰かが作ってくれると思っていたように思える。


 俺が食べようと考えていた夜ご飯は、ホットスナックとインスタントラーメンに卵を落とした物で、単に食べたという意識を持てればいいだけの料理と呼ぶには難のある品。

 だが、なぜか俺は『ご飯』と呼ぶにふさわしい料理が出てくるような気がしていた。



 やはりなにか忘れている。


 なにか大事な事を忘れている気がする。


 手から鞄とコンビニの袋が滑り落ちた。

 沸き上がる意識の齟齬から生まれる不安を押し込めるように、右手で頭を押さえ原因を思い出そうと足掻く。


 なぜ俺はそう思った?


 仕事が終わり、楽しい食事が待っている。

 仲のよい誰かと、ゆっくり話をして疲れを癒す。

 そうして明日も頑張る活力を得る。


 そんなルーティンを組んでいたような気がするのはなぜだ。


 いや、もう既に、組んでいたはずだ。という確信に近いような気さえするのはなぜだ。


 気心のしれた仲のよいヤツが居た。

 賑やかしいヤツが居た。

 可愛いけどちょっと苦手なヤツが居た。

 怖いけれど素敵なヤツが居た。


 底なし沼の底にそれが沈んでいるような感覚がして、思い出せない。

 どうしようもない気持ちになり思わず外へと駆けだす。


 何かを夢見ていた気がする。

 何かを頑張っていた気がする。

 何かを成した気がする。


 とても大事な何かを得たような気がする。


 分からない不安から走りだし、あてどもない答えを求め探す。

 自分の中で答えがない事を理解しているような感覚が怖く、だけれども諦めきれずに探し回る。



 ただ、どこかでこの街には答えがない事を知っていた。



 やがて走り疲れ、気が付けば小さな公園に辿り付いていた。

 足の疲れからベンチに倒れ込むように座り、肩で息をしながらスマホを取り出す。


 気になるのは『モンスターワールド』


 サービスを終了したゲームで、起動しても、もう何もプレイできない。

 それなのになぜか気になる。


 起動しては終了し、また起動して、そして終了する。

 何も変わらない。


 『モンスターワールド』と検索してみると公式サイトがありアクセスすると、萌え系のキャラクター達が『ご利用有難うございました』というセリフを背負っている。



 その中に居たガイドのゴブリンに目が留まる。



「ゴブ吉……」


 ふと感情が動いた気がした。


「ツムリン……」


 萌えキャラクターの中の男の娘を見つけ、声が漏れる。


「ボナコン……キキーモラさん……」


 自然と声が続いていた。

 自分の声が頭に反響し、底なし沼に沈んでいた何かを拾い上げていた。



「あぁ……そうか……」




 夢を見ていた。


 とても暖かい夢を。


 ワクワクハラハラするような夢を。



 夢は夢で、手に入れようとしても掴むことはできない。


 手を伸ばしても、触れることはできず、消え去ってゆく。


 切望し、熱望し、渇望しても、手に入ることはない。



 だからこそ夢なのだろう。



 目を閉じて沼の底から拾い上げた夢に思いを馳せる。


 思い出してしまうと悲しくて仕方がない。

 だけど皆と過ごした冒険の日々を思い出さずにはいられなかった。



 こらえきれずに膝に肘を置き、両手で顔を覆い隠す。

 目を押さえないと、とりとめもなく溢れてきそうだった。


「会いてぇなぁ……皆に」


 声が勝手に零れる。



「やっと見つけたぞ。」


 懐かしい声が聞こえた気がして顔を上げる、そこには懐かしい顔があった。


「へ?」


 懐かしい顔の向こうでは、そいつが開けたであろう空間に開いた『穴』がある。


「う、う、うわあぁああああああ!」



 つい蹴った。



「あああああああああああ」



 放物線を描いて飛んでいく姿。

 懐かしい野郎が遠ざかると同時に穴が小さくなってゆき、そして閉じた。



「ぁああああああっ!?」


 穴が閉じてしまった。


 情けない顔を見られた恥ずかしさや嬉しさだったりが入り混じったせいでつい蹴ってしまったのだ。後悔はしている。物凄いしている。どうしよう。

 オロオロと、ただうろたえていると脛に走る懐かしい痛み。


「スネーーー!!」


 思わず叫ぶ。

 転がる俺を憎たらしい笑みを浮かべたゴブリンが見下していた。


 また空間に開けた穴を通ってこちらに来ていたのだ。


「まったくいきなりなにすんだよこの野郎! せっかく見つけてやったってのによ!」


 そういって手を差し出す。

 俺も口角をあげて親友の手を取るのだった。

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