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【累計10万PV突破!】ミソロジーの落とし仔たち   作者: 葉月コノハ
第一章 The beginning of Madness Worlds
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月を詠む

「それじゃあ課外活動のスタートだ」

 そう言いながら陽の当たるベンチに腰掛けると、その男は右手でつかんだその本を開く。


「君に見せたい場所と、会わせたい人がいるんだ。まずはその待ち合わせ場所に行かないと」

「綿津見お得意の、習うより慣れよの精神ね。私は嫌いじゃないけど、朔馬君には早すぎるんじゃない?」

 ベンチの裏側に回り込んだ佐口さんが、身を乗り出して本を一緒に覗き込む。

「捌ききれる以上の情報はむしろ、身体に毒だよ」


「まだなんとかついていけています」

 彼女が言葉の最後にこちらに視線をよこしてきたので、慌てて返事をする。驚きの連続であることは確かだが、まだなんとかなると思う。

「だ、そうだぜ佐口。とっとと合流しよう」


「でもなんで本なんか読んでるんですか。こんな天気のいい日に本を広げたって、そもそもページに太陽光が反射して、字なんか読んでられませんよ」


 木陰ならまだしも、彼が座っているのは公園のど真ん中のベンチ。遮蔽物はどこにもなく、左手に携えた人皮装丁の不気味な書は、あふれんばかりの陽光をその身に受けている。そしてなによりも、そんな本を眺めたところで、当の集合場所とやらにたどり着けるとは到底思えない。


「ちょっと待ってくれ。まあ見てろ、面白いものを見せてやる」

 視線をページから離さない綿津見。仕方がないので、黙ってその様子を見守ることにする。


「……よし、準備完了だ。足元注意、な」

 確かめるように呟いた彼が、ぱたん、と音を立てて本を閉じた。彼の動作はそのまま合図となり、僕の視界は、僕の身体は、周りに起きた変化を過敏に感じ取った。


 視界がぼやけた(・・・・)。最初はそう判断したが、それは単に視覚情報の急激な変化がもたらしたものに過ぎなかった。一瞬にして世界から色が消え失せた、つまりモノクロになったのだ。葉が生い茂る木々も、ペンキが塗られた遊具も、なにもかもが彩を失ってそこにあった。そしてさらに、変化はもう一つあった。


「じ、地面を踏んでる感覚が……な、なな無いんですけど……」


「落ち着け。復唱しろ。自分は、ちゃんと、ここに立っている。はい!」


「自分は、ちゃんと、ここに、立っている」

「最初は慣れるまでに少し時間がかかるだろう。でもしばらくすれば段々アタマが受け入れるさ。大丈夫。君の脚はちゃんと地面を踏んでいるとも」


 地面を凝視する。大丈夫。地面はちゃんとある。僕はちゃんと、ここに立っている。でもなぜか、足の裏にかかる体重が、地面に押し返される感覚が全くないのだ。そう喩えるなら、どこまでもどこまでも底へ落ちていっているような不安感と悪寒と焦りが体中を這いずり回る。とうとう僕は、膝から崩れ落ちてしまった。咄嗟に地面に手を突こうとするが、接地の瞬間がわからず、身体ごと横に倒れてしまう。


「あらら……大丈夫?」

 佐口さんが親切に肩を貸してくれた。彼女の体温は、地面とは違い感じることが出来た。僕は体重の全てを彼女に預けてようやく体を起こすと、なんとかベンチの空きに腰かけた。木製のベンチは触れる感覚もあり、唯一の信頼できる拠り所となった。


「我々が生きる表の世界の裏には、アネクメーネと呼ばれる世界が広がっている。物理的に地面を掘っても辿り着くことは出来ないが、禁書や魔術、魔具の力に頼ることで、俺たちはその世界へ落ちていくことができる」


「ここが、そのアネクメーネなんですか?」

「いいや、違う。アネクメーネはいわば地下フロアだ。床だってあるし天井だってある。ペリュトンと出会った路地には地面があっただろ。ここはな、表世界とアネクメーネを繋ぐ、言ってみれば中継地点のような場所だ。ここを俺たちはハザマと呼んでいる。地上階から地下階までの間の空間。あくまで中継地点に過ぎないのだから、ここにいる者は現実から非現実に向かって落ち続けるしかない」


 慣れればどうということはないがな、と付け加えると、彼はベンチから立ち上がり、今度は佐口さんに席を譲った。


「ハザマは特殊な空間だ。表と裏の移動の際、通常は感知されない。アネクメーネからハザマへ行くことは不可能だから、怪異たちもここには介入しない。俺の禁書や一部の魔術でのみ侵入することができるが、ここが何のために存在しているか、それすら不明だ。ただ、そこにある」


「ただそこに、ですか」

 存在している以上、そこには何かしらの意味があるのだろう。モノは意味を持って生じる。モノは意味を満たすために生じる。だがその意味が理解できなくても、その存在は肯定されるしかない。


「ここからアネクメーネへ行くのは簡単だ。自分の足元に地面はないと、そう感じた自分の感覚を認めてしまうこと。理性を感情によって押しつぶしてしまうことで、非日常の世界へ一直線に落下する。理知というヒトの特権を否定することで、得体の知れない怪異どもの仲間入りができるというわけだ」



 僕は急に地面が怖くなり、反対に空を見上げた。青々と広がる見慣れた空はどこにもない。代わりに視界の限り黒い空と白い雲が広がり、そしてその中にたったひとつ、色がある。真紅の月が浮かんでいた。僕はそれにひどく、ひどく懐かしい(・・・・)思いに包まれ、尋ねた。

「あれは……なんですか?」


 綿津見は僕の視線の先に気付く。

「もちろん月だが、むしろ君が知ってる月じゃないと言った方が良いかもしれない。木々もベンチも車もヒトも、視界の物はすべて表世界に帰属するものだが、ただ一つあの真紅の月だけは違う。朔馬君はさ、ツクヨミって知ってるかい?」


「名前と、出生のエピソードくらいなら」



「なら話は早い。かの神は天照大神の血縁のカミだ。性別は不明とされることが多いが、確かどこかの資料には明記されていたな。佐口、なんだっけ」


「九世紀の有職故実書の記述だね。ここではツクヨミノミコトが男性と言及されていた。多くの場合中性的、もしくは無性別として描かれることが多い」


「そうそう、それそれ。このツクヨミというカミは、アネクメーネにおいては少し特殊な存在でな。複雑な話だから簡単にまとめるが……」


「わっ!!!!!!!!!」


 突如、言葉を遮る大声。

「ぎゃああああああ!!!????」

 誰が耳元で叫んで、肩を思いっきり叩いたようだ。完全に無防備だった僕はそのまま前につんのめるようにこけてしまった。

「うわわわやっぱり落ちる落ちる落ちてる???」

「あははは、落ちないよ。大丈夫。君はここに立っているとも」


 脅かしてきた張本人と思われる見知らぬ青年が、笑いをこらえながら僕の腕を引っ張り上げた。彼の力はすさまじく、僕の身体は宙に浮く。年齢は大学生ほどのように見える。黒いベンチコートに身を包み、目元の短い傷が目立った男だ。


「ちょっとヤイバ、趣味が悪いよ」

「ははは、ごめんね新入りクン。ちょっとした出来心だと思って許してくれ」


 彼はお詫びとばかりにゆっくりと僕を立たせると、ベンチに丁寧に腰かけさせてくれた。

「彼が新入りの少年だね。禁書認定者かな?」

「いいや、異能力者だ。理恵や遼のクラスメイトらしい。巡回の方は?」

「その件だが、懸案事項が見つかった。早急に情報を共有したい。猫は探したけど見つからなかった。で、ハザマなんかに呼び出して何の用だい?」


「朔馬君に君を会わせたかったんだが……第一印象サイアクだな。自己責任だぞ」


「はは、それは今後挽回するさ。霧隠(きりがくれ) (じん)だ。みんなからは下の名前でヤイバって呼ばれている。どうぞよろしく」


「僕は黒乃朔馬です。どうぞ、よろしくお願いします」


「固いなあサクマ君。もっと距離を縮めてほしいんだが。ほら、ヤイバお兄ちゃんって呼んでくれても構わんが」

「いえ、結構です」

「じゃあヤイバアニキとか?」

「いえそれも……。じゃあ、普通に、ヤイバで」

 渋々呼び捨てを認める。駄目だ、完全に嵌められた。最初に出された条件よりも低い条件が提示されたとき、それが通常からすると高いハードルのものでも承諾してしまうというアレだ。


「おいヤイバ、それはそうと、俺の解説を無理やり中断したんだから、お前が代わりにツクヨミの話の続きをしてくれないか?」


 おうとも、と彼は応え、口を開く。


「アネクメーネにはな、様々な怪異が住んでいる。怪異といっても妖怪だけじゃない。世界中の神話に語られる魔獣や神格らは、人々の解釈や信仰の立場の違いによってその性質を歪められ、怪異となることがある。地中海周辺で豊穣神として崇められていたバアルがキリスト教によって悪魔に変質させられたように、この裏世界に住む者はみなどこか(・・・)歪んでいる。


「だが月は違う。ツクヨミだけは、その例から漏れるとされている」


 そう前置きして、ヤイバは続ける。


「ツクヨミだけは、ヒトの手による介入を受けず、干渉も受けず、いわゆる神代のままの存在としてアネクメーネのどこかに存在すると、古くからどこの魔術の家にも伝えられている。常識との乖離度で世界そのものが変質するアネクメーネの中で、どこでもいつでも、見上げれば月が浮かんでいるんだ。あらゆる世界に連続して存在し続ける、普遍かつ不変の存在が月だ。君もここからアネクメーネへ行くたび、月をその目に焼き付けることになるだろうさ」


「月が赤い理由は?」

「不明だ。わからないことだらけだ。だがまあ、伝承に不確定性はつきものだからな。こんなもんでいいか、綿津見」


「ああ充分だ。ありがとう。それじゃあそのまま、戦闘における立ち位置とかを紹介してくれ」


「いいとも。俺は戦闘班所属で、白兵戦が得意分野だ。俺が認定を受けた禁書の力により、妖刀村雨やジュワユースといった、あらゆる武具を実在の有無にかかわらず手元に呼び出し、それを使いこなすことができるのが俺の特技だ。呼び出せる武具はほとんどが刀や剣などの刃物類なんで、だからヤイバと呼ばれているというところもある」


「秋の魚の刀とかもね」


「そうそう……ってそれサンマやないかい!!」


 茶化す佐口さんに、大袈裟に関西弁でツッコミを入れたヤイバ。なるほど、秋刀魚ね。


「素が出たわ……。まあいいや。気を取り直して」


 こほん、と咳払いをしてヤイバは言葉を続ける。


「伝承の中で、刀や剣によってトドメをさされた怪異は多い。だから必然的に俺の出番も多くなる。刀の世界は奥が深いぞ……。まずはな」


 話が長くなる予感がした。これは予知ではないく、直感だ。


「あ……僕が尋ねておいて申し訳ないんですけど、もう大丈夫です……」


「ほらヤイバ、君やっぱり話が長いというか、下手なんだよ。あの子(・・・)の言ってることもあながち間違ってるわけじゃ無いんだって」


 佐口さんがヤイバに話しかける様子を見て、僕は一言、先日ある人に言われた言葉を思い出した。彼女の言うあの子とやらに、僕は心当たりがあったのだ。


「『話の長い人は嫌われます』ですか。僕も森賀さんに言われました」


 そういえば、ここまで殆ど森賀さんの話を聞いていない。紫の空の夢の少女の存在や、彼女自身の他の言葉を考えるに、森賀さんの存在の異質さは、綿津見達のそれとはまた違う気がするのだ。


「あの、森賀さんについて質問なんですが……」

 間髪入れず僕は口を開く。ただ教えてもらっているだけでは理解できないことがあるような気がして、急いで直感を知識に変えようと僕は焦っていた。

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