猫の行方1
「…コロネは手に怪我をしていたの。手当はしてたけど、治るのに時間がかかるみたいで。そんなに遠くには行ってないはずなのに、全然姿を見せないから」
そう説明するカトレアの瞳にはまた大きな雫が。ケイトは彼女が泣き止むまでひとまず側にいることにした。
「それで、俺にどうしろと」
「たまたま通りかかったのがあなたで良かったわ。カトレアお嬢様をお部屋に送り届けて。猫は私が探すから」
たまたま、ではないだろうがあえて触れずに、ケイトは目の前に立つセバスと会話を続けた。カトレアが泣き疲れて、寝息をたてたタイミングで猫の件を知る執事が訪れるのはあまりに出来すぎている。セバスは見定めるな視線をケイトに向けた。
「…ふむ。君がカトレアお嬢様を泣かせたなら、どうしようかと思ったけど、ひとまずその心配はいらなさそうだ」
軽口に見えるが、おそらく本気だろう。彼もなかなか変わり者だが、使用人としての忠誠は本物だ。敵には回したくないとつくづく思う。
「カトレアお嬢様は、執事たちが猫のこと黙認してることを知らないのね」
「当然だよ。俺たちの仕事はお嬢様を守ることだが、彼女の私生活に不必要に介入することはしないのが方針だからね。執事長にも厳しく言われている」
なんて素晴らしい志なのだろう。ケイトの中で執事に対しての見方が少し変わった。そして同時に思い出したのが婆やの存在だ。婆やも、自分の側にいてくれて、いつだってケイトの意見を尊重してくれた。当たり前だと思っていたものだけれど。それは簡単に手に入るものではない。
「…私も、あなたたちみたいに早く立派なメイドになりたいわ」
「何が言いたいかはよく分からないけど。猫探しなら早い方がいい。他の理解力の乏しい使用人にでも見つかったら大変だから」
そこで思い出した。以前、夜の屋敷の庭に出るお化けの話を。その時は特に気にも留めなかったが、よく考えるとそれはもしかして猫なのではないか?音を立てる動き回る黒い影。時期的にも当てはまる。
「確かにお化けとして勘違いされて、処理されたら大変だわ…。じゃあ、私は急ぐからお嬢様のことはお願いね!」
「お化け…?」
珍しくきょとんと首をかしげるセバスの顔は、年相応の少年に見える。そういえば彼が年下であることをなぜかこのタイミングで思い出した。
「じゃあね、ウィリアム!気をつけるのよ!」
彼は同志だ。理解を超える変人ではあるが、同じくカトレアを大切に思い、行動をする仲間である。ケイトは同志に声をかけると、急いでその場を離れた。まだ日は明るいが、そうこうしてるうちに夜になるだろう。時間との勝負だ。ケイトはとにかく走った。
「だから、ウィリアムじゃなくてセバスだって……はあ」
取り残されたセバスはため息を漏らすと、カトレアを抱き上げ、屋敷に戻るのだった。
ケイトが最初に捜索したのは庭だ。タンザナイト家の庭は広大で、端から端まで移動する時は馬車を使用する。1日で回り切るなんて無謀だ。
しかしケイトは駆けた。花壇の隅から、使用人が使う物置の中まで目を凝らして。しかし猫の姿は見えない。
「どうしたのかいメイドさん。そんなに息を切らして、急ぎの用かい?」
花壇の手入れをする庭師に声をかけられ、ケイトは足を止めた。どれぐらい走ってたのだろう。走ったせいで体が熱い。
「猫を探してるんです。短い灰色の毛並みの猫を知らないですか?」
庭師は自前のふさふさな髭を触りながら首を傾げた。
「猫…。ああ、たまに日向ぼっこをしてるのを見かけるよ。世話をしてるわけでもないのに血色も毛並みも良さそうな灰色の猫。誰かがこっそり飼ってるのかと思ったけど、お前さんだったのかい」
どうやら、カトレアの愛猫に見覚えがあるらしい。一筋の光が見えた気がした。ケイトは話を合わせることにして、口を開く。
「ええ。その…今日は見てませんか?全然見てないから心配で」
「うーん、確かに今日は見てないような…いや、昨日仕事を終えて帰る時くらいに見たぞ。夕方ぐらいに」
「ど、どこで?!…ですか?様子は…どこに行ったとか教えてください」
ケイトの食いつきに庭師は少し驚いたのか手に持つスコップをカシャンと落とした。
「そう言われても…。普通にそこら辺の庭先を歩いてたのを見ただけだよ。いちいち気にして見てもないし」
「そ、そうですよね。…すみません、急に」
当たり前か。猫一匹にこうして必死に動いてるケイトがむしろ変わってるのだ。
ケイトは庭師にお礼を言って、その場を離れようと背を向けた。
「ああ、そういえば。あの猫は他のメイドさんと一緒に飼ってるのかい?」
「……え?」
「猫を飼うのがダメなわけじゃないが…旦那様に許可は取ってるのかい?庭師風情の私が言うのもなんだが、貴族はルールや取り決めが多いらしいじゃないか。悪いことは言わないから、他のメイドさんともちゃんと話し合って…」
「あ、あの!」
ケイトは再び、庭師に詰め寄った。庭師は何が何だか分からないような困惑した視線を前のメイドに向けた。何故かメイドも驚いたような顔で目を見開いている。余計に訳がわからなかった。
「…他のメイドって、誰のことを言ってるんですか?」




