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しかし、父親が不在の今、カトレアは屋敷の主として対応する義務がある。無下にはできない。
「どうされたのでしょうか?こんな遠いところまでおいでになるなんて…」
「ああ、本当にお恥ずかしい限りなんですが…奴隷が1匹逃げ出したのですよ。ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「……奴隷?」
貴族はカトレアの横に立つ子供を指差した。子供は無言で地面を見つめている。
「はあ…本当に困ったものです。全く聞き分けが悪く、正直使い物にならない。しかし所持したからにはきちんと管理しないといけないのが貴族の役目ですからな」
「……」
この国の法律では奴隷を所持することが許される。それはカトレアにとって理解しがたいルールのひとつであった。
「ああ、失敬。タンザナイト家は奴隷反対派でしたな」
「…この者の処遇はどうされるのですか?」
「カトレア様ももちろんご存知かと思いますが貴族に楯突くのは重罪です。磔か火を焚べるか…良くて…鞭打ちでしょうね、ほっほっほ」
体力を消耗してる子供に鞭打ちなんて、正気の沙汰ではない。なぜ笑いながら話すことができるのか、カトレアは理解に苦しんだ。
「それにしても、いつまで人様の領地に無断で踏み入ってるんだ、この家畜風情が。ご令嬢のお足元を汚すなんて…」
貴族が子供に向ける視線は、人間に対する者への敬意のかけらもなかった。まるでゴミを見るような目だ。
カトレアの父は言っていた。「カトレア、我らは貴族として誇り高くなければならない。決して人の道を踏み外してはならないよ」と。
「あら、私、平気ですわよ。タンザナイト家はその程度のこと気にも止めません」
「…はっはっはっ!さすが貴族の中でも懐の深いタンザナイト家のご令嬢だ!頭が上がりませんなあ」
「ええ、たとえ無断で規定以上の大きさの馬車をひいていても、もちろんこちらは口を出しません。ですが、今度の貴族会議の議題に挙げることはあるかもしれませんが…」
「……」
貴族の顔つきが変わる。しかしカトレアの追随が止まることはない。
「規則に厳しい他の貴族たちはどう対応するのでしょうか。私もまだ未熟な身なのでお勉強させてもらいますわ」
「…はは、今回はたまたま他の馬車が修理中なため使用しただけのものですので…」
「あら、そうでしたのね。良かったですわ。…てっきり、その馬車の中にやましい物でも隠してるのかと」
どうやらビンゴだったらしい。貴族の顔は一気に青白くなり汗は滝のように落ちている。
「ははははは。わ、私がそんな事をするはずないではないですか。ご令嬢も人が悪い」
どうにか持ち直そうと必死な姿が実に滑稽だ。
「もう少し話をしたかったのですが、生憎、用を思い出してしまいました。今日はこの辺りで失敬」
「ええ、けどこの子供は置いていってください」
カトレアの提案に貴族は醜く顔を歪ませた。




