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わがままお嬢様は美しいものがお好き  作者: 日乃のぼる


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夢か現か

「ケイトお嬢様、早く起きてください」


懐かしい声と共に、ケイトは目が覚めた。婆やがいつものように起こしてくれたのだ。


「婆、や…?」


「何をぼんやりとしてるのです。何か珍しいものでもありますか?」


確かに目の前に広がるのは珍しい光景ではない。貴族の体裁を整えるためだけに揃えられた華美な家具と内装。ケイトの好みとはかけ離れた室内は、生まれてから家を出るまで使用していた自分の部屋だ。


そして、ケイトの身の回りの世話をしてくれる婆や。たくさんのメイドや執事を雇う余裕なんてない。ケイトはこの婆やに育てられたと言っても過言ではないほど、常に側にいてくれた。


「私…何か嫌な夢を見ていたみたい」


ケイトは自然に目にあふれた雫の塊を静かに拭った。婆やが困ったように笑う。


「じゃあ、もう嫌な夢を見なくて済むように婆やがお側にいますね」


そうだ。ケイトは別に貴族であることが嫌なわけではなかった。優しい婆やと趣味は悪いが自分のために用意された快適な部屋。父と母の努力によって手に入れた人脈や貴族の友人達。それはケイトにとって居心地のいい自分の居場所だった。


確かに物心ついた時にはすでに結婚相手の話を聞かされ、やりたくもない花嫁修行をさせられた時は苦しかった。中途半端な身分のせいで板挟み状態で苦労している父と母の背中を見て悲しい気持ちになることもあった。


いつか自分もそうなるのだろうと気づいた時、どうにかこの運命から争いたくて。


ケイトは逃げ出したのだ。貴族の嫌な部分から。自分はみんなとは違うと目を逸らして。


「婆や…ごめんなさい…」


目の前の婆やはただ静かに笑っているだけだった。



これが夢だと気づいた時には、すでにケイトはベットから起き上がっていた。華美な装飾の部屋は、簡素な内装に変わっていて。柔らかいフカフカのベットも固く染みついた家具に変わっていた。


薄暗い使用人部屋。隣のベットに視線だけ向けると、いつものように同僚がすやすやと寝息をたてている。いつの間にか夜になっていたようだ。


「…………」


実家で風邪を引いた時は、消化に良さそうな軽食がベット脇に置かれていた。当たり前だがこの部屋にそれらしき病人向けの食事は置かれていない。


「…………」


どちらが夢なのだろうか?


使用人として過ごした日々か、貴族として暮らしていた毎日か。


馬鹿らしいことが頭によぎった。分かりきってるはずなのに。自分で選んだ道なのに。


それでも風邪をひいてるせいだからなのか。頭はぐらぐらと揺らいで。いつもは考えないことばかりよぎってしまう。


婆やは、嫌な夢を見ないように側にいると言ってくれた。それならば、今こうして過ごしてる日々は。


「……お水飲んで、頭冷やそ…」


鏡を見なくてもわかる。今の自分はひどく顔が赤いだろう。頬に触れると自分の体が熱くなってるのがよく分かる。ずっと寝ていたからか、喉もカラカラだ。飲み水は部屋にないので、共同の台所までとりに行くしかない。


「……」


ケイトは音を立てないようにそろりと足を動かし、部屋の出入り口まで向かう。途中、足音を立ててしまい、「ぬあ?」と同僚のメイドが反応したのに大きく驚いてしまったが。なにやら寝言をぶつぶつ言い、また眠りについた様なので、ひとまず安心し、ケイトはまた歩き出した。




共用の台所スペースは使用人たちが休む部屋と同じフロアにある。完全に貴族の住居フロアからは切り離されているので貴族が立ち入ることは基本的にない。そして今は夜の時間帯だ。人の姿もない。そのためケイトは、ネグリジェ姿のまま台所に立っていた。


水の入ったコップを口に運ぶ。冷たい水が喉を通り、熱った体を冷やす様に循環してるような感覚に陥った。体が弱ってる時の水は美味しい。


「はあ」


おかげでだいぶ目が覚めてきた。身体が弱ってるせいで支離滅裂なことを考えていた気がする。


「ああ…こんなにも髪もぐちゃぐちゃで…」


目の前にちょうど窓があり、自分の姿が映った。ずっと寝ていたため、髪は乱れ、顔もひどく浮腫んでいる。ひどいありさまだ。


「……メイド失格ね」


ふと漏れた呟きは、誰かに聞かれるわけもなく。ケイトはそのまま窓に映る自分から逃げるように目を逸らした。


「……?」


ケイトの視線は窓の外に向いた。


タンザナイト家の庭は、夜に見ても格別に豪華で立派な景観だった。広い庭を等間隔にランプがぼんやり灯している。


「……?」


気のせいだろうか。ランプの一つがゆらゆらと揺れ、動いている気がする。まさか、ランプがひとりでに動くなんてことあるはずがない。ケイトは瞼を擦ってまた庭を眺めた。


「……え?」


風邪のせいだと思いたかった。しかし、揺れ動くランプを手に持つのは確実に人間で。しかもそれは、この屋敷の住人だ。


「カトレア、お嬢様…?」


カトレアは何故かランプを手に持ちながら、庭をトテトテと歩いていた。


見間違いではない。何故、こんな時間帯に貴族のお嬢様が出歩いているのか。


自分は今、夢でも見てるのだろうか。


ケイトはいてもたってもいられなくなり、台所を飛び出した。


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