54.オカン、怒りモード発動
謎の人物から漂う、複数の血の臭い。
何か無理をしているらしく、浅くて速い呼吸。
この人自身の怪我と、ほかの人の……返り血……の臭い?
東の城門を一気に超えて、南に見える岩山の方向へ向かっている。
「オカンを返せ!」
追いかけて来てくれたヒビキを確認した謎の人物が、舌打ちと共に(私を掴んでいない方の)手を大きく後方へ振りぬいた。
具現した火の玉が、ものすごい速さでヒビキに向かって飛んで行き――
ドガン!
――ヒビキに被弾して爆発し、黒煙を上げる。
「ヒビキ!!」
黒煙が風に流されて消えると、再びこちらへ向かって来てくれる姿が見える。
結界を発動できたらしく、どこも怪我をしている様子はない。
ホッとした矢先、さらに火の玉が打ち出された。
しかも、ヒビキより3メートル程西側。
町の方向!
気付いたヒビキが、体を使って火の玉の進行を食い止めた。
再び上がる、爆発音と黒煙。
なんて卑怯なの!
3発目の火の玉も町を狙って放たれた!
ヒビキがそれを阻止した時には、かなりの距離をあけられていた。
私を掴んでいる腕を何度も引っ掻いているのに、一向にひるむ気配はない。
かなりざっくりと抉っても、余計に力をこめて握られてしまう始末。
思いきり胴体を締めあげられて、息が苦しい。
ただでさえ風圧で息が出来ないのだ。視界がチカチカし始める。
いけない。
酸欠で気を失う前に、こいつから逃げないと!
火の魔法を発動してみる。
爪先に灯ったライター程の火は、風圧ですぐさま掻き消えた。
最初の時はマッチ程度だったから、成長してる。
してるけど、これじゃ意味がない!
水魔法。
じゃー、と水が後方に流れて行くだけ。
んじゃ、氷!
掌球に出現する氷柱。
ぐぬあ! なにこの役立たず!
”水魔法を使えたら、そこから氷と雷も派生させられるのよ”
ふと、ピーちゃんの言葉を思い出す。
氷を出した時は、なんて言ってた? ――固めるイメージ。
ようするにあれだ。水の分子がなんちゃらかんちゃらって事でしょ?
雷……雷……は、えと、んーと、細かい水の分子が雲の中でぶつかって電気! 発生!
ヒビキがすごい速さで追いついて来てくれるが……。
再び打ち出される火の玉。
直撃するヒビキ。
ヒビキの結界も、いつまでモツか判らないのだ。
私が捕まっている以上、トム爺さんから貰った『風魔法が付与された短剣』も、使いにくかろう。
このまま息子の足を引っ張るだけの存在で終わるのは……。
絶 対 に い や !!
掌球に滲む程度に発生させた水を、細かく、細かく、細かくしていく。
目に見えない程細かくして……。
……そこから……細かくした水同士を暴れさせる……イメージ……。
私の髭が、パリパリと反応し出した。
よし、行ける。
全身から、力の限りっ!
「にゃーーーーにゃっ!」
雷を発生! できた!
「にゃーーっ!!」
バリバリバリッ
「ぎゃあぁぁぁぁあああ!!!」
小気味の良い音を立てて、謎の人物の全身を駆け巡った電撃。
同時に、掴まれていた手から解放される。
解放されたら、こうなるよね~~。
「みぎゃあぁぁあああ~~~~!」
落ちる! 落ちる!
猫せんべいになっちゃう!
こんな非常事態にも発動しない自分の風魔法にムカつきながら、必死に羽を動かすけど!
まったくもって焼け石に水状態。
ドシャア!!
私を捕まえていた謎の人物が、先に地面に激突する音が聞こえた。
全力で魔法を使ったからか、目がかすむ。
だめだ、もぅ、羽も動かない。
ヒビキごめんね。
無理やり付いてきたけど、母ちゃん役立たずのまんま、ここで……。
「オカン!」
ふわりと抱き留められる感触。目を開けると、ヒビキが居た。
安心して、どっと力が抜ける。
「間に合ってよかった」
「ヒビキ、オカンに”妖精のキノコ・王様の粉スペシャル”渡して。魔力を一気に使いすぎてる」
「わかった」
妖精キノコを口に入れてくれたが、咀嚼するのももどかしい程に力が出ない。
なんとか噛み砕いて呑み込むと、まだダルさは残るものの……さっきまでのグッタリ感は消えてた。
「ありがとう」
ヒビキのチュニックのV字に空いた首元から、ピーちゃんが顔だけ出している。
「心配したわ~! ほんと良かった」
「おかんも、入っててね。ここが一番守りやすいから」
私もヒビキのチュニックに入れられた。
「カバンじゃなくて、抱っこひも作って貰えばよかったわね」
「それは嫌~」
「オカン、ごめんね。全く気配に気付けなかった」
「あんなのどかな町で、イキナリさらわれるなんて誰も思わないわよ」
「そうだよ。ヒビキは悪くない」
襟元から顔だけ出している私の頭を優しく撫でながら、倒れている人の方へと警戒しながら飛ぶ行くヒビキ。
え……。女の子?
しかも、猫耳生えてる。
カイ君と違って、顔や首は毛に覆われておらず、装備の隙間から見える手足にも毛がない。
猫耳としっぽさえ付いてなければ、人と同じに見える。
「ヒビキ。この子死にかけてる。今なら『世界樹のしずく』で全回復させられるよ」




