53.オカン、誘拐される
さっそくコットンリネン生地の長そでブラウスを着たヒビキが、「意外と柔らかい」と喜んでいる。
「バスタオル買うの忘れてたし、明日は歯ブラシとか石鹸も買わなきゃだね」
「そうねー。また『妖精の専門店』も行きたいな」
……ピーちゃんまだ買うの?
どの種族も、女の子のお買い物好きは共通のようだ。
ベッドサイドのランプを消すと、土星のような惑星のやわらかいオレンジ色の光が窓から差し込む。
「そういえば、あの輪っかが掛かった星って昼間も出てるよね」
「あれは、一種の印だからね。太陽みたいに空を巡らないわ」
「なんの印?」
「竜王の浄化の力が弱まると、出てくるのよ」
「勇者が竜王を倒すと消えるの?」
「……そうみたいよ」
「そっか……。早く消えるといいね」
「……そう……ね……」
ピーちゃんが軽い寝息を立て始めたので、ヒビキも目を瞑った。
4番目の自称『勇者』が、竜王を屠龍する日は来るのかな……。
来てほしいな……っていうか、来てくれなきゃ世界が滅びるよね。
ヒビキの枕元でまどろみながら、これから先の事は出来るだけ考えないようにしようと思った。
……厄介事の臭いしかしないもんね! それも、特大のっ!
◆
1区画は鶏舎から距離があるからか、鶏の鳴き声で起こされる事はなく。
かわりに、教会の鐘の音で目が覚めた。
早寝早起きって健康的だね。
窓を開けて寝てしまったので、朝ご飯の良い匂いが入ってきている。
ハナコさん一家はすでに起きているようだ。
「おはよ~」
「おはよう」
ピーちゃんが天蓋付ベッドの周りをぐるりと囲むようにして、ベッドサイドテーブルの上に指先で円を描いている。
なるほど、大物を収納する時はそうやるのかぁ。
『妖精の専門店』では、売り物の可愛らしさに気を取られてて、気が付いたらピーちゃんが空間収納に仕舞い込み始めた所だった。
どうやって自分の体より大きなものを入れたんだろうと不思議だったが、やっと謎が解けた。
あの方法なら始点の位置に目印でも置いておけば、”円の始点と終点を合わせる”のは、私にもできそうだ。
……空中で書くのは無理だけど。
寝坊助ヒビキがまだ起きてくる気配がないので、掌球に貝柱型の霜柱を出現させる。
そのまま、ほっぺたにピタリ。
「ぶわっ! 冷たっっ!」
一瞬で飛び起きた。
うん、明日もこの方法で起こそう。
「ちょうどいいや」と云ったヒビキが、頬っぺたにくっ付いたままの霜柱を、顔中に伸ばして洗顔替わりにした挙句、窓に干していたトレーナで拭いている。
たった数日の異世界生活なのに、ワイルドになったなぁ……。
顔を拭き終わったタイミングで、ドアをノックする音がした。
「はーい」
「ヒビキか? 俺、俺ー」
「あいてるよー」
元気いっぱいでドアを開けて入って来たのはタローさんだ。
ハナコさんにお鍋を返すついでに、朝市のお誘いをしに来てくれたらしい。
「チーズ作りはしなくていいの?」
「必要な材料を朝市で探そうと思ってるんだ。いつもある訳じゃないから、見つかるまで毎朝通わなくちゃなんだよ」
「大変なんだね」
「まぁな」
「着替えるからちょっと待ってね」
「ゆっくりでいいぞー」
昨夜女将さんに貰ったカーゴっぽい黒のズボンに履き替えて、深緑のチュニックを重ね着した上に、テム爺さん渾身の短剣を腰に装着したヒビキ。
「パイレーツ・○ブ・カリビアンみたいだ」と、嬉しそうに呟いていた。
神様に貰った服もラフで良かったけど。
服の行商をしていた大将さんが大切に残していた服と云うだけだけあって、質のいいコスプレみたいでかなりカッコいい。
コスプレフェチじゃなかったけど、なんとなくハマル気持ちが判るような気がした。
王子様の白タイツは無理だけどね。
なーんか、時代が似てるせいか、王都行ったらいそうなんだよなぁ。
ちょうちんブルマに白タイツ。
爆笑する自信あるわー。
「お待たせ! 行こうか」
おバカな妄想している私を定位置の肩に担いだヒビキが、タローさんに声を掛ける。
ピーちゃんは、ヒビキの肩に載せている私の右腕の上に腰かけてきた。
おぬし、さては私の手をもふもふクッション替わりにしておるな。
◆
朝市は1区画と2区画の間にある大通りの、2区画側にズラリと並んでいる。
うわー! なんか色んな匂いがする!
お祭りの屋台に似たその賑わいに、ヒビキもワクワクしているようだ。
1区画側には簡易のベンチが並んでいるので、軽食を食べたり、購入した品物をカバンに詰める為の台替わりにもできるようだ。
とりあえずザッと見つつ端まで行って、引き返しながら気になったお店をじっくり見る事になった。
「タローの探し物って何?」
「カーフレンネットだよ。ホバインレンネットでもいいんだけど、なかなか出回らないんだー」
「カー……? 何それ」
「チーズを作るのに必要なんだ。仔牛の胃から作られてるモンだから、無いときはホント無いんだよー」
「へぇえ。見つかるといいね」
「ま、気長に探すさ」
昨日食べたフランクフルトのお店が出店していたので、朝ご飯替わりに食べながら出店を見て周る。
東の城門付近まで来ると、人だかりができている出店があったので近付いてみた。
スキンヘッドのお爺さんが、紫色のゴザの中央で縦笛を持って座っていて。
お爺さんの目の前には、大きめのツボが置かれてる。
首には、私の腕ぐらいの太さの蛇がっ。
蛇がぁぁぁ。巻き付いてるっ。うえぇぇえぇっ。
お爺さんがぴろぴろと縦笛を吹くと、ツボの中からにょろりと顔を出し。
笛の音に合わせるように、ぐねぐねと動く蛇。
うわあぁぁぁ。気持ち悪いぃ~~。
町の人とタローさんは拍手喝采している。
え? 楽しいの?
【あー。ダルイわー】
蛇が、やる気無さげに云いながら踊っている。
「生き物の言葉が判るのも、良い事ばかりじゃないね」
「ほんとにねー」
「え? この蛇なんて云ってるんだー?」
「ダルいんだって」
「げ。それは知りたくなかったな」
くすくす笑ってるお子様3人に、そろそろここから離れよう……と言おうとした矢先。
ふいに、血の匂いが漂ってきた。
ん?
だれか怪我してるのかな。
血の臭いがすぐそばまで来た途端、何かに体を掴まれた。
「ぎゃっ!」
いきなりすぎて、ヒビキにしがみ付く事も出来なかった。
私を乱暴につかんだ人物が、もの凄い勢いで上昇して行く。
急上昇過ぎて、息ができないっ!!
「オカン!!」
必死で目を見開いたけど、すでにヒビキの姿は豆粒みたいに遠のいていた。
誰?! なんで私を?




