23.王様「処刑台に向かうような気持ち」
小さい妖精たちが歌いながら飛び回る。
蛍が乱れ飛んでいるような光景は、可愛い歌声もあいまって、頬のニヤケが止まらない。
ふいに、花咲き乱れる金の草の端から、ぶわっとジャンプしてきた王様が、大きな足音を立てて着地した。
『面倒なのが戻ってきた』と言わんばかりの、冷たい視線を送る女王様。
そんな視線すらご褒美になるらしく、「我ガ最愛ノ妻ヨ。ソノ瞳ニ貫カレタイ」などと呟きながら、パカパカと近づいてくる王様。
女王様の肩にひょいと馬面を乗せて、その絞りたてのミルクのような、滑らかな頬にほおずりしている。
面倒くさそうにため息をつきながらも、王様の馬面を優しく撫でているあたり、まんざらでもないらしい。
犬も喰わない夫婦喧嘩は、今後スルーしようと思う。……ってか、兄弟喧嘩は喰うのかな? 具体的には何喧嘩なら食べてくれるんだろう。親子喧嘩を喰ってくれるなら、飼おうかな。犬。
「あ! 王様! 池でヒビキが突っ込んでた、”2本目のお話”詳しく教えて!」
和やか方面に傾き始めた天秤を、全力でぶち壊すピーちゃんの声に、ピシリと何かがひび割れる音が聞こえたような気がした。
「ヒビキも気になるよね?」
どこまでも煽り態勢の高いピーちゃんが同意を求めると、突然矛先を向けられて慌てふためいたヒビキは、高速で首を横に振って否定する。
両手を合わせた女王様が、左右にさっと腕を広げると、ポン! ポポン! と音をたてて、足元から30個ほどの双葉が出現。
双葉がつた草に急成長して、うねうね動いて編みこまれ、あっと云う間に長テーブルと5脚の椅子が生まれた。
女王様が左右の人差し指で、くるくると円を描き始めたので、すわ雷撃か?! と身構えたけれど。
雷は出ず、空中に5人分のカトラリーが、ぽんと音を立てて出現し、それぞれの椅子の前に並べられたので、心底ホッとする。
テーブルの中央に、白い花柄の大皿が何枚も出現し、静かに配置されたところで……。
「長くなりそうなので、お食事をしながら聞きましょう」
声だけは優しい女王様の、怪しく光る紅の瞳に、それぞれ慌てて着座する。
向かい合わせで椅子に座ったピーちゃんと私は、テーブルに遮られて何も見えなくなるのだが……これ突っ込んじゃ駄目なやつ。……うん、さすがのピーちゃんも、やっと空気を読んでくれたらしく、おとなしく座っているようだ。
私の左隣に座ったヒビキは、気の毒そうに王様を見つめていた。
「ね? 貴方?」
にっこり笑いながら、肩に乗る馬面を、そっと掴んで降ろす女王様。正直かなり怖い。
長方形の短い一辺の部分。ヒビキの近くの、いわゆるお誕生日席に腰かけた女王様が、優雅に肘をつき、顎の前で指を絡めて微笑んだ。
美人の怒りオーラって半端ないよね。
すごすごと--女王様の真向かいにある--王様に割り当てられたらしき椅子に向かう姿を見ながら、どうやって座るんだろうと一瞬考える。
真っ白な王様の後ろ足が、一歩ごとに肌色になり……靴が出現し……白いローブの裾が生まれ……前足が金色の芝生から離れていく。
金糸で豪奢な刺繍が施された服が、腰のあたりまで出現した所で、ぴたりと歩みを止めた王様。
下半身は人間、上半身は馬。
両手を固く握りめてうつむき、肩を震わせて笑いを堪えてるヒビキ。頑張れ。
ピーちゃんの姿は、テーブルに遮られて見えないから判らない。
上半身を軽くひねり、懇願するように女王様へ振り向いたけど、にっこり笑ったままの女王様を見て、再び自席に向かって歩き出す。
豪奢な服の続き……腰が生まれ肩が生まれ……前足は肩先から徐々に人のソレに変わってゆく。
首から下は、いかにも王様! といった風情の、ふさふさした白い毛を縁飾りにした、赤いビロードのマントを纏った人間。頭は馬。
王様が、再び女王様を振り返る。
ぶふっ。ヒビキの”笑ってはいけない”境界線に、崩壊の兆しが表れた。ぐ、ぐふふと変な息を漏らしながら、肩の震えが大きくなってる。
はーい、ヒビキさんタイキックー。
声こそ聞こえてこないが、どうやら椅子の上で転げまわっているらしく、がさがさと動き回り、ダンダンと座面を殴る音を出しているピーちゃん。
はーい、ピーちゃんアウトー。
女王様は、氷のようなにっこりを崩さない。
再び歩き始めた王様の後頭部から、獅子のたてがみのような黄金の髪が肩まで生えた所で、勢いよく振り向き腰かけた王様。
後頭部は人間。目と鼻と口の部分だけ馬。
笑いを取って誤魔化そうとしてるんだろうけど、逆効果ですよ、王様。
ヒビキとピーちゃんは、境界線が崩壊したらしく、声を立てて大笑いしている。
爆笑しているお子様二人の声を聞きながら、クスリとも笑えない私は『飛ぶときはね! 信じるだけで大丈夫』が実行できなかったのは、こういう所なんだろーな……と思いながら、女王様の方を向く。
着席した王様に向かって--
「じゃあ、エルフの森で、エルフの乙女に出会った所から聞きましょうか」
--と、唇の両端を、ゆっくり持ち上げて笑った女王様が云った。




