17.神様「その使い方は想定外」
王様の背から飛び降りたヒビキが、3畳程度の大きさの池を覗き込み、そっと右手を入れる。
「つ、冷たっ!」
サッと手を引き上げたヒビキが、フルフルと首を振った。
「これ、体力が回復する以前に、冷たすぎて心臓止まると思う!」
大げさな……と思いつつ、私も右前脚を入れてみる。
……つ、つめたっっ! キンキンに冷えた氷水のようだ。
暑いときに飲むなら気持ち良い温度だろうけど、ここに全身浸かるのはかなりの胆力が要りそうだ。
「き、キノコのおかげで元気でたからさ。女王様の所に急ごうよ! 少しでもはや--」
ピーちゃんに訴えかけるも、王様からの「案ズル事ハナイ」の声に遮られる。
「我ガ森ヲ回ッテ浄化シテオッタカラノ。ピーチャンガ森ヲ出タ頃ヨリ、サホド腐敗化ハ進ンデオラン筈ダ」
「いやいや、少しでも早く女王様を--」
「ココカラ、妖精国ノ入口マデハ、マダカナリノ距離ガアル上、魔物モ出ヤスクナル区域ナノデナ」
「でも--」
「今ノ内ニ全回復シタ方ガ良イ」
なんとか冷水風呂を回避しようとするヒビキの目論見は、ことごとく王様に遮られ逃げ場を奪われている。
「にゃー」(ピーちゃーん)
「ん? なぁに?」
「にゃー、にゃにゃー?」(火の魔法とかで、池の温度上げられないの?)
「ワタシも王様も、火の魔法使えないー」
空間魔法や結界の張り方を教えてくれたピーちゃんはともかく、使えない王様である。
体力が全回復する池となれば、是非ともヒビキには浸かって欲しい。
ようは水温が上がれば良いのだ。
何かの本に載っていた、『熱した石をお風呂に放り込んでお湯にする』お話を思い出す。
石は、手頃なサイズの物がその辺にゴロゴロあるので、探してまわる必要もない。
……後は……どーやって火を起こすかなんだよねー。
ふと思いついて右前脚をくるりと回し、すでにお馴染みの空間収納に顔を突っ込んで、取っ手を口に咥えて引きずり出した。
さすが『灼熱のフライパン』
取っ手を口に咥えているだけでも、フライパン部分から発している熱で、髭がくるくると丸まっていく。
あわてて池に落とすと、ゴボゴボと大きな気泡が立ち始めた。
冷水に浸けて、フライパンの『灼熱』が消えないかと心配したが、杞憂だったようだ。
ただ、このまま放置していれば、今度は水温が上がりすぎて入浴できなくなるだろう。
(『熱湯になる前にフライパンを取り出してー』ってヒビキに伝えて)と、ピーちゃんに頼む。
ピーちゃんからの伝言を受けたヒビキが、池に手を入れながら上がってゆく水温を確かめる。
ちょうど良い温度になったあたりで、にんまり笑って服を脱ぎ……全部脱いだ所で、「あっ」と小さく声を上げた。
「洗面器無いから、かかり湯できない……」
異世界に来てまで入浴エチケットを気にして、池のほとりでしょぼくれるヒビキ。
全裸でしょぼくれてる姿はなかなかにシュールだ。
『いいから早よ入れ』と云わんばかりに、王様が前脚でヒビキの背中をトンと突いた。
◆
そこそこ深さのある池だったようで、フライパンやヒビキが投げ込まれても、水底の土が舞い上がって水を汚す事はなくホッと胸をなで下ろす。泥水で入浴って嫌すぎるもんね。
王様に突き落とされて沈んだ勢いのまま、池の底に沈んでいたフライパンを拾い上げてきてくれた。
一瞬、『金のフライパン』か『銀のフライパン』か、はたまた『金のヒビキ』か『銀のヒビキ』かを選ぶイベントの発生を期待したが…………残念ながら起きないらしい。
「すごいね、このフライパン? 全然温度下がってないよ!」
渡そうとしてくれるけど、肉球がついている私の手では、今後フライパンを活用する機会はないだろう。
ピーちゃんに伝言を頼んで、ヒビキの空間収納に入れていてもらう事にした。
「浸み込む~。溶けてく~。極楽極楽~」
何が浸み込んで何が溶けてゆくのかは知らないが、どうやら相当気持ちが良いらしい。
神様から贈られた物が『灼熱のフライパン』だと知った時には、もし次会う事があれば、渾身のスイングで2・3発お見舞いして差し上げようと思っていたけれど……意外なトコロで有効活用できたので、ヨシとしよう。
池のほとりに寝そべって寛ぎ始めた王様に、ヒビキが尋ねた。
「王様って、妖精の国の王様なんですよね?」
「ウム」
「なんで、妖精の国から出てたんですか?」
「……」
何か言いたくない事があるらしい。
ふいと目を逸らして俯く王様の、頭の上に座って寛いでいたピーちゃんが、おもむろに立ち上がって口を開いた。
「この池にね! 水浴びに来てた乙女のお膝の上でっ! お昼寝したのを女王様にバレちゃってね!」
「マテ! ソレ以上ハッ……」
沽券に関わるとばかりに、ピーちゃんの暴走を遮ろうとする王様だったが……。
「『角が伸びるまで帰ってくるな!』って追い出されたのよー!」
言い切ったピーちゃんの声に、そっと瞳を閉じて項垂れた。




