12.特訓の成果
怠け者の蟻の話に、なんとも言えない、じめーっとした空気が流れる。
じめーっとした事がいかにも苦手そうなピーちゃんが、空気の入れ替えを計ってくれた。
「あ、そうだ。ヒビキ。アンタ結界の張り方しってる?」
空間収納ときて、結界。ファンタジー世界の二大ロマンの情報に、当然ヒビキの瞳がキラキラと輝きだす。
「知らない! 教えてくれるの?」
立ち上がったピーちゃんが、左手でヒビキの頬にもたれ掛り、右手を腰に当てて大威張りで答えた。
「先生と呼ぶなら教えてあげなくもないわよ」
「ピー先生!」
迷いなく先生呼びを開始するヒビキ。
「……なんか、淫語っぽく聞こえるから、やっぱ先生呼びしなくていいわ……」
自分で仕掛けたマウント攻撃だったのに、地味にダメージを受けたらしい。
天然ヒビキが、そんなピーちゃんの心の機微に気づく筈もなく、授業が始まるのを今か今かとワクワクしている。
のんきな使役主に毒気を抜かれたのか、ふんわりと微笑んだピーちゃんの、”結界の張り方講座”が始まった。
「おへそにね。ぐっと力を入れるの」
「うん? おへそ?」
「そ。おへそ」
おへそに力をいれようとしているのだろう。
そして、うまくいかないのだろう。
ヒビキの眉毛が、片方ずつ、ぴくっ、ぴくっと上がったり下がったりし始める。
小鼻もぴくぴく。 閉じた口も、への字になったり、鼻の下が伸びたりと、一人変顔大会が始まった。
お腹を抱えて爆笑したいのを我慢しながら、頑張るヒビキを心の中で応援する。
「もぅ! カンが鈍いわねー!」
業を煮やしたピーちゃんが、てきぱきと指示を出してきた。
「ヒビキ、ちょっとここに仰向きに寝ころびなさい!」
ポカンとしたまま、素直に寝そべるヒビキ。
仕方なくヒビキの肩から降りた私にも指示が飛んでくる。
「オカンは、ヒビキからちょっと離れて」
1メートルほど離れてみる。
「オカン、ヒビキに向かって全力で走って!」
なんだか面白いことになりそうだと瞬時に判断して、全力で乗っかる事にした。
「ジャンプして、ヒビキのおへそに着地して!」
走ってー。ジャンプしてー。
「にゃーーーー!!」(ふらーいんぐ、かあちゃんドロップキック!!)
「え? え?」
あわあわと慌てまくっていたヒビキが、私が着弾する瞬間、腹筋に力を入れる。
私の渾身のキックは、ヒビキのおへそに当たる事は無く、10センチ程手前でコンクリートのような堅い何かに阻まれる感触がした。
「に”ゃあぁぁぁぁぁ!!」(痛っったぁぁぁぁい!!)
「できたじゃない!」
教え方が上手いからだと言わんばかりにふんぞり返るピーちゃんに、抗議したいけれど足が痛くてそれどころではない。
「オカン! 大丈夫?!」
ヒビキと私の間にできた透明な壁をズルズルと滑り落ち、あまりの痛さに、そのままぐんにゃりとお姉座りになってうな垂れた私を、慌てて抱き上げてくれる。
プルプル震えて耐える私の姿を見て、さすがに思慮が足りなかった事に気が付いたのだろう。
あちゃーと顔をそらすピーちゃんに、ヒビキが言った。
「ピーちゃん、力を入れるのは、おへそじゃなくて、腹筋!」




