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13.慣れない看病

 それからすぐに、ミラの発熱に備えて薬を作ってみることにした。台所の隣の貯蔵庫で。


 記憶の図鑑をめくりながら、ちょうどよさそうなハーブを探していく。二人に教えてもらった、闇熱の症状に合わせたものを。


 屋敷には、今までに収穫したハーブのストックが色々とあった。その中から、良さそうなものを選んでいく。


 熱に効くエルダーフラワーとショウガ、気分を落ち着けてくれるカモミールとキャットニップ。飲みやすくなるように甘いリコリスも添えて。


 試しにちょっと煮出してみたら、落ち着きの中に清涼感のある香りのお茶になった。ミラに飲ませる時は、さらに蜂蜜を足してあげよう。


「うわあ、ハーブがたくさんだ……」


 ブレンドが済んだハーブを瓶に詰めていると、ミラが目を輝かせて寄ってきた。その後ろを、ゆったりとヴィヴがついてきている。


「ミラちゃん、もう遅いからきちんと寝ないと」


「うん。でも、明日は大変だもん。だからちょっとだけ夜ふかし」


 明日は大変。彼女はこんなに小さいのに、そんなことをきちんと考えられるくらいに病に苦しめられ続けていたのか。


 不憫になってしまって、ミラをぎゅっと抱きしめる。


「明日、私も頑張るわ。少しでもあなたが楽になるように」


「ありがとう、お姉ちゃん! あのね、元気になったら……お姉ちゃんがお花を咲かせるところ、見てみたいな。お姉ちゃんも、ミラと一緒でギフトを使えるんでしょう?」


「え、ええ。……ヴィヴから聞いたの?」


「申し訳ありません。陽光草の話をした時に、気取られてしまって……」


「お兄ちゃんは悪くないの。お兄ちゃんは嘘がへたなだけなの」


 しゅんとするヴィヴと、なぜか得意げなミラ。そんな二人を見ていたら、仕方ないかと思えてしまった。二人なら、不必要に情報を漏らしはしないだろうし。


「そうね、分かったわ。だったらどんな花にしましょうか? 季節に合わない植物でも、花を咲かせるところまでならギフトで育てられるから、好きなものを言ってくれていいわ」


「ほんと!? うわあ、何にしようかなあ! ミラ、熱が出るの楽しみになっちゃったかも!」


 きゃっきゃとはしゃぐミラは、ごく普通の無邪気な子供にしか見えなかった。風変わりなギフトを有していることも、凶悪な病に侵されていることも、少しも感じさせない姿だった。


 そんな彼女を見守りながら、ヴィヴにそっと目だけでうなずいた。彼はやはり申し訳なさそうに、そして感謝するような顔でうなずき返してくれた。




 そうして次の日の夕方、ミラはいきなり寝込んでしまった。聞かされていた通りに。


 彼女は発熱の少し前にはベッドにもぐり込んでいたし、ヴィヴやダニエル、エステルはてきぱきと彼女の看病を始めていた。胸が痛くなるくらいに、手慣れた動きだった。


 一方の私たちは、すっかりあわてふためいてしまっていた。そもそも私たちは、病人慣れしていなかったのだ。


 私やステイシーはたまに体調を崩すこともあるけれど、基本的には元気だった。


 前世の私も、最期のあの時までは低空飛行ながら普通に暮らせていたし。……疲労がたまりすぎて体調不良に気づけなかっただけなんじゃないかって気もするけれど。


 そしてちんまりとした年寄りのポリーは、見た目によらず健康そのものだった。風邪一つ引かないし、お腹一つ壊さない。動きはゆったりだけれど関節もしっかりしているし。


 さらにブルース。彼は見たまんまだ。タフすぎて若干怖いくらい。


「ともかく、やれそうなことをやっていきましょう」


 台所に集まったみんなに、順に号令をかけていく。私がしっかりしなくちゃ。ミラの苦しみを、少しでも減らせるように。


 昨晩用意したハーブの瓶を、ポリーに差し出す。


「ポリー、このハーブでハーブティーを作って欲しいの。ミラちゃんに飲ませるから」


 彼女は料理の名人で、そしてハーブティーをいれるのもやけにうまい。同じ茶葉でも、彼女がいれたものだけぐっとおいしくなる。


「任せてくださいねえ。ミラちゃんのために、とびっきりのハーブティーをいれてみせますよ」


 のんびりと、しかし無駄のない動きでポリーがかまどに向かう。それを見届けて、次はステイシーに向き直った。


「ステイシー、あなたはハッカを摘んできて。小さなタライにハッカの葉と水を入れて、エステルに渡してきて欲しいの」


 ハッカ入りの水を布に含ませて額に乗せれば、気分だけでもすっきりするだろう。氷があればいいのだけれど、あれは貴重品だし。冷凍庫が恋しい。


「ブルースは収納庫から綺麗な布とシーツを取ってきて、エステルに渡して。看病するには必要でしょうから。他に必要なものはないですかって、聞いてきて」


「おう、任せろお」


 そうしてステイシーとブルースがばたばたと台所を出ていく。ほうと息を吐いてから、そっとポリーを振り返った。


「……ねえポリー、これで今のところ……忘れているものはないわよね?」


「はい、問題ありませんよ。ミラちゃんが元気になってきたら、また色々と必要になるものも出てきますけどねえ」


 笑顔でお湯を沸かしながら、ポリーがおっとりと答える。彼女と話していると、焦って乱れていた心が落ち着いていくのを感じる。


「ヴィヴ様もエステルさんもダニエルさんも、看病には慣れておられるようです。私たちはあの方々を支えていけば大丈夫ですよ。あなたの素敵なハーブティーもありますからね」


 そう言って彼女は、ハーブを入れたポットにお湯を注いだ。ふわんと立ち上る湯気に目を細めている。


「あらまあ、優しい香り……このハーブティーは、ミラちゃんの苦しみを和らげてくれますよ。間違いありませんとも」


「……ありがとう、ポリー。それが効かなかったらどうしようって、不安だったから。あなたにそう言ってもらえると、ちょっと自信が出てくる気がするわ」


「ふふ、私たちは同じ屋敷に暮らす仲間なのでしょう? もっと気軽に頼ってくださいねえ。私たちみんな、アリーシャさんのことが好きなのですから」


 まるで子守歌でも口ずさんでいるかのような、ゆったりと優しい声。それを聞いていたら、ちょっと涙ぐみそうになってしまった。


「さあ、ハーブティーが入りましたよ。アリーシャさん、ミラちゃんのところに顔を出してあげてください。きっと喜びますよ」


 そう言ってポリーは、ポットとカップ、それに蜂蜜の瓶を載せたお盆をこちらに差し出してくる。そっと目元をぬぐって、そのお盆を受け取った。

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