55.冠雪ではなく塩害
ル・メール侯爵は寝る間も惜しんで、翻訳してくれた。古代語をそのまま翻訳した詩を、一般的な言い回しに直してもらう。事実上、二回の翻訳が必要なのよ。
本国では雪が降らないのに、冠雪に似た表現が何度も出てきたらしい。山の頂上が白く染まったと。高い山は、今でもほんのり白い。その理由が判明した。山に雨を降らせたの。限られた山に何度も海水を降らせ、塩が雪のように残った。
水は山に染み込み、ゆっくりと濾過されて川になった。最初に加減が分からず、大量に海水を降らせたみたいね。濾過が進むと、地下水が満ちて大地が潤う。その過程で生まれた塩も、活用してきた。確かに本国では岩塩が主流だわ。
海から分離するヴァレス聖王国と違い、山に岩塩があるから海水を煮なくて済むの。なるほどと納得した。これなら農地が塩まみれにならなくて済むのね。どうやって農作物を育てたのかと思ったけれど、意外な方法だったわ。
地下水となって湧き出すまで、数年かかったそうよ。その記述も見つかった。ご先祖様は濾過にかかる時間を忘れて、水が湧き出ないからと大量の海水を降らせて続けたの。それこそ、海の水が目に見えて減るくらい大量に……。
「となると、かなりの量と期間だったのね」
その水が枯渇したことが、大地の乾燥した原因だった。普段雨が降っていたのも、地下の湿気が影響していそう。大地で蒸発した水が、上空で冷えて落ちる。そう考えたら、本当にすごい量の海水を汲み上げていた。
ずっと繰り返された雨と湧水だけれど、徐々に川となって海に合流し、今に至る。また降らせるなら、塩が取れる山を使うしかないかも。
「塩を分離させる魔法道具を作ったらよかったのよ」
「シャル、普通に濾過装置ではダメなのか?」
そのほうが簡単だ。レオに指摘され、目を見開いて凝視する。そうね、確かに濾過装置を作ればいいんだけど。スポンと考えが抜けていたわ。ご先祖様が山に降らせた原因も、それじゃないかしら。うっかり地上に降らせて塩害になり、慌てて人里離れた山に降らせた。
ありそう……。ルフォルの一族って誇り高いけれど、アレじゃない? 変態多いし、極端な考えや趣味趣向の持ち主も普通にいるし。苦笑いが浮かんだ。
「魔法道具を取りに戻りましょうか」
くーん、きゅー! 大人しくしていたドラゴン達が、ばたばたと脚を踏み鳴らす。軽い地揺れを引き起こしながら、彼らは訴えた。ちょっと隣大陸へ遊びに行きたい。船を押すなり引くなり、手伝うから……と。
「リュシー?」
あなたが説得したの? 褒めてあげようと思ったのに、叱られると勘違いしたリュシーは首を大きく横に振った。振り子のように反対に尻尾を振りながら、全身で否定する。赤いドラゴンが教えてくれたのは、羨ましがるように伝えたリュシーの説明だった。
説得じゃなくて、勧誘だったのね。
旱魃解消の手段が見つかった。船の職人達が歓声を上げて造船所へ走り、後ろを農民が追いかける。この際、航路を開拓するべし! と息巻く商人が追いかけた。
「まて、危険を確認するのは我々が」
叫びながら貴族が最後尾を務める。なんとも締まらない姿だけど、現実ってこんなものよね。




