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#82 前哨戦 I


 試合上に引っ張り出されたケイは、正直なところ満更でもない気持ちだった。

 歓声を一身に浴び続けてると、なんというか……思ったよりも気分が良い。


 それにフリーマギエンスの面々が闘う場に、及ばずながら自分も立てるということ。

 彼らに己の姿を見てもらい、彼らの為に会場をあっためられるなら――とも。


 左右それぞれの柄の握りや重量を確かめながら、何度か振ってみる。

 非常に良い鋼のようでバランスも良い。これなら十分耐えられよう。

 

「用意はいいかね?」

「大丈夫です」


 そうケイが答えると、スィリクスは拡声具を腰の後ろに差して手を挙げる。


 すると四方に配置された魔術具によって、結界となる壁が上空高く伸びていった。



不躾(ぶしつけ)ですが、本気でやってもらってもよろしいですか?」

「む? しっかりとした試合が希望か」


「はい、わたしも一応は――腕に覚えがあるほうなので」


 ケイは手首を回しながらくるくると双剣を何度か回転させ、右手の剣を逆手に持った。

 そして左足をやや前に、スッと左手の刀身を相手へ真っ直ぐに向ける。


 ピタリと止まったその堂に入った(・・・・・)構えに、スィリクスも並々ならぬものを感じた。


 しかし圧というものがない、剣気の感じられぬただの自然体。



「……では参るぞ!」


 スィリクスは困惑しつつも右手にロングソードを持ち、魔力強化した肉体で地を走る。

 魔力の操作に関しては全種族で最も優れる、人族と神族のハーフたるハイエルフ。

 

 一方でケイはスィリクスを見ているが――見ていなかった。


 それは顕在と潜在の狭間にて。

 境界線となる(つな)を、五感を遮って渡り続けるような心地。

 剣禅一致の領域にして、求道の極致。


 世界から切り離され、自身という世界と同化し、少女は己の中で完結する――





 ケイ・ボルドは――夢見がちな女の子だった。


 連邦東部で代々ボルド家は、都市国家の首長を勤め上げてきた。

 追い落とされることなく連綿と続いた血筋は、相応の誠実さを備えている(あかし)


 元々は一農民から端を発し、都市国家の長にまでなったという経緯がある。

 その為、生まれた子供は農耕をするべく預けられるのがいつしか慣例となった。


 通常は10歳くらいまでは生家で教育を受け、5年ほど預けられて奉公してから戻ってくる。

 しかしある年に不作が続いたことで……ボルド領主であるケイの父は、我が娘を5歳の時分で預けた。


 同世代の村の子と共に剣術を学びながら、ケイは農耕に励み、自然を愛し、愛され生きた。



 ケイ・ボルドは――感情的であっても利発な女の子だった。


 時が過ぎゆくも、作物の出来の悪さは一向に改善せず、それどころか悪化する一方。

 領主である父は抜本的な解決策や、農業以外の代替を求めていた。

 なんとか手伝いたいと思ったが……ケイが(ちから)になれることはまだない。


 最低限の支援があったものの、生活水準は低くなり続け――村は進退(きわ)まっていく。

 農耕だけでは生活できず、狩猟へ行く回数が日に日に増えていった。


 いつしか、村からそう遠く離れぬ場所での狩猟も難しくなってきた。

 狩猟する為の行動範囲も広がっていき、慣れた大人はそちらへ割かれるようになった。


 ――そんなある日、ケイは森の中で見つけてしまった。

 食い詰めた賊が大挙してやってくるのを……最初に発見してしまったのだ。


 当然村にも防衛戦力は残しているが、とてもではないが対処しきれる数ではない。

 そんな状況において、まだ子供と言えるケイは……"ある一つの考え"に至った。

 


 ケイ・ボルドは――決して器用とは言い難い少女だった。


 村で受け継がれる剣術を学ぶものの、いまいち身にならなかった。

 それでも不器用ながらに、愚直なまでに、剣を振り続けた。

 

 時に家族とも言える友人達に、不器用さをからかわれても……。

 何事においても自分にできることを、必死になって追い求め続けた。


 そして流派の心のみを、彼女なりの解釈で体現した。

 彼女に妥協という一念はなかった。ただ一心となることが最適解だと知っていた。



 ケイ・ボルドは――思い込み(・・・・)の激しい少女だった。


 現れた賊が村を襲えばどうなるか、彼女は強く心に描き出した。

 少ない食料は奪われ、心なき者達は田畑を焼き、村を楽しんで破壊するに違いない(・・・・)

 男と老人は殺され、女は犯され、子供は奴隷として捕まる。


 父は哀しみ、娘を喪失した心身は限界に達し、近く倒れるはずだ。

 それでも父はきっと自分を探す。私財を投じ、領内は(ないがし)ろになる。

 外交も疎かになり、不作も続き、遠からず土地そのものが滅びゆくに決まっている(・・・・・・)と。



 ケイ・ボルドは――少しだけ、変わった少女であった。


 彼女が至った答えは、今ここで"全員が死ねば確実に回避できる"ということだった。

 だから少女は狩猟用の弓を捨てて歩き出し、剣一本のみで賊達の前へと立った。

 賊達はたかが少女一人に多少の警戒心こそ(いだ)いても、それで大事になるとは思っていなかった。


 本当に静かに、心臓へと刃を押し込んだ。隙間を通すように……ゆっくりと。

 あまりに自然な動作で、賊の誰もが呆気に取られた。

 狩猟で動物を殺し、解体することは何度もあったが――人を殺すのは初めてだった。


 ケイは殺した男の剣を拾っていた。

 流派は一刀であったが、彼女にはまともに使えない。

 だったら……一本の剣より、二本をそれぞれ両手に持ったほうが多く殺しやすい。


 ――ただそれだけの理由だった。



 かくして30人以上からなる賊は、たった一人の少女によって余さず殲滅された。

 返り血一滴として付着することなく、刃も矢も魔術の一つとして彼女には届かなかった。

 敵を狩り尽くした(ふた)つの剣は、塵と化して散ってしまっていた。

 

 殺戮の途中から少女に追いつき、一部始終を見ていた少年と共に……何事もなく村へと帰った。

 それはたった2人しか知らない、村を救った少女の真実。


 斬ることのみを追い求めた、無比無双の剣技。

 それは言うなればケイ・ボルドだけの……たった一代のみの亜流。

 少女は剣と成り、世界と成る――思い込みの果てに得た、有意識と無意識の融合。


 斬るという刃の本質と同化する、それゆえに――





「……はっ?」


 勝負は一瞬――という時間感覚すら超越した一太刀で終わっていた。


 少なくともスィリクスにはそう感じていた。さながら時間が吹き飛んだような……。

 過程が丸々すっぽ抜けて、結果だけが残ったような錯覚に陥る。


 ロングソードは音もなく切断されて、地に落ちる音だけがあった。

 いつの間にか順手に持ち替えられていたケイの右剣が、命の手前で止まっていた。


 首に押し当てられていた刃から、一筋の熱を感じる。

 刃引きしてあるハズなのにどうしようもない死の予感が、冷や汗となって溢れ出ていた。



『おっおぉぉぉおおおおお!! 挑戦者の勝利!? 一撃です!! いや二撃!?』

『速さというよりはなんでしょう……剣を鞘に納めるような、至極当然の動きのようでしたねぇ』


 魔術結界も解かれると――実況と解説と歓声とが、一気になだれ込んでくる。 


「あのっ! ありがとうございました。よろしければ魔術を使って頂いてもう一度……」

「いや……もはやそういう雰囲気ではなさそうだ、君の名は?」 

「ケイです、ケイ・ボルド」

「そうか見事、文句なく君の勝ちだケイくん」


 スィリクスは苦々しい表情は出さずにそう言い、ケイは少し表情が曇った。

 しかし目立つのはそんなに好きではないし、ここで食い下がっても仕方ない。



 スィリクスは握手すべく、右手を差し出す。

 するとケイは剣を2本とも渡してきて、一礼するとそそくさと退場していった。

 スカされたことに乾いた笑いを漏らしながらも、とりあえず平静を装う。

 

『……諸君!! ケイ選手に盛大な拍手を!!』


 スィリクス腰から抜いた拡声具で観客を煽り、ケイは万雷の拍手を浴びる。


『いやぁ~予想外ですが、なかなか見られないものを見た気がします!』

『未来ある新入生となってくれると、とても嬉しいことですね』

 


『さてさて、まだまだ時間があります! スィリクス会長もう一戦できますでしょうか?』

『もちろんだ』


 スィリクスは二つ返事で了承する。

 負けた自分が言うのもとてもとても難だが、本番(・・)前のウォーミングアップにならなかった。


『それでは我こそはという人はどうぞ!!』


 最初はまばらに挙がっていた手も、2回目は上がることはなかった。

 それほどまでにケイの実力が凄まじかったのだ。

 あれを見せられた後に、お祭り気分の人間が満足させる実力を披露できるのかなどと。



『誰もいませんかー、なんならこのオレが出ちゃっても――』


「うっしゃあ!!」


 拡声具なしで喧騒なき会場に響かせたのは、またしても年若き……今度は少年だった。

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