#517 片割れ星が昇る彼方 -Beyond the rising planet-
地平線から夜空へと浮かんでくる、互いに衛星とも言える双子星を眺める。
ゆったりとした動作で俺は視線を地上へ落とすと、そこにはサイジック法国の央都の光景が広がっていた。
俺は大気を肺いっぱいに満たし、ゆっくりと感情を吐き出しながら腕に抱いた"愛娘"へと語りかける。
「ああ素晴らしい景色だろう? "クラウミア"」
「ぃーー、ぁーーー」」
「今、昇っている片割星が"カノン"。俺たちが住んでいる母星はフーガって言うんだぞ~」
その発音は、地球の音楽用語のそれ。
とある吟遊詩人が詩歌と共に伝え──星そのものは多様な国や文化で違う名を持ちつつも──最も広く使われている呼称である。
シップスクラーク財団でもその名で統一採用している。
「ぁーぉー、ぅーぁー」
クラウミアはたどたどしいながら、俺の言葉を繰り返しているかのようだった。
「くっはっはっは、クラウミアは賢いなぁ。いいぞ~~~、その調子だ」
"六重風被膜"を纏いながら──夜空の星と地上の星の狭間にて──ゆりかごのように天空を漂う。
「あぁ……これからもっともっと紡がれていくんだ、"未知なる未来"がな」
伝統を重んじ、名誉を讃えよう。
美学を推進し、商業を振興すべし。
合理主義に生きる、秩序ある社会を。
そうやって進歩と発展を繰り返して、今後も数多くの大事業を成し遂げていく。
すると俺たちの隣に、フラウがいつの間にか浮かんでいた。
「──こんなとこにいたんだ?」
「フラウ、お前……身重だろうに」
「負荷は掛からないからだいじょうぶダイジョーブ。ねーーークラウミアの弟ももうすぐだよ~~~」
左隣に寄り添うように浮かんだ幼馴染は、まるで自分の子供のようにハルミアとの子を可愛がる。
「……エコーで性別を判断したのは無粋だったかね」
「そう? 名前を早くから決めて語り掛けられるからいいんじゃないかなぁ、ねぇ"アルム"~~~」
フラウは自らのお腹を撫でながら、胎内にいる我が子の名を呼ぶ。
「ふぁーぅーーぃーーー」
するとクラウミアは、フラウが首から下げているエメラルドの指環を掴もうとしていた。
「おっとと……クラウミアはこの指環、ほんと気に入っちゃったみたいだねぇ。ベイリル、あげちゃってもいいかな~?」
「まぁ俺としては別に構わないが……ただ思い出の品だし、せっかくならクラウミアには新しいのでも──」
俺の言い途中でフラウはクラウミアの小さな手へと、指環を握らせてあげた。
するとまだ赤子ながら、満面の笑顔を浮かべる。
「ん、この可愛さには勝てない。たしかに大事なものだけど、今はもうベイリルもみんなもそばにいるから」
「あぁ、でも普通ならこの指環は……実子であるアルムに継承させるものじゃないか?」
「あっははは~~~、ハルっちの子はあーしの子でもある。キャシーとクロアーネの子だって同じだし、ヤナギやアッシュも一緒だよ?」
フラウの言葉を、俺はグッと心中で咀嚼する。
「そうだな。繋がりとは血によるものだけじゃあない、人も文化もテクノロジーも──想いと共に受け継がれていく」
遥か彼方の理想にして夢想。
歓喜と苦難に、未知満ちるであろう長い長い旅路の果てなき果て。
自由な魔導科学の下で築かれる、"文明回華"と"人類皆進化"。
世界の拡がりはどこまでも──夜空に昇った片割れ星、その彼方の宇宙の先、あるいは別世界へと至るまで。
人の進化と文明の躍動もまた尽きることはなく、夢の続きは終わらない。
「──人類の物語はまだまだ始まったばかりだ」
過去から現在、そして未来へと……大河の流れは決して止まることはない。
「見えるだろう、クラウミア。あの宇宙の大海が──いつかみんなであの星々の世界へ、旅立とうじゃないか」
「ぁー、ぅぁーーー」
クラウミアは左手でエメラルドの指環を握ったまま、天空へと向かって右手をあげ星を掴み取るような動作をした。
それはいつの時代、どこの世界でも……数限りなく繰り返されてきた動作であったのかもしれない。
人類が誕生する遥か昔から、煌めき続ける星光──人間は常に手の届きえぬものを追い続ける。
その憧憬を一身にあらわしているかのように。想像を超越していく世界は、この美しい星々の数だけ存在するのだろう。
これまでを既知としてきた長き半生に。
これからも未知を求めていく長き人生に。
色褪せぬ栄光と、惜しみなき喝采と、無垢なる感動のあらんことを願って──俺も同じようにその手を伸ばし、グッと握ったのだった。
「お楽しみはこれからも、だ」
──時代と共に力を持つ顔ぶれは変われども、歴史とは常に勝者の手によって記されていく──
──価値とはその業績だけでは測れず、肝要なのはそれがどう残り、どう記憶されるか──
──変わることなく発展の為に尽くすひたむきな努力は、確かな明日の礎となるだろう──
──人々の往く道はいつだって闇黒に包まれ、照らす光輝を求めている──
──ただ永らえるだけではなく、時の試練に耐え抜き、大いなる繁栄を掴み取り、永久に語り継がれる不朽の華を咲き誇らせるべく──
──それが苦難の道であろうとも、先駆者によって導かれ、人類は進化し、さらなる地平線を目指し切り拓く──
──いつかは新天地に文明を築き、未知なる未来を描く為に──
-Fin-
ここまでの長きに渡るお付き合い、誠にありがとうございました。
思い付きからやりたいことを詰め込んできた、ベイリルの物語もひとまずはここでいったん終了です。
ほぼほぼ趣味と自己満足の産物でしたが、感想などはとても励みになりましたし、共感し読んでいただいた同志がいたことを嬉しく思います。
元々の趣旨だった"文明"よりも、ストーリーラインのほうを優先した部分が大いにあり、仕込んだものの使いきれてない設定、持て余したキャラなどがいたのは悔やまれます。
ただし──作品として、まだ真の完結はしていません。
初期構想の段階で、二部構成を考えており、ここから先の展望については……"次世代"の物語での回収を予定して執筆を始めています。
凄まじく長くなってしまった本作品を、読んでいなくても楽しめる構成を目指しますが……ここまで読んでいただいた方にこそ、楽しめる内容にはなるよう努めていきたいところです。
それではまた、次作でお会いできれば幸いです。




