#515 切り拓く衝撃 -Breakthrough impact-
「っ……あ、ぅぅ──」
解体されたアンブラティ結社が所有するセーフハウスの1つで、俺は"運び屋"と再会する。
「遅れてごめん」
苦しそうに喘いでいるのは、誘拐された幼少期に"生命研究所"によって因子を植え付けられ改造されたからに他ならない。
定期的に支給される薬品を摂取しないと、苦痛がその身を焼いてしまう。
"仲介人"という呪縛と、アンブラティ結社という枷は既にない。真の解放はもうすぐである。
「き、み──しって、る」
「フェナス姉さん、俺は弟のベイリルだ。父リアムと母ヴェリリアから生まれた姉弟だよ」
「お、とうと……ベイ、リル──」
「そうだ、俺が産まれた時のことを覚えてないか?」
「ぁ……っぐぅ、ぁぁあああああああああ──」
思い出そうと精神に負荷を掛けたことが、あるいは引き鉄になったのか、姉フェナスは一層苦しそうに叫んだ。
そして前後不覚に陥った運び屋は、踵落としを放ち──その衝撃でセーフハウスが吹き飛ぶ。
「まっ、スムーズにいくとは思ってないよ」
強制契約状態にある生命研究所と他の財団員達の手によって、処置の準備は整っている。
ただし安全に捕縛し、拘束しておけるだけの力量差を確保するまで、すぐには姉を保護することができなかったがゆえに後回しとなってしまった。
俺はリーティアに調整してもらったTEK装備"特効兵装"を展開して、暴走したように突っ込んでくる姉フェナスの攻撃を捌く。
良くも悪くも魔改造されてないこの肉体では、"天眼"はそこまで保たない。
「100年後の未来のようにはいかない、と言いたいところだが」
相変わらず白兵戦だと噛み合いつつも分が悪いが、"特効兵装"の高機動制御を織り交ぜることでなんとか拮抗に至る。
単純に殺すだけならば、造作もないとは言わないまでもやり方はいくつかある──しかしなるべく傷つけずに無力化しなくてはならない、今度こそ救わねばならない。
「ッくぅおおっお……」
刹那、軌道を無理やり捻じ曲げたような一撃が"特効兵装"の防御をすり抜け、またしても俺の左腕が斬断される。
しかし生身の四肢を捨てるような憂き目には、もう遭わないと決めていた。
「俺に負けはない──!!」
魔王具"虹の染色"によって、許容量を超えた魔力が、俺の色へと変わる。
さらに"大魔技師の短剣"を、魔法具"永劫魔剣"こと魔王具"無限抱擁"の代替とし、魔力の循環器とした。
そうして再現されるのは、過去へと遡行し未来を改変した俺だけの"第三視点"。
「──"第三視点"・未知なる過去」
第三視点としての精神を、使用する魔力に応じた時間だけ過去へと逆行し、自身と同化することで──"既に起きた出来事を無かったことにしてしまう"──覆水を盆に返してしまう魔法。
平たく言えば"時空跳躍"。
そして過去に戻るということは、すなわち魔力をも発動する前の時点へと戻る。
魔法を発動した時間座標を基点とするなら、つまるところ何度でもやり直して"既知の過去を未知"とする窮極技。
フラウとキャシーと三人で"折れぬ鋼の"を相手にした時も、この魔法を使うことでようやく勝ちを拾えたのだった。
「ぁ……っぐぅ、ぁぁあああああああああ──」
左腕が切断されるより前──セーフハウスが吹き飛んだ瞬間にまで戻ってきた俺は、まだ消耗していない魔力でさらなる魔法へと至る。
それは"折れぬ鋼の"を相手にした際に使用した"永劫魔剣の刀身破片"よりも、安定・高効率な循環器となりえた"大魔技師の短剣"だからこそ、新たに可能となった魔法。
「──"第三視点"・既知なる未来」
今度は瞬間的に己の意識を未来へと切り離し、星の数ほど枝分かれして存在する膨大な可能性世界から、確率を収束させて最適を掴み取る──ある種の"Tool Assisted Speedrun"とも言える魔法。
平たく言えば"未来予報"。
わざわざ過去に戻ることなく、未来を視る段階でやり直し、最良の選択へと導いて確定的な結果を伴う"未知なる未来を既知"とする究極技。
保有するあらゆる術技と取れる行動、その結果をすべて試行・最適化を先んじて終える、運命を操作するが如き"第三視点"の応用編。
俺は姉の初撃を完璧なタイミング・角度・力配分によって左手で受け止めながら、完全なる調整がなされた一撃でもって体へと叩き込んだ。
同時に並行していた"白竜の加護"を発露させる。
「"風光冥靡"」
それは空と光を従わせた色彩の領域。
大気の密度を調節し光の方向性を操作し、局所的にエネルギーを集中させることで重力トラクションを発生させる、空属魔術と光輝の秘術との複合。
さながら宇宙におけるグレートアトラクターのように物体を引き寄せるが如く──拘束を完了させた。
「フラウには及ばないが……我ながらなかなか」
未来を最適化しただけでなく、幼馴染の魔術がイメージの根底にあって大いに寄与しているからこそ実現できた白の秘術。
俺は地に倒れ伏したフェナスへと、これ以上ない優しい声音で語り掛ける。
「姉さんが次に起きた時──親父も、母さんも、俺も……そして姉さん、家族みんな一緒だから」
最後に"特効兵装"から麻酔を注入して完全に眠らせ、お姫様抱っこの形で丁寧にその体を持ち上げる。
「落着はあくまで治療が終わってからだが……」
悲愴感はない。
積み上げられた財団の医療技術と"魔導科学"、それと認めたくはないが元凶である生命研究所の遺伝子工学が併されば、縮んだ寿命は戻せないものの完治は可能な範疇であると。
「ぜひ姪っ子を可愛がってくれよな」
晴れやかな空と同じ心地で、俺は幸福な未来へと想いを馳せながら、天空を飛ぶのだった。




