#502 昇雷
殴る。
拳が砕けても、砕ける端から再形成して殴る。
衝撃によって体が崩れ始めても、強引に再構築して殴り続ける。
巨大な質量に、圧縮した硬度と、魔術による速度と重力を加えた拳。
魔獣の強固な殻であっても遂にはヒビを入れ、破壊した──
瞬間であった。
突如として飛来したその"流星"を捉えられたのは、距離を保った装甲艦から眺めていたキャシーだけ。
「えっ──!? フラウ!!」
ソディアはまばたきの内に魔獣メキリヴナと共にバラバラに崩壊して沈んでいく"重鉄人"に、搭乗し操作していた指揮者の名を叫んだ。
「下がっとけソディア、フラウなら大丈夫だ」
そう言いながらキャシーは空を追う視線を外さず、ソディアの体を甲板の後方へと投げる。
副船長にキャッチされたソディアが状況を把握するよりも早く、キャシーは帯電させた左手を天高く振るった。
「"超・雷爪"ォ──」
キャシーの指先から放たれた5本の雷撃が空間を疾駆り、その間を縫うように人影が着地する。
「……よく反応したのう、小娘。この船も一撃で破壊するつもりじゃったが邪魔されっとは」
「はんっ! 壊れかけの巨人を不意の一撃でぶっ飛ばしたくらいで、調子に乗ってんじゃねぇぜババア」
キャシーはチッチッと舌を鳴らしつつ、ハンドポケットで不敵な笑みを浮かべる。
「えっ──うそだし、まさか東部総督……」
「ふむ、間違いないですな。彼女はフリーダ・ユーバシャールその人です」
顔を見知っているソディアとベルクマンが、侵入者が誰かを確定させる。
「久しいのうベルクマン、随分と老けたようじゃが……」
「お互いさまでしょう」
「おまえが、あたしゃの相手になろうという気かえ」
「はっはっは、それも悪くはないですなあ。ワシも帝国軍属の頃はあなたに相当扱かれたクチゆえ、ご恩返ししたいのはやまやまですが……今は別の立場があり、果たすべき仕事がありますでな」
ベルクマンは丁重にお断りしながら、この場にいる誰よりも闘争心むき出しの人物へと視線を移す。
「それに未来ある血気盛んな若人の邪魔をするほど、ワシも悪い方向へ老いたつもりはないもので」
バチッバチッとキャシーの周囲に電気が走り、黄色い髪が赤い髪を侵食するように少しずつ広がっていく。
「へっへぇ~、ババアまさかの親玉かよ。イイ度胸してんじゃんか」
「せっかくの祭りじゃ、勝つ為にも動くが……楽しまねば損というものよ」
「楽しめりゃぁ、いいけどな」
ポケットの内側でゴキリと指を鳴らすキャシーを、フリーダは手の平を前に突き出して制止する。
「──その前に一つ。元ワーム海賊、私掠船船長ソディア・ナトゥールよ」
「えっ……うち?」
「東部総督としての権限により、貴公の私掠船免状を剥奪とする」
「そ、そんなの……今さら何の意味も持たないし」
東部総督フリーダ自身と、半分は彼女のカリスマ性によって支えられている総督府がなくなるかという状況。
「そうであろうが、必要な手順よ。それに……こうも詰められた"ナトゥールの血"との決別の意味合いもあるかい」
「どういうことだし」
「あいにくと灰色は知らぬが、竜にちなんだ七色の旗には覚えがある──懐かしくも忌々しき宿敵だった海賊」
「そんな……まさかフリーダって、フリーダ・マイヤー?」
「ユーバシャールの前は、いかにもマイヤーの名を継いでおった。話には聞いておるようじゃの」
ソディア・ナトゥールは、祖母の魔導によって記憶と知識の一部を継承している。
ゆえに若くして海賊団を率い、数多くの海戦を勝利に導いてきた実績があった。
「私掠船などと少しは改まったのかと思っても……しょせん海賊は海賊よ。孫娘よ、戦略・戦術は祖母からの直伝か」
「まぁ──そうとも言えなくもないし」
「なればこそココで潰しておかねば、あたしゃらの勝ちの目はなさそうよの」
言い切った直後にフリーダは右拳を振り上げ──打ち下ろすよりも速く──刹那の内にキャシーが近付いて出掛かりを止めていた。
「やらせねぇって」
「その速さと精密さ……先刻の雷撃といい、雷属魔術士としてはあたしゃが見た中でも随一よの」
「そりゃどーも。でも船を壊すのはアタシと遊んでからにしな」
「キャシー気をつけて、フリーダの魔導は"貯留"──何日分もの力を溜め込んでおくことで、一気に解放することができるし」
「これはしたり。名を晒したばっかりに、みすみす情報を与えてしまったようじゃ」
「ほっほ~ん、なんかそれってすっげぇ便利で面白そうな魔導だな」
「寝溜めしておくことなんかもできる。よってあたしゃぁ、いくらでも戦えるよって覚悟せい」
「レドっちがその瞬間瞬間での細かい足し引きなら、ずぅーっと足し続けて後から一気に引くような感じかな~?」
するとずぶ濡れになった半吸血人が、水中から甲板へと立つ。
「フラウ! 無事でよかったし」
「|"輪"《リング》の回収に思ったより時間掛かっちったぁ」
「邪魔すんなよ、フラウ」
「もう魔力ほぼ空っぽだから、どっちにしてもムーリー。キャシーにまかせるよぉ~」
フラウは3メートルはあろうかという巨大な輪切り線の入った"卵"を甲板上にゴロンと転がすと、へたれるようにその隣に座り込んでしまった。
「魔獣を倒すほどの者が、加勢できないのは追い風かいね」
「いーやババア、アンタはもう雷雲渦巻く嵐のド真ん中だぜ」
赤黄入り混じって長髪が獅子鬣のように逆立ち、キャシーは両手をついて四足獣のような体勢をとった。
「ちなみにアンタが魔導ってんなら、アタシんは"黄竜"だ。冥府への手土産にしな」
「嘘か真かは別として。そいで公平になったつもりかえ」
「い~んや、ただ未知のまま溜めたモンを出し切らずに敗けられても後味が悪ぃかんな。これで既知になったんだから、もうアタシの知ったこっちゃないってだけだ」
フリーダは半身を一歩分だけ引くように重心を落として構える。
「小娘が抜かしよる」
「味わい尽くしてけよ、老兵」
その日、雷光は空からではなく──海上から天高く昇ったのだった。




