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#494 戦帝 III


 両雄、激突す──

 相性が良くも悪く、噛み合いながらも噛み合わない。

 たとえ爆発でも受け流せるほどに研ぎ澄ましてはいるが、しかして大小織り交ざる衝撃波の連発によって風も一方的に散らされてしまう。

 

 爆発──爆轟現象は火薬による爆燃とは違い、分子そのものを振動させる膨大なエネルギーの発露である。

 その範囲内では破片剥離が体内で引き起こされ、肺臓や中枢神経、もっと直接的にも四肢や眼球などが破壊されてしまう。


 直接的な爆風と衝撃波だけでなく、破壊され高速で飛んでくる瓦礫片による二次被害。

 さらには吹き飛んだ身体(からだ)が叩き付けられる衝突(ダメージ)に加え、高熱による熱傷および有毒な粉塵やガスまでも発生しうる。


 異世界基準の頑健な強度と魔術をもってしても、それは容易に防ぎきれるものではなく。

 "六重(むつえ)風皮膜"を(まと)ベイリル(おれ)だからこそ、まともな勝負になっていると言っても過言ではなかった。



 恐るべきは術者本人も例に漏れない爆発の被害を、近接戦闘で使いこなすほどの精緻極まるコントロールと反射神経・耐久性にある。


 小細工など不要、とばかりに。


 連綿と築かれた肉体(フィジカル)と、天性の感覚(センス)

 数え切れぬほど重ねられた戦闘経験(キャリア)と、揺るがぬ精神力(メンタル)

 実戦で鍛え抜かれた魔術(マジック)と、糸目をつけぬ武装(ウェポン)


 取り巻く全てが強者たるを(しめ)し、圧倒的なエネルギーによって敵を捻じ伏せる爆属魔術戦士。

 伝家の宝刀級の実力をもって、帝国の頂点であるがゆえに自由に抜く暴挙が許される存在──戦帝バルドゥル・レーヴェンタール。



 思考する暇もない、高次元の爆速戦闘。

 発生した爆音は、そのまま共振増幅する必要なく相手へとぶち込む。

 受け流しきれない衝撃波のダメージが、ジワジワと体に刻み込まれていく。


 爆発を利用した加速剣撃、反転斬り返し。

 左腕籠手で掴み掛かりながらの爆発、破礫を利用した散弾。

 より直接的に追尾する連鎖爆破。


 (かわ)(さば)守護(まも)りながら、互いに戦局を……盤面を詰めていく。

 最善手を打ち続けるように、命そのものを燃焼し消耗させていくように。


 ただただ(つちか)われた反射と経験則によって、(しのぎ)を削り合う──最高の時間(ひととき)



 その瞬間、空前(おれ)と戦帝──双方共にまるで打ち合わせをしていたかのように攻勢の手が同時に止まっていた。


「拮抗、しているか。それにしても味わったことのない苦痛だ」

「ただの音も大きくすれば武器となり、指向性を持たせれば兵器となる」

「音……なるほど、おもしろい」


 二人ともダメージが閾値(ライン)を越えてしまったがゆえ、一時中断するという思惑が合致したのだった。


「戦帝の立つ戦場では雨が()らない──」

「……いきなりなんだ? モーガニト」


 雨雲など爆発によって簡単に吹き飛ばされてしまうから、という近年の対戦帝における戦争格言の1つ。

 実際に曇天模様が局所的に晴れていたからこそ、あっさりと居場所を見つけることができた。


(やったことがあるかはともかくとして……)


 戦略的に日照りを継続させ、意図的に飢饉を起こすような真似も難しくはないと思われる。



「天の采配──暗雲であろうと自らの手で晴らす、常々そうありたいものです。ただ……雨が(ふる)ることで固まる()があり、雨が()めば虹が掛かることもある」

「詩人ぶった言い回しだな。オレの嫌いなモノの一つだ」

「俺自身が(うた)うのは(ガラ)でもないことは確かですがね。ただ文化の発展と多様性を認めず、戦争という娯楽にばかり酔いしれる。それこそが決定的に相容れない部分なんですよ」


 言いながら俺は後ろ腰の短剣を抜き、刃部分を二本指で挟みながら持つ。


「実は俺も爆発魔術を使えましてね。どうです? ここは一つ比較(くらべ)っこといきましょうか」

「ほう、随分と自信があるようだなモーガニト」


 ニィ……と俺は笑みを浮かべ、さらに挑発を重ねる。


「お互いの矜持(きょうじ)を懸けた……防御不可能、火力の早撃ち──()()()きの真っ向勝負」



 短剣をピッと上空へ放り投げた俺は、左右の親指・人差し指・中指を結合させて隙間から見据える。


「フッハハッハハハハッ!! 余興で勝負が決まってしまうぞ」

「闘争は娯楽でしょう? 伊達と酔狂、大いに結構じゃないですか」

「よかろう」


 戦帝は大剣を地面に突き刺し、左籠手を真っ直ぐこちらへと向けてきた。

 時間にして数秒ほど。しかし何十倍、何百倍と感じられるほど緊張感が高まり──短剣がコマ送りがごとく落ちてきて、地面へと刺さった。


 ──"爆界"──

 ──"重合窒素(ポリニトロ)爆砲閃(アーティラリー)"──


 切っ先が触れた刹那、お互いに爆発魔術を(はな)っていた。

 まるっきり同時に、相対距離からして完全に常軌を逸した規模の──大爆発と大爆発。



「ぐはっァ……ッッ、が──キサマ、わざと外したなモーガニト」


 そして同時であったなら──破壊力は重合窒素(ポリニトロ)を使ったこちらが(まさ)る。 

 戦帝は両膝をついて、籠手ごと喪失した左半身を見てからこちらを睨んでいた。


「いえ単純にぶつけ合った結果として()れてしまった、というのが正しい認識です。ただし、火力差で俺の勝利(かち)です」


 全包囲に拡散する爆発に方向性(ベクトル)を与えた。

 前提となる大気の螺旋多重壁に加え、爆発で生じた衝撃波を逆方向へと流し収束させる構成。

 これは昔の俺(・・・)では失敗あるいは、自爆・暴発するしかなかったであろう繊細緻密な魔術。


(100年の昏睡から目覚めてから、大陸を奔走した300年弱。全てを覚えているわけではないし、忘れた部分も少なくないが……)


 魔改造された肉体でもないし、感覚の齟齬や乖離も大いにある。

 それでも俺の中で積算され、裏打ちされた技術が──根付いていたものが確かに存在するのだった。



「ハァ……ッゥ、単純な負け戦ではなく……オレ自身の死をもって最後となる敗北(まけ)、か」

「座して死を待つか、自らその命を散らすか……それとも最期の(とき)までらしく(・・・)ありますか?」

「ああ、受け入れるのも自死も(しょう)に合わん」


 闘争の意志を瞳に宿し、残る右腕で立ち上がった戦帝は、体の動きを確認するようにうなずいた。


「ではおさらばです」


 戦帝が最後に放つ──爆発を伴った右腕を、(たい)(ひね)りながら受け流し、"六重(むつえ)風皮膜"の流れに乗せて全身で加速。

 衝撃波を織り込みながら回転と共に(はな)たれた俺の右拳が、戦帝バルドゥル・レーヴェンタールの心臓めがけて突き込まれた。



「ゴフッ、ゥ……モーガニト。オレを踏みつけにして()くキサマの未来(みち)──決して折れてくれるな、よ……」

「いつかあったはずの、肩を並べた過去(みらい)──悪くなかったですよ」


 戦争(いくさ)に生き、戦争(いくさ)に死した、戦争(いくさ)の申し子は──その苛烈な生涯を閉じたのだった。



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