#477 これまで、これから II
──"浮遊城宮イル・グル=リーベ"──
「あぁ、やっぱりこの味だ……愛情が足りている」
俺はテーブルの上に並べられた料理を食べながら、かつての味を存分に思い出していた。
「何をバカな……それにしたって随分と大げさですね」
「レドが再現してくれたのもなかなかだったが──」
「なぜそこでレドの名が……最近会ったのですか?」
「あぁ大分前にちょっとだけ、な」
良くも悪くも変わらなかったアイツに発破を掛けられたからこそ、腐らずに自分の足で立ち上がることができたと言える。
俺は薄く笑みを浮かべていると、疑問符を浮かべつつ訝しむ視線をクロアーネは率直にぶつけてきていた。
「ついでに直近までは傭兵として雇ったファンランさんの飯を食ってたけど、やっぱりクロアーネのが一番だ」
「……そうですか、ファンランが」
クロアーネは澄まし顔でイスに座るが、照れを隠しているのは強化感覚を使わなくてもわかる。
「キュゥゥアアアッ!」
「おうおう"アッシュ"、なんか前よりやたらと懐くな」
あるいは発現した白の加護を感じてくれてるのかもと。
「食べ終わるまでもうちょい待っててな」
鳴き声をあげて頭の上で旋回する灰竜に一声かけつつ、俺は残った分を胃に流し込んでいく。
「ヤナギは真似してはいけませんよ、料理は味わって食べるものです」
「うん、くろー、わかったー」
隣でゆっくりと"ヤナギ"が手をあげ返事をし、俺はその小さな頭を髪を梳くように撫でてやる。
「ヤナギ、いっぱい食べて早く大きくなれよー。それで俺をまた助けてくれ」
「たすけるー」
ちゃんと口中のものを飲みこんでから、ヤナギは返事をする。
「聞き分けがいいな~ヤナギは、クロアーネの教育のおかげか」
「最低限の礼儀というやつです」
「トゲを感じるが、ちゃんと味わっているからな? 常人よりも体感時間を刻んであるし、消化能力と内臓も強くバッチリ栄養摂取。常在戦場の嗜みだ」
苦労して鍛え上げたこの肉体のメリットを、存分に享受しなくてはもったいないというもの。
「種類によっては、かっ込むのも流儀の一つというもんだ。それに、ほら──」
俺が視線を向けた先から、かぐわしい紅茶の香りが漂ってくる。
「食後の一杯。完璧なタイミング」
「あらあらベイリルくん、もしかして急かしてしまいましたか?」
「そんなことはないですよ、ハルミアさん。最初から計算尽くなので」
身重のハルミアはクロアーネの隣へと座り、3人揃って注がれたカップから口に含む。
「紅茶の腕は……正直、ハルミアには敵いませんね」
「温度管理や配分が、薬の調合にも似た部分があるからですかねぇ?」
「そう聞くとほんのり微妙な気持ちになるな──」
俺は穏やかな一心地をつきつつ、ハルミアのお腹を見る。
「待ち遠しいですか?」
「ですね、早く産まれた顔が見たいぞ~クラウミア」
「クラウミア……ってベイリルくん。女の子ならその名前って私、言いましたっけ?」
「奇遇ですね、と言いたいところですが──"話しておきたいこと"があります」
「先に会ったフラウとキャシーにはもう伝えました。あとは俺の愛する二人にも、知っておいてもらいたい」
「私は別に愛してませんが」
『ははっ』
クロアーネの返答に、俺とハルミアの漏れた笑いが重なる。
「……まったく」
「くろー、べいりるきらい?」
「嫌いではありません。嫌いな相手に抱かれるほど酔狂ではありませんから」
「じゃー、すきー?」
「さぁ、どうでしょうね」
子供に対しては純粋すぎるほど柔らかい笑みを浮かべるクロアーネに、俺もつられて口角が上がる。
「──それじゃ駆け足になるけど心して聞いてほしい、俺が歩んできた物語を」
◇
──サイジック領都郊外、"多目的大技場"──
「……んニワカには信じがたい話だぁねェ。でもそれを言えばキミの存在そのものがそもそも、って感じかベイリルぅ」
「転生者ですからね。さしあたってオーラム殿とした約束、果たせずに申し訳ありませんでした」
俺は過去のことを暴露しながら、調整の為にゲイル・オーラムと手合わせをしていた。
「ソレは今のワタシに言う筋合いのものかネ?」
「俺の気が済みました」
金糸が空間を煌めき、"俺だけの魔導"ユークレイスが躍動する。
多少の魔力消耗ならば、魔王具"虹色の染色"のおかげで解決できるゆえの本番前強行。
「あっそ、んなら謝罪は受け取っとこっか」
「それともう一つ受け取って貰わなくっちゃならないものがあります」
「ほう……何をかナ?」
ゲイル・オーラムがギュッと拳を握ると、ギアが一段引き上げられた金糸の攻勢が濃密に増す。
『"未知なる未来"を──今度こそ、ね』
俺はその決め台詞をトリガーに、領域へと足を踏み入れる。
そして刹那の間に、ゲイル・オーラムの腹筋へと"幻星影霊"の一撃が突き刺さっていた。
「オゴッ……おぉう、やるじゃないかベイリルぅ」
「ようやくまともな一発を喰らわせられた気がしますよ」
「そうだったか? そうだったかもネ。これがキミの新たな"隠し札"ってワケかい」
「まっ、そんなとこです。二枚目はまだですけどね」
確かな手応えを感じた俺は、魔導を消しつつ臨戦態勢を互いに解く。
「んまったく、ボクちんが入れられるなんてなァ……"未知なる未来"ってのを、今まさにしかと味わわせてもらったヨ」
素のままとはいえ、軽く鉄だって打ち砕く拳をまともに喰らったはずのゲイル・オーラムは、特に問題もなさそうに立っている。
のだが……まぁそんなもんだろうと、俺は平常心で飲み込む。
「えぇそれとついでに──俺たちが夢見る魔導科学が紡ぐ"未知なる未来"も遠からずです」
「ふっははっはははッハハハハハッ!! ついでか! うん、そいつぁイイ」
俺は最初の同志と、笑いながらハイタッチを交わすのだった。




