#448 魔王具 II
初代魔王ウィスマーヤが自分の魔法を魔法具とすることを頭の中で組み立てている中──アイトエルが口を開く。
「ところでグラーフよ、そっちの10人はどのような魔法を使うのだ?」
「アイトエルなら顔を見れば、誰か大体わかるのでは?」
「大昔は顔色を窺って生きていたとはいえ、いちいち覚えちゃおらんわ」
「年の功あってもさすがに難しいですか」
「うっさいわ」
ゆる~い会話をしながら、グラーフは一人ずつ操作死体を前に出していく。
「まずは"自己遍在"の法。己を増やすことで、犠牲を厭わず暴れたそうですな」
「あ~~~破壊工作をしまくってた奴か、竜側も手を焼いておった」
("仲介人"──次こそは俺の手で殺してやる)
「次に"不動転移"の法。あらゆる場所に飛べたとか」
「あっちこっち盗みに入ってた奴じゃな、捕虜の脱走の手引きもしていたようじゃった」
(俺の中じゃアイトエルを象徴するものだな)
「続いて"万里神眼"の法。全てを見通すことができたらしく」
「間諜であった私にとって、最も恐るべき魔法だったのう」
(知らない魔王具だ……"折れぬ鋼の"が持っていれば、救われる人がもっといたかもな)
「"荒天災禍"の法。無制限に操られた天候はさぞ壮観だったでしょうな」
「"現象化"の秘法の模倣元の魔法か、結果としてヒト側は相手に利する発想を与えたことになったな」
(神領を閉ざしていた魔王具。あれの所為で神領はほぼほぼ隔絶した土地となっていた)
「"勇壮不死"の法。伝え聞くところによると、誰よりも果敢に戦ったそうで」
「一度捕まっておったな、もっとも転移使いによってすぐに解放されてしまったが」
(イェレナが譲り受け、俺も使ったやつだな。帝国に保管されていたらしいが……)
「"力勢反転"の法。戦場において生涯無傷だったそうですが真偽は?」
「直接見たことはないが……なんでもかんでも反射して、涼しげだったらしいのう」
(これも知らないな、反転──反射か。見つけられれば何か応用できんもんか)
「"千変万化"の法。彼は双子で同じ魔法を使ったとされていて、片一方は意思なき巨人となって神領を守護しております」
「不埒にも竜にも変身して陣営に混乱を引き起こしたが、"人化"の秘法の参考にもなってしまったな」
("血文字"──次も俺の手で確実に葬ってやる)
「"心意支配"の法。使役し隷従させる魔法ですな、同じ神族同士でも近寄りがたかったそうな」
「最も悪辣だった魔法よ。変身と違って、紛れもない同胞を殺すことなど竜にとっては耐え難きことじゃった」
("無二たる"カエジウスが保有する、簒奪の魔導と相性抜群な魔王具。あまり愉快な効果ではないが、はてさて……)
「"消滅天秤"の法。対象と同等の対価をまとめて消してしまう魔法ですが、ついぞ使われることはなかったと聞いています」
「なるほど……それが頂竜らに新天地へ向かうことを決意させた、崩壊の魔法とやらの正体か」
(つまりエネルギーの発生しない対消滅みたいなもんか……ぶっ飛んだ魔法だな。対価の価値基準とやらは一体どう判断されるのやら)
「"生命譲渡"の法。私の魔導は、この魔法に倣い編み出したものです」
「その魔法使い本人が、こうして操られているのは皮肉なものよのう」
("亡霊"──次は殺すか、利用か、協力か……まぁいい、その段になってから考えよう)
「――んでんで、わたしの魔法"魔色相環"と合わせて11個。結局収まりが悪いままだ、まっいっか」
思考を巡らせながらもしっかり聞いていたらしいウィスマーヤの様子を見て、俺は疑問符を浮かべる。
『っ──あれ?』
(ベイリル、どうかしたか?)
『いやぁ……魔王本人が思い付かないのなら、俺から言うしかないのか』
(よくわからんが、伝えたいことがあるならいくらでも言ってやるぞよ)
タイムパラドックスは今さらであるし、バタフライエフェクトもこの際は気にする必要もないだろう。
「ウィスマーヤ、ちょっといいかえ」
「なになに?」
「残り一個余っているなら、新たに創ってみるというのはどうだろ?」
「……ほほう? アイトエルくわしく」
俺はアイトエルの言葉を通じて、未来の知識を過去へと伝達する。
「たとえば──おんしの魔力の"循環抱擁"を、魔法具として落とし込んでみるとか」
「あぁーーーおぉーーーなるほど、イイネ! 創作意欲をくすぐられる。ってかアイトエル、よくわたしの魔力操法のこと知ってるね?」
「んん? あ~~~ちょっと考えてみればわかることよ。ウィスマーヤが暴走した魔力を自らの体内で留め、循環・貯留していることくらい」
「アイトエル、意外と頭良かったんだ」
「失敬じゃ」
「魔力の循環はともかく、抱擁か……改めて言葉にするとピッタリな表現で気に入った」
「私も抱擁というのはしっくりきますな。循環というのはよくわかりませんが」
枯渇から端を発したエルフ種たるグラーフの感覚は、ハーフエルフの俺にはよくわかった。
暴走から端を発したヴァンパイア種であるからこそ、フラウも"魔力並列循環"という類似した秘儀を使えることができたのだ。
「発案者として言わせてもらうが、せっかくなら剣の形なんかどうかの?」
「剣……?」
「ほら耳飾りや指環だの、装飾品ばかりじゃ面白みがなかろう」
「いや、うん……なるほど。たしかに循環と抱擁を再現するには、単品だけじゃ無理だし――そうだなぁ、三つくらい必要かも。そうなると剣ってのは案外丁度いい」
(初代魔王ウィスマーヤ、まじもんの傑人だな)
断片的な情報から、循環器・増幅器・安定器の3つの要素をすぐに察し得ている。
大魔技師やリーティアと比べて、誰が歴史上最高かまでは俺にはわからないが──魔術を開発したことといい、類稀なる天賦の才は疑いない。
「どうやら長引きそうですな、こうなったらとことんお付き合いしましょう。新たなる創造と展望、これほど胸がはずむことは……そうありませんから」
◇
まず最初に"虹の染色"が創り出され、次に"無限抱擁"が苦心の末にできあがった。
続いて優先された"遍在の耳飾り"が完成し、初代魔王が自らの分身を生み出してから製作進行は加速する。
"神出跳靴"──"真理の瞳"──"意志ありき天鈴"──"深き鉄の白冠"──
"反転布"──"変成の鎧"──"切なる呼声"──"分かち合う心中"──
次々と魔法具は形を成し、最後に"命脈の指環"によって12の魔法具製作は終結を見た。
「美事よウィスマーヤ、実に天晴れ」
「壮観ですな」
「ありがと、二人とも。いろいろと手伝ってくれて助かった」
役目を終えた魔法使達の死体は順次埋葬され、この場には苦楽を分かち合った3人と、傍観する1視点のみとなっていた。
『いやぁ俺も感無量だな。やはり創造性ってのは何物にも代えられない』
(私も久方振りに熱を上げた気がするってものよ)
「それじゃ、どう分けようか?」
「私が見るに、ウィスマーヤが八つ、私が三つ、アイトエルどのが一つ最初にお選びいただく――あたりが公平かと」
「うん、そんなもんだね。私は残り物でいいから、好きなの持ってって」
「なんだ、渡りをつけただけの私にもくれるんか」
「もちろんだよ」
「愚問ですな」
「なんせ素材集めや、クッソまずい料理の分もあるし」
「一言余計じゃい」
「さっアイトエルどの、お好きなモノを」
「ふ~むそれじゃあ……──」
『神出跳靴だな』
(うむ、私もそれが一番便利そうだと思った。白竜の光速移動にも対抗できる)
アイトエルは裸足になりながら跳躍し、机の上に並んだ靴へと着地して履く。
そしてその場から動かず、元の位置へと転移して戻る。
「決まったようですな。それでは私は無限抱擁と真理の瞳、あと意志ありき天鈴をいただきましょう」
「へぇ~意外だね、グラーフ。"消滅天秤"なんて物騒な魔法使いの死体を連れて来た割に、分かち合う心中はいらないんだ?」
「私にとって最大の目的は、喪失われゆく魔法の保存です。暴走や枯渇に備える意味もありますが……ただ忍びないと思ったのが第一義ですよ」
グラーフはそれぞれ、剣と片眼鏡と呼び鈴を手に取る。
「そうそう、敬意を込めてこれらは"魔王具"──と呼ばせていただきます」
「小っ恥ずかしいんだけど?」
「まあまあ、私個人的なものですのでご了承を」
「まったく……それじゃ残りはわたしが預かって──」
残り物を眺めながら、ウィスマーヤの言葉が止まる。
「どうかしましたか?」
「うん。わたし自分で"魔色相環"の魔法が使えるのに、虹の染色とかどう考えてもいらないなって」
「おんしが使わんでも、他の誰かが使えるだろう?」
ウィスマーヤは少しだけ逡巡すると、一本の腰帯をアイトエルへ投げ渡した。
「あげる」
「ふむ、私の取り分は一個だけじゃなかったか?」
「個人的な譲渡だし、昔何度かお世話になったお礼とでも思って。それになんとなく……もう一人分くらい、渡したほうがなぜだかスッキリする気がするから」
(言われているぞ、ベイリル)
『……光栄なことだ。俺は未来の知識を前提にちょっとヒントをあげただけなのに』
「よろしいのではないですか、アイトエルどの。貰えるものは貰っておいて損はありますまい」
「ふっ……それじゃ遠慮なく頂いておこうか」
──初代魔王と後の二大神王、そして魔王具の誕生。
歴史的瞬間に立ち会った俺は次なる潮目を目指し、自己を再び一次元上へと持っていくのだった。




