#440 出生
竜血の刃で斬り断った外皮から、アイトエルと俺は"海魔獣オルアテク"の体内へと侵入する。
中は電熱によって湿度と温度がかなり高く、匂いもひどいので"六重風皮膜"がなければ耐え難かっただろう。
俺はアイトエルと手を繋いだまま魔力を供給してもらい、"風被膜"を二人で共有する。
「……なんか気恥ずかしいですね」
「儂から見ればベイリルも含めた人類皆、愛すべき幼き子供のようなものよ」
(まぁ他に誰が見ているわけでもないし構わないが……)
"反響定位"を繰り返しながら、探索と同時に一歩一歩を踏みしめていく。
「しかし同時におんしは特別な人間にあたる」
「愛すべき幼子のようなだけでなく、特別ですか」
「左様。第三視点と言っても完璧なものでなく、また魔力も無尽蔵ではない。ゆえにおんしは基本的に儂を通して、世界へ干渉することになる」
「アイトエルを通して……だけ?」
過去の出来事ではあるが、俺にとってはこれから訪れる未来。
「そうじゃ、もしくはベイリル自身じゃな。どうやら魔力の色が近くないと、"視点を重ねる"ことができないらしい」
「魔力色が近い――魔力の譲渡が可能なくらいの……」
改めての疑問。なぜ俺とアイトエルの魔力色が近いのか?
偶然という可能性ももちろんあるのだが、恐らくは何がしかの因果があるような感じがする。
「さしあたって儂とおんしに血縁関係──遠い子孫だとか、そういったことはない」
「しかし口振りから察するに理由は……ある?」
アイトエルはコクリと頷きながら足元を切り抜き、二人でさらに体内の奥へと入っていく。
「儂は昔、"ヴェリリア"と旅をしていたことがあった」
「母さん──」
親父である人族のリアムと純粋なエルフの母から、姉フェナスとベイリルはハーフエルフとして産まれた。
「ある時、ヴェリリアは急激に体調を崩したことがあった。皮膚はいくつもヒビ割れ、血涙や鼻血のみならず喀血もひどく、尋常じゃない熱を発した」
「病気……いや毒ですか?」
俺は自分で言いながら途中で気付く。その程度のことをわざわざ語るわけがないと。
「ある種においては"毒"と言っても良いのかも知れん。行き過ぎた"情報"という名のな」
「情報……?」
「儂には過去、経験があったからすぐにそれがピンッときたのじゃ。かつて魔導を覚えたばかりの頃、魔空に不用意に近付きすぎたせいで、肉体が情報量の負荷に耐えられなくなった」
(情報量の負荷……? でもヴェリリアは──)
「まっその時はなんとかギリギリ戻れて一命を取り留めることはできたがの、それでも治癒するまでには相当掛かったもんじゃ」
魔導はおろか魔術ですら不得手な母親であった。
加えてアイトエルがわざわざ語る関連性を推察するのなら……。
「そして後から判明したことじゃが、その頃ヴェリリアのやつは身籠っておった」
「そうか、つまり情報負荷とは……俺という人格のこと、ですね」
「で、あろうな。何らかの形でおんしの前世がヴェリリアの胎内に流入した結果じゃろう」
異世界転生──赤子に地球人の情報が流れ込んで定着する。さらに受け皿となった母体には急激な負荷が掛かる。
(そういえば……ヴァルターもスミレも──)
血文字については不明だが、同じ転生者であるヴァルターとスミレは生まれた時に母親を亡くしていたと記憶している。
ヴァルターは母がいなくとも王族としての環境の中で生き、スミレは父親に育てられていたと聞いている。
「事態は緊急性を要した。情報流入負荷それ自体は治まっても、儂の回復魔術では間に合わない。じゃから苦肉の策として──血を分け与えることにした」
「アイトエルの血を……」
頂竜の血を混ぜられ、唯一生き残った"竜越貴人"。恐らくは地上で最も精気と活力に溢れた血液。
「おんしもよく知っての通り、ヴェリリアは死なずに済んだ。もっとも輸血の副作用によって、魔術を使えなくなったがの」
「血液は魔力における最高率の媒体ですからね──」
「儂も頂竜の血の所為で難儀したものよ。後に魔力"枯渇"に見舞われたおかげで、何百年と掛けて血と魔力が完全に混ざり合ってようやく安定するようになったわけじゃ」
「それは……皮肉な話ですね」
「ふっは! 神族からは外れ、人族と相成ったが――竜血のおかげでこうして長生きできておる。魔法が使えんかった時期が長かったおかげで、鍛え上げることもできたしの」
アイトエルは今となっては感謝している、とでも言いたげな……郷愁に浸るような表情を浮かべた。
「……すると母が魔術がからっきしだったのも、やはり魔力色が半端に混ざっていたからなんですね」
「うんにゃ、元から不得手じゃった。じゃから本人も気にはしとらんかった」
「えっ……あ、はい」
「まあまあほとんど使えなかったものが、まったく使えなくなった程度のものよ。血が三種も混ざれば仕方あるまい、ついでに気性がちと荒くなったかも知れんな」
どうやら生来の脳筋エルフだったようで、黒騎士だった父リアムも魔術主体ではなさそうだったし、俺は魔術の才に恵まれてつくづく良かったと思う。
「そして……ベイリル、竜血は胎内にいたおんしにも少なからず影響を与えてしまった」
「血そのものは俺に混ざらなくても、魔力色自体は影響を与えた──」
「さすがに察しはついておるか。儂とおんしの魔力の色が近いのは、輸血した時に引っ張られたかも知れんということよ」
(受精卵は……それ自体で血液を作るから、俺にはアイトエルの血は入っていない)
生物学的に言うのであれば、父母の血が繋がっているというわけではない。遺伝的特性と情報が連なっているだけである。
もしも俺にもアイトエルの血が混じっていたら、肉体には恵まれても魔術士として大成できなかったかと思うと空恐ろしい。
「まっ、しょせんは可能性の話じゃ。理由はなんであれ、儂とおんしの魔力的な繋がりは非常に強く、さらに儂には情報量に耐えうる器もある──"適性者"ということよ」
「魔力色と器あってこその、第三視点をその身に降ろす為の適性──」
第三視点はあくまで時間軸を含んだ四次元的な俯瞰ができるだけで、実際に干渉する為には三次元に生きる肉体を必要とする。
過去の自分自身に再び入り込むのであれば問題ないと思われるが、他人に俺の記憶を定着させるにはアイトエル以上の人材は存在しない。
「なぁに細かいことは考えず、過去のアイトエルを利用すればええ。それで儂もベイリルという協力者を得て苦境を救われた、|ウィンウィン《W i n - W i n》というやつよ」
「なるほど、では遠慮なくそうさせてもらいます」
言いながら俺は空いている左義手からグラップリングワイヤーブレードを射出し、魔獣の肉を貫いていく。
次いでワイヤーをガイド代わりに、螺旋回転を伴った風を左掌から放って目標地点まで削ぎとるように穴を開けた。
「これで揃ったのう、別れの時も近い」
俺は引っ掛けたワイヤーを回収してキャッチした、"無限抱擁"──永劫魔剣の柄部を握り締める。
「……はい、必ず成し遂げてみせます」




