#383 三騎士 II
走る、奔る、疾駆る──
大地を踏みつけ、全身を躍動させ、道なき道を踏破し、最短・最速で敵地を進み続ける。
行軍には困難な場所であろうとも、一定以上の強度を持つ者にとっては障害が障害とはなりえない。
恐ろしいほどのスピードで敵国領土の奥へ、さらに奥へと躊躇無く侵入していく。
一人一人が一騎当千級で固められた、世界有数の精鋭だからこそ可能な、迅雷がごとき進軍。
"使いツバメ"をも凌駕し、相手が準備を固める前に一撃を入れて粉砕する。
絶対的強者によってのみ許された究極のゴリ押しゲリラ戦術。
「……我々に難なくついてきているか、"空前"」
「空だけでなく、地上でも速いですから」
俺は最後方の位置で並んできた"刃鳴り"からの言葉に、余裕を見せながら答える。
「──円卓二席、"筆頭魔剣士"テオドールに勝ったそうだな」
「はい、その時の功績で陛下より伯爵にしていただきました」
「奴とは二度ほど見えたことがある──どちらも勝負がつかなかった。三度目こそはと思っていたが……先を越されたな」
「まぁ自分が死んでいてもおかしくありませんでした。いやそれ以前にテオドールの門弟たちに殺されるとこだったんですが……色々と助けられ、どうにか一対一で勝ち切れました」
紙一重の闘争であった。特に研ぎ澄まされた魔鋼剣の斬れ味だけで言えば、俺の戦歴の中でも未だにトップクラスである。
「つかぬことを伺いしますが"刃鳴り"殿──よもや、テオドールにその腕を……?」
隻腕にされた意趣返しという意味であれば……恨まれる覚えこそないものの、俺は因縁を掠め取ったということになる。
「わたしが遅れを取ったと? あいにくと違う。これは戦帝を庇った時の名誉の負傷──まだ互いに若かった頃の話だ」
「……戦帝とは、長い付き合いなのですか?」
「師が同じであった。一応わたしは兄弟子にあたる」
「二人とも意匠こそ違えど、長大剣を豪快に振るうのはそういう理由があったんですね」
戦帝のそれは肉厚で幅広、自身の扱う爆発魔術にも耐えうるだけの大剣。
刃鳴りのそれは肉厚だが幅はさほどでもなく、しかして今少し長めの居合いには不向きなはずの直刃。
「腕を喪失してより馴染ませるにはいささか時間を掛けたが、今の我が剣は他のそれに劣るものではない」
「承知しています。遠目ではありましたが、陛下との立ち会いは拝見させていただきましたので」
片腕が無くなろうと、尻尾でカバーできるのは獣人種の強みであろう。
ただし鍛錬と実戦を重ね続けているゆえか……狐人族らしいフサフサの尻尾ではなく、全て抜け落ちた第三の腕のようだった。
そんな尾を巧みに使っての隻腕剣術、彼だけの戦型というものが確立されている。
「そうか、いずれ一つ手合わせを願えるか? この戦争が終わった後にでも」
「試合であれば喜んで」
血気滾り余る戦帝の兄弟子というのが信じられないほど、礼儀正しく弁えている人のようであった。
「──しかしなるほど。ということは三騎士は最初、"刃鳴り"殿お一人だったわけですね」
「あぁ、もっとも戦帝は若い頃からあの気性だった。正直なところ近衛騎士としての役割は体面だけに過ぎず、我々がこうして三人揃うことは珍しい」
(確かに……インメル領会戦では見掛けなかったな)
あの時は帝国本国からの神速を尊んだ援軍であり、それぞれが何かしらの任務があってすぐには召集つかなかったのだろう。
そして今回の皇国侵略は三騎士全員を揃えるほどに、戦帝は本腰を入れて攻略に掛かっているということでもある。
「戦帝が若くして帝冠を戴いた折に、わたしが"熔鉄"を推挙し、近衛騎士はようやく二人となった」
帝王の血族は基本的に生まれた時から近衛騎士が付き、護衛としてだけではなく傍で実務を補佐する者も少なくない。
人数はまちまちではあるようだが、側近級ともなると精々が多くて5人程度であり、それだけ生え抜きが求められ揃えられる。
「その後も何人か近衛騎士となる者はいたが……皆、死んでいった」
「戦死ですか?」
「戦場を巡る帝王だからな、ついていける者は多くない──そして最後に拾ったのが"風水剣"」
俺はチラリと一番先頭を行く、サメ族の女性へと視線が向く。
「元は戦災孤児で、幼くして高い戦闘力を発揮し連邦に使われていたのだが……戦帝に挑んで、すぐに意気投合した」
「挑んで──意気投合?」
「不可解か?」
「いえ……わかります」
中間がすっぽ抜けてはいるものの……戦いと血と熱狂を好む人種というのは、得てしてそういうものだと納得できる。
俺自身、強くなっていくにつれて──時に鎬を削り、あるいは危機を乗り越え成長し、相手を圧倒・蹂躙する。
そうした悦楽に酔いしれる部分が日的できないように。戦ったことで芽生える情、あるいは単にウマが合うということはままあろう。
「理解できるか、ならば聞け"空前"。たとえ三騎士でなくとも、戦帝の下で戦うということの意味──無様に振る舞うことなかれ」
「正直に申し上げますと……自分は帝国人ですが育ちの多くは連邦で、陛下にも恩義こそあれ忠義心と言うにはいささか薄いです」
まだ続く言葉があることを"刃鳴り"はしっかりと察して、俺の口を遮ることなく静かに聞く。
「それは帝国に対しても同じであり──故郷であり領地であるモーガニト領には身命を擲つことができても、帝国という大きさにはいまいち実感も湧きません」
いかに中央集権体制を取っていようとも、法や政治があろうとも、一般人は国家を意識することはない。
また伯爵位であってもモーガニト領は"特区"税制にあり、領地管理に関してもスィリクスに丸投げしている俺に愛国心はない。
「ですが一人の魔術戦士として、"戦帝"という一個存在に対する尊敬は禁じえない。帝国という多種族国家としての在り方は、まさに一つの理想だと断言できます……その為になら戦える」
それは紛れもない本音であった。単に形式的なモーガニト領主として装うばかりではない。
わざわざ骨を折って身を削るのは、少なからず帝国への畏敬の念があるからに他ならない。
(もしも俺がヴァルターの立場、帝国の王族として転生していたなら……)
享楽的で怠惰で淫蕩な生活三昧だった可能性もあるものの──
きっと国家を愛し富まし、民草を愛し導き、外圧に屈することなき繁栄をもたらすべく、新たに生きていたかも知れない。
「そうか"空前"……それならばわたしも一時背中を預けることとしよう」
「恐縮です」
俺も背を預けます、とまではさすがに返せなかった。それを言ってしまえば明確に嘘となってしまう。
ただ少なくともそうした裏切りをしたくないと、そう思わせるほどの人格であることは間違いなかった。
「なんならぁ、暑くなってやせんかいなぁ?」
そう真ん中の位置で大声で言い放ったのは、一人巨大な鉄球を持ちながらも速度を落とさない"熔鉄"であった。
(俺は"風皮膜"で快適だが……)
ドワーフ族は一見してガサツそうに見えるが、温度変化には敏感な傾向がある。
まして三騎士ほどの強度を持つ者が言うのであれば単に運動量によって体熱が上がっているだけでなく、環境的な変化の兆しを繊細に感じているのだろう。
「速度を落とせ」
呟くような戦帝の声に応じ、全員が足を緩めて止まる。
「まだ随分と離れているはずだが、神器の領域に入ってきたということか。少しばかり休んだら征くぞ」
そう言って戦帝は猛禽類がごとき眼光で、笑みを浮かべるのだった。




