#380 束の間
ヴァルターと争い、アンブラティ結社に入ってから──14日が過ぎ去った。
"仲介人"からは「時が来たらまた連絡する」とだけ告げられてから、今のところ接触はない。
スミレはティータに会いにサイジック領へ。ファンラン、オズマ、イーリス、ガライアムはそれぞれ仕事をしっかりとこなしてくれている。
あれからも何度か神獣を抑えて制空権を奪い取り、戦線の推移によって航空戦力として御役御免になると……"遊撃"というのも実に持て余すところだった。
「どうしたのさベイリル、苦い顔して……なにか料理に不満でもあったかい?」
「いえ、ファンランさん。料理は完璧──とは言いませんが、十分な出来映えで美味しいです」
「おやおや、完璧でない理由を聞いておこうかね」
同じテーブルにつくファンランの前に料理はなく、俺だけが食事する形で彼女が感想を聞いてくる。
「恐らく熱の通し方の問題ですかね──微妙なムラができてしまって、味の分布が散漫になっている感じ」
俺は率直な意見を口にする。これもまた学生時代から何度となくやってきたことで、慣れたものだった。
鍛え研ぎ澄ませたハーフエルフの強化感覚がもたらす繊細な舌は、この世の美食を堪能できるたけの性能を持つ。
「なるほどねえ、相変わらずだ。クロアーネがあんたに惚れた理由がよくわかるってもんさねベイリル」
「俺の魅力はそれだけじゃぁないですよ?」
「あはは! まっ得難い資質をいくつも持ってるのは間違いない、わたしの趣味ではないけれどね。ただ料理人の助手としてはこれ以上ない逸材さ」
「いつか調理そのものを志す日あらば、師事させてもらいます」
「楽しみにしてるよ」
ファンランは鼻で笑うように頷いた。
彼女は極東由来の"龍人族"であり、代々女系が受け継ぐとされる長命種である。
100年後か200年後かそれ以上、自ら美食を求める時が来たならば──数多の料理人達の頂点に君臨していてもなんら不思議はない。
「しかしまあ熱伝導率の違いか──魚介ならともかく、畑違いな魔物料理の目利きはレドの領分だからね」
「専門じゃなくてもこれだけ仕上げてるんですから、流石ってもんですよ」
「ははっ、何よりベイリル……あんたの舌が羨ましいってもんさね」
「俺のは視覚・嗅覚・聴覚・触覚、全てをひっくるめた総合性能ですんで。舌だけならファンランさんに劣りますし、嗅覚だけならクロアーネに負けますよ」
個々の能力は負けたとして統合することで補完し、相乗効果で見通し把握する。
その究極が"天眼"であり、俺の最高級技の一つであるが──発動させずとも、今まさに部屋に入ろうとしてくる兄妹を察知する。
「帰ったぞー」
「ぞー。あっいい香り」
"明けの双星"オズマとイーリスが、体をほぐすようにして"斜塔"一階フロアへと入ってくる。
「収穫物、いつもんトコにまとめて置いといたぜ」
「ぜぃー。ねぇねぇファンラン、あたしらの分も作ってもらえる?」
「構わないよ、すぐにでも下処理が必要なのもあるだろうしね。残りの分析と感想はしっかり後で聞くよ、ベイリル」
「了解です、しっかり味わわさせてもらいます」
席から立ったファンランは軽い足取りで、兄妹と入れ替わるように外へと出て行く。
ドカドカと粗雑にテーブルについたオズマとイーリスは、揃って料理を注視してから俺の方を見る。
「わかったよ、少しだけなら分けてやる」
俺は空いた左手の人差し指でくるりと円を描いて風をおこし、皿の上の付け合せを一つずつ浮かせて二人の口へと運んだ。
「んぐっあは、美味しい。ねぇアニキ、あたしらが超金持ちになってデッカイ屋敷を構えたらさ……ファンランの弟子を一人専属で雇おうよ」
「おお! それイイな。ちったぁ見劣りするかもだが、旨いモンが毎日食えるぜ」
「食は人生を豊かにしてくれる──食べられる質と量と回数が一生の内で限られる以上は……一食一食を大切にしたいもんだな」
異世界の食糧事情は単にまだ開拓が不十分なだけで、決して地球のそれに劣るものではない。
こっちでは未だ見つかってない食材もあるが、こっちにしかない食材もまた存在し、財団でも裾野を広げていっている最中なのである。
「ごもっともだが、モーガニトさんよ。長命種がよく言うってもんだぜ」
「だぜだぜー。そういう意味じゃ、あたしらは子供の頃にだ~いぶムダをしたねぇ。いやでもだからこそ貪欲さも持ち合わせてるって言えるけどさ」
俺は二人の言葉に肩をすくめながら、料理に舌鼓を打っていく。
「──ところで収穫はどうだった?」
「いつも通りって感じだ。ただ周辺はあらかた探索終わってきてるから、もうちょい足を伸ばさないとってとこか」
「そうなると輸送するのも大変になってくるんだよねー」
「なるほどな、主戦域も予想よりもかなり早く拡大しているようで……この分だとせっかく建てた斜塔も早めに引き払うことを考えなくちゃいけない」
単純に帝国軍の侵略速度が苛烈なのもあるが、俺が空戦部隊と共に神獣を抑えて制空権を保持し続けたというのも決して小さくはないだろう。
何よりも"万丈の聖騎士"が死んだことが、この際は皇国軍にとって最も大きな影を落としたと見られる。
本来どこかの戦線に充当されるはずだった大戦力の喪失と、皇国にとって象徴的な聖騎士と武威の失墜は、士気に多大な影響を与えたに違いない。
(このペースだと、深入りしすぎる気もするんだよな……)
多方面から収集した情報による帝国の戦略絵図から考えると、本来想定していた侵略領土からさらに切り込んでいくことになる。
もちろん帝国軍部はそういった先々まで見通していることも十分考えられるが……皇国側も切羽詰まれば本腰を入れることもありえる。
そうなれば国家総力戦とまではいかないまでも、互いに相当の力を尽くした削り合いになる可能性も低くはない。
戦争とは完璧に予見できるものでは決してなく、不確定要素のほうが遥かに多いのが常。
「じゃあさ、探索するにしてもあまり遠くまで行かないほうがいいってことかな?」
「そうだな……俺もまたいつ指名が掛かるかもわからない。迅速な連携対応はしやすいよう、調子は上げすぎないよう頼む」
あるいは直接的な武力を借りる必要が出てくるケースもあるかも知れない。
「まぁあくまでも遊撃だし、あんまりの事態なら──」
俺は言葉途中で止めて、「ピィ」と半長耳に捉えた鳥の鳴き声に目を瞑る。
「どうしたの?」
「あぁ、"使いツバメ"が来たようだ。噂をすれば影、ご指名じゃなきゃいいが……ちょっと席外す」
そう言って俺は立ち上がり、外へと出るのだった。
◇
鳴き声が聞こえたほうへ歩いていくと、ガライアムの大盾の上で羽を休めていた"使いツバメ"を見つける。
「ガライアム殿は、割に動物には好かれるほうだったり?」
「……特にそういったことはない」
その素っ気無さが平常運転なガライアムに俺は肩をすくめつつ、"使いツバメ"の足にくくりつけられた手紙を取ると中身を読む。
「はぁ……」
「召喚か」
「えぇまた"戦帝"から直々にです」
方向・距離・匂い、あるいは地磁気も含めて高速で辿り着く使いツバメの精度と信頼性は非常に高い。
ましてこの一帯の制空権を奪う為に出撃した身としては、連絡が届かなかったなどという言い訳もまずもって通らない。
(場所に参集しろという旨だけ)
内容まで書かれていないが、いまだ戦争中にあって呼び出すということは十中八九、新たな任務が与えられることだろう。
戦帝に気に入られるのも一長一短なのだが、かと言って無下に断ることもできないので事実上の一択となる。
「ガライアム殿、代わりに暴れたかったりしますか?」
「いや……たまにはこういうのも新鮮だ、飯も美味い」
俺はなぜ"放浪の古傭兵"と呼ばれる彼が、奇抜な戦型で傭兵家業なぞをずっと続けているのか気になるものの……。
今はまだ距離感を考えて、不必要に踏み込んでいくのはやめておくことにした。
「了解です、それじゃあ引き続き防備の方をよろしくお願いします」
そう言って俺は、ファンランから弁当の一つでも作ってもらうべく厨房へと足を向けるのだった。




