#370 転生者 II
「──スミレが掬い、救い上げてくれたらなと思っている」
「えっ……?」
俺の言葉にスミレはわずかに目を見開いて、少しばかり思考を回しているようだった。
「法治にも限界はどうしたってある。弾劾できない悪を裁き、本来救えないはずの人たちを……君が助けてあげられればいい」
「──わたしが?」
「外部の第三者機関というわけではないが、君が財団のストッパーとなってほしい。俺は俺自身が暴走しない意味を含めて、周囲を有能な人材によって固め、支えてもらっているように」
「その内の一人になれって?」
「こうして転生者であるベイリルとスミレが出会ったのも、一つの"運命"だとは思わないか? 二つの世界の価値観を持っているからこそできることがある、お互いに」
運命という実に都合の良いワードを織り込む。夢見る女の子の多くはその言葉が好きだろうという安易な考え。
実際にこうして再会できた偶然にして奇跡に対し、何かしら理由を付けるならば運命と言ってしまうのがロマンティックでもある。
「ん、う~~~むむむ……」
「それにシップスクラーク財団には、世界中に根を張らんとする情報部もある。単独で動くよりも助けられる数は確実に増えるぞ、お試しでもいいからどうだろう?」
腕組み首をひねって悩むスミレに、俺は最後のダメ押しをする。
「それともう一つ、スミレ……いやベロニカさんとして聞く。元の地球に戻りたいとは思わないか?」
「はぇ!? もしかして帰れるの!?」
「過度な期待をさせて申し訳ないが、今はまだ具体的な見通しは立ってない。けれど俺の仲間の一人が、そっち方面の研究を本腰入れて開始している」
「そう、なんだぁ……」
「実際に転生者として俺達の記憶と人格はこっちに来ているし、過去に竜種はこの世界からどこか別の新天地へと渡ったそうな」
「じゃっ、方法はあるんだ?」
「故郷に家族を残しているなら……姿形が変わっていても、もう一度会って話したいと思うなら──」
「わかった、わかったってば! じゃあとりあえずお試しね!! ティータちゃんとも話して、あなたのこともこの眼でしっかりと確かめさせてもらうから!」
「是非そうしてくれ、財団のことも内側からじゃないと見えてこないこともある」
俺は心の中でほくそ笑む、一度入ってしまえば……決して抜けようなどとは思うまいと。
それは決して悪い意味はなく、純粋に彼女にとっても良い環境であることには違いないのだ。
「──それじゃ話もまとまったところで、魔力はどれくらい残ってる?」
「……ん、もうほとんどないかも」
「そっか、ならしばし待っていてもらえるか?」
「もしかして、あなたも出られなかったり?」
「いや余裕で脱出できるけど、その前に資源を集めておきたいんだ。この葦畑のような髭をな」
そう言って俺は足下に置いていた毛束を、スミレの首元へマフラーのように巻いてやる。
「わっ!? いきなりなに!!」
「軽くて強靱、肌触りも良く保温性も良好。素材としては少なく見積もっても準一級品だ」
「あっ、ははぁ~そんなの考えもしなかったよ」
「まぁ例えばの話だがこの生体繊維を培養して大量生産し、衣服を作って一般市場に流通できれば……温度変化による体調悪化を防げるし、災害や魔物から身を守りやすくなる」
「そうやって救われる人がいる、って?」
俺は自信をもって首肯する。
「あぁ、人々に根ざした産業ってのは生活水準と幸福度を上げる。服飾もそうだし食事と栄養もそうだ、医療や科学のみならず、文筆や詩歌といった芸術文化もな」
チョイチョイと俺がスミレが左手に持っているオルゴールを指差すと、彼女はネジを回して箱を開ける。
俺にとっては言わずもがな、きっと彼女も何度も聞いたであろうメロディーが空間内に反響する。
「ようこそ、シップスクラーク財団へ。一緒に"未知なる未来"を夢見て、共に歩を進めていこうじゃあないか」
「まだお試しだってば!!」
◇
せっせこせっせこ──切断するのではなく、地道に"神獣髭"を根元から抜いて回って収集していく。
途中からスミレも「長期睡眠で体が鈍ってるから少し動かしたい」と参加したが、魔力がほとんど残ってないようなので素のまま苦闘していた。
作業効率があまり上がらないばかりか呼吸用空気移動も手間なので、俺は彼女に抜いた毛を束にして結ぶのを頼んで──小一時間ほどが過ぎただろうか。
「かなりスッキリしたな」
「うん。失くしたと思ってた番傘も、けっこう痛んじゃってるけど見つかって良かったー」
スミレは番傘から刀身を抜くと、暗い中でもわずかな光でキラリと直刃が浮かぶ。
「ところでこんなに大量にどうやって持ち運ぶの?」
「……」
俺とスミレは揃って見上げる。連なるように繋いだ結果、真空圧縮しても一山で十メートルにはなろうかという毛束が鎮座していた。
「まぁとりあえず外にさえ出せればいいから、大穴でも空けるわ」
「殺しちゃうの?」
「いやそもそもが巨大過ぎる上に、生体としての構造も特異だから……恐らくはちょっと釘が貫通したとかその程度だと思う。
「いたいイタイ! それは痛いよ!」
片目を瞑りながら、想像上の痛みに悶えるスミレに、俺は何の気なしに提案する。
「ところで暴れられても面倒だから、スミレの魔導でどうにか活動を止められたりできないか?」
「ふんふん、つまり麻酔みたいな? でもわたしってばもう魔力ないんだって」
「そうは言っても"濃い紫色"の魔力がまだ見えるぞ。意識できていないだけで、絞り出せそうだ」
「へっ? そうなの? ていうか魔力って見えるもんなんだ?」
「俺は眼がいいから──特別だ」
「そうなんだ、にしても絞り出すっかぁ……じゃあやってみる」
俺の言葉をあっさり真に受けて飲み込んだスミレは、番傘の仕込み刀の柄を両逆手に掴むと刃先を下へと向ける。
するとすぐに魔導の発現たる圧力が膨れ上がったのだった。
(良くも悪くも素直なんだよな。この実直で恐れを知らない思い込みが、彼女をここまで強くしたわけか)
一度に発動させられるのは一つながらも、多種多様な概念を瞬時に付与する魔導。
俺の魔導だって負けちゃいないとは思うが、だからと言って小理屈を捏ねがちな俺には天地が引っくり返っても真似できない魔導である。
「──"停止"」
一言、刃が肉へと沈み込む。それと同時に俺は"反響定位"で神獣の活動停止を確認する。
「やった! できた!!」
「でかした」
俺は指先に竜巻を纏いて"風螺旋槍"を形成し、その場から真上へと跳躍する。
勢いのままに比較的肉薄な、天井部の箇所を掘削していき──外の空気と通じた瞬間、風を一気に取り込んで竜巻を巨大化させて一気に穴を拡張したのだった。
「ひゃあああああああッッ!!」
「よしっ、一気に行くぞ」
上昇気流によって巻き上げられたスミレを、俺は右手で抱き寄せるように抱える。
同じように風流に乗った神獣髭の山に繋がる糸を掴み、竜巻に身を任せるようにして外へと出る。
『ぷっはァ~……──』
新鮮な空気を二人で肺いっぱいに取り込みつつ──神獣髭の山をそのまま天高く舞い上がらせながら──俺は戦況を確認する。
さしあたって帝国空軍は問題なく持ちこたえてくれていたようで、一方俺の方はのんびり資源収集に勤しんでいたのが少しばかり申し訳なくなる。
「スミレ、魔力なしの翼だけで飛べるか?」
「ムリかも、滑空くらいならできるけど」
「じゃあこのまま拠点まで──」
すると高速で接近してくる影があり、衝突より少し手前で急制動を掛けたのは……鳥人族の部隊長であった。
「モーガニト伯、無事だったんだな! って……?」
「あぁこの子は内部で見つけた被救護者だ、少しばかり離脱させてもらうぞ?」
「了解した、なぜだか神獣の動きも鈍くなったようだし問題ない。しかしまあまあ内部とは、よく生きてたもんだ」
俺はスミレが余計なことを口走る前に、"風皮膜"を分配しつつ大気を掴んで飛ぶ。
「しばらくしたら再出撃するからそれまで頼んだ。ちなみに脱出の為に空けた穴に入ったら、生きて戻れる保障はできん!」
警告を残しつつ、上空高く舞い上がった神獣髭を回収しながら俺達は拠点へと向かうのだった。




