#354 帝都 II
「帝都に無いモノは無い──敬虔な信仰心以外には」
「な・に・それ?」
「そんなことが言われるくらいに、多種族国家の首都たるこの帝都は何でも揃っているってことさね。実際に身に染みたよ」
言いながらイーリスと連れ立って歩くファンランは、見渡す限りの帝都のすみずみまで気を割いていく。
サイジック領都の絢爛さとは違う、連綿と積み上げられた帝国の歴史が詰まった妙味を堪能していた。
「だいぶ露店を巡ったけどまだまだ足りないねえ、制覇するとなったら何日掛かるかねえ」
「ランちゃんってぜぇ~んぶ巡れるくらいお金あるの? ちなみにあたしはある」
「わたしもあるよ。漁業・海運・陸上輸送・卸問屋・料理店経営と、代々幅広くやってきてるからねえ」
「へぇ~代々ってことは、いいトコの家なんだ?」
「一応ね。元々ファン家は極東本土で財を成した家系で、それから事情あって大陸へと渡ったのさ。だからわたしは生まれも育ちも連邦東部だけどね」
「家の為に尽くしてるんだ?」
「まっ……全部が全部ってわけじゃあないけどねえ。今回の一件はわたしの意向も大きいわけだし」
「でも息苦しそ~、もっと自由に生きればいいのに」
遠慮を知らない懐っこさにファンランは、気性こそ別モノだが後輩であったレド・プラマバを想起させた。
「極東本土は名と姓を分けて呼ばないのが慣習だけでなく、一族という単位をとても大切にするからね。自由・不自由以前に、自分の一部みたいなもんさね」
「ふーんふんふん、あたしらにはあまりない考え方だねえ」
「……イーリスはどこの出なんだい?」
「おっおっ、聞きたい? あたしとアニキの話」
「これから背中を預け合う仲間だからね。相手に興味を持ち、疑問を解消してこその信頼だろう?」
そんなファンランの言葉に、イーリスはニマッと笑う。
「あたしより若いのに、な~んかスッゴイしっかりしてるねえランちゃん」
「環境がそうさせたのかもねえ」
ファンランとイーリスは露店でそれぞれ飲食物を買い、立ったまま食べつつ会話を再会する。
「あたしらは連邦西部の、とある都市国家の──さるお偉さまに仕える奴隷の子として生まれたんよ。
旦那さまの友人が孕ましたもんらしいけど、地位的にバレちゃマズいってんで……しかも双子じゃん? 奴隷の給料じゃ養えないしさ」
イーリスとオズマは、望まれぬ子として生まれ落ちた。しかし奴隷もまた一大産業であるがゆえに珍しいことではない。
「とりあえずそん時はね、捨てられるようなこともなかった。多分孕ました本人が、些少なりと金を払ってたんかも。それが唯一の幸運」
名称は違えど奴隷は各国に存在し、労働者階級としての文化が根付いている。
契約魔術によらずとも慣習と文化と社会と秩序といった環境要因が、人権の薄弱な奴隷を奴隷たらしめる。
「当然だけど放ったらかしで育ってきて、それでまあアニキがコレ暴れん坊でさ。何かにつけて騒動を引き起こしてたわけよ」
「イーリスの子供の頃はどうだったんだい?」
「あたし? ──は別に、特に疑問に思うようなこともなく大人しかったよ。で、手が付けられないアニキだけさ、どこか他所に売られることになったわけ」
奴隷売買は珍しくなく、専門の業者も少なくない。
生命もまた財産の範疇であり、世界はそうやって回ってきたのである。
「たださぁ? 母親がさ──そうなっても日常と変わらずあっさり受け入れてくれちゃって……あたしはそん時にさ、自分たちは見捨てられる程度の存在なんだって気付いたね」
「それで……その後はどうしたんだい?」
「アニキに"一緒に来い"って言われてあたしはついてって逃げた。でも世間も知らないガキ二人で生きてくなんて到底ムリなわけで……最初の頃は、そりゃもうヒドかったもんよ」
世界は決して優しくない──こうして華やかに見える首都も、あくまで広大な世界の一部分に過ぎない。
多くは厳しい自然環境に加え、魔物も跋扈する未開拓の地であり、人間社会においてもそれぞれに違った秩序──あるいは混沌がある。
「生きてく為にね、イロイロとやってきたよ。でもその内、二人で気付いたんだ──このままじゃ死ぬまであたしらは下民のままだって」
多くが生まれ、多くが死ぬ。それが世界のサイクルであり、それゆえに文明は興亡を繰り返し続ける。
「そこからはもう、何が何でも成り上がってやるの一心で……あの手この手で冒険者として登録して依頼をこなし続けてきたわけよ。
もろもろ世話になった人もいたけど、仕事途中であっさりと逝っちゃってさ。だからこそあたしらは死ねないって一層奮起したね」
「なるほど、兄妹ってのはいいもんだね。わたしはあいにくと一人っ子だから、少しばっかし羨ましいよ」
「そうなんだ? おっきい家って兄弟姉妹いっぱいいるもんじゃないの?」
「一族として見れば傍流がいくつかあるけど、本家であるわたしは、わたし自身が"継承者"として最初に生まれたからね。直接の血の繋がりは不要なのさ」
「継承? ってなにさ」
「先祖代々から続く龍血さ、まあそこらへんはおいおい話していくとしようか。話の腰を折ってすまなかったね、それで……シップスクラーク財団とも出会ったわけかい」
「ん、そうなんよ! しかもその頃はまだ商会で、資源収集の内容もひどく要領を得ない感じでさぁ……それでいて出来高だよ? まあよくわかんない地勢調査だけでも割と稼げたけど。
最初は他の依頼と並行してこなしてたんだけどさぁ──あたしらってその手の才能があったらしく一番の稼ぎ頭で、あれよあれよと言う間に専属契約で動くようになってたねぇ」
「ははっ、良き出会いには感謝しなきゃねえ」
「まったく! 財団と深く関わってから、見えてた世界も変わっていったね! フリーマギエンスの思想と知識も大いに学んで利用させてもらったさ」
「わたしも……学園生だった頃が懐かしいね」
「そしたらその内に装備もくれてさ、まぁまぁ試作運用も契約の内なんだけど。でもでも、すっごい具合が良くって!」
そう言ってその場でくるりと回ったイーリスの外套の内側から、"TEK装備"がチラリとファンランの目に映る。
財団でも機密分野であるTEK装備の試用も任されるほどに、"明けの双星"兄妹への実績と信頼のあつい証左であった。
「その身一つで証を立てる、それに比べてわたしは恵まれていたことかねえ」
「うん、ちょっと待って? あたしらは今の生き方に誇りがあるから、同情される謂れはないんよ」
「それはすまなかったね」
「なんなら波乱のない人生で面白い? って逆に同情しちゃうくらいさ」
「言うねぇ、まったく──」
楽天的なイーリスの言葉に、ファンランは肩をすくめて笑う。
「今回も新たな足がかり! コツコツ貯めた資産を適切に運用して、体が動かなくなってきたら贅を尽くして悠々自適に過ごすんだい」
「……いい人生設計だね、良かったらうちにも投資してくれたりなんかしないかい?」
「んんー? んっん~? それはアレ。ちゃんとした場を設けて、きっちりと計画に目を通して、しっかり相談してからね」
「先々の見通しが付けられる取引相手は好きだよ、こっちもやり甲斐がでてくるってもんさ」
イーリスとファンランの会話は尽きず、お互いに親睦を深めながら、帝都を探訪していくのであった──




