#353 帝都 I
──ディーツァ帝国、帝都──
現行世界において最も領土広く支配し、栄華と隆盛を極めるであろう首都の様相は……想像していたものとは違っていた。
川の支流に寄り添うような豊かな穀倉地帯に、ぽっかりと切り抜いたように広がる大都市を歩きながら俺は物思いに耽る。
(一言で斬って捨てるのであれば……乱雑)
帝国は、代々人族が治めてはいるものの、まぎれもない多種族国家である。
実力があれば出世することもできて、区別はあっても差別の少ない治安を確立している。
皇都の数倍もの面積を誇る都市は、多種族がごった煮となるゆえに……いくつもに区画分けがされていた。
(まずは帝王の一族が住まう城──)
単純な城としては今まで見た中で最も巨大で、要塞にも見える城。その威容は断絶壁とはまた方向性が違っていて、人類の積算が感じられる。
そんな城塞を中心として、中枢貴族らが住まう区画を挟み、軍人とその家族らの居住区がドーナツ状に囲うようにして成り立っている。
さらにそこから種族区がバラバラに配置されていて、その隙間にはいくつもの──共同区と商業区が合わさったような──後付け拡張された区域で埋められていた。
また、王城・貴族区・軍人区・一般区画の間には防壁がそれぞれ高くそびえており、簡単には行き来できそうもない。
(種族ごとに習性や文化・風俗が違う所為で、こんな有様なわけか)
さながら大都市そのものが九龍城と思わせるほどで、衛生状態も決して良いとは言えず、統一性も感じられない。
緻密な設計・計算されたサイジック領はもとより、皇都の整然とした美しさや清潔さとも比較にならない。
(だがしかし……活気に満ち満ちている)
特筆すべき点はまさにそこに尽きた。
街中をただ歩いているだけでも、実に様々な顔色が覗き、それらが街並としても反映されている。
秩序と混沌が程よく入り混じった中庸──サイジック領とはまた異なる、これも一つの理想的な国家の姿があるように思えた。
(どうにかインフラ事業で介入できねえかな──)
足下より走査の為に発した反響定位から分析するに、下水なども最低限といった様子でそれもガタがきてるように思える。
しかしただでさえ強国たる帝国を利するのもまた、将来への見通しをつぶさに考えていかねばならないだろう。
「なあモーガニトさんよ」
そんなことを考えてると、隣でぼんやりと空を仰ぎながら歩いていた"明けの双星"の兄が口を開く。
「なんだ、オズマ」
ファンランとイーリスが先に二人で散策に出てしまい、ガライアムは宿で静かに待つとのことで、結果この組み合わせとなった。
「娼館いかねえ? あんたの奢りで」
「謁見までの時間はまだあるが……遠慮しておくよ」
「わぁかったって、自分の分は自分で払えばいいんだろ?」
「いや一人で楽しんでくればいいさ、わざわざ連れ立って行く必要もあるまい」
「伯爵の御威光があるとないとじゃ、アタリを引く確率が違うんだって」
食い下がってくるオズマを相手に、俺はやれやれと肩をすくめる。
「なるほどな、じゃあ店まではついて口利きしようか」
「は? なに、あんたは楽しまないの? もしかして"遊び"はしないタイプか? それとも枯れてる? まさか男色ってこたないよな?」
「そういう目で見るのは女だけだし、当然だが現役だよ。ただ四人もいるから間に合っている」
「四人? ほっほっ、やるねえ! さすが伯爵。でもそれはそれ、これはこれだろ? 今は他所にいるわけだし」
「まぁ特段の操を立ててるわけじゃないし、商売女を抱いたからって烈火のごとく怒ることもないだろうが……個人的に後ろめたさは残るんでな」
「お堅いこって……でも発散しねえとイラつかねえ?」
「性欲なら生体自己制御で抑制しつつ、禁欲した分は適時闘争心に変えているから問題ない」
「ばいお……は?」
「教えて欲しいんなら、少しくらいは伝授しようか?」
「……よくわからんけど、この熱情を無理に抑えるなんて、おれはゴメンこうむるね」
◇
主街路から外れて何区かまたぎ、裏路地深くへオズマが先導し到着する。
「あった、ココよこ~こ。奴隷娼館は安いけどいまいちだからな、やっぱ玄人の店に限る」
「まったく迷わなかったな」
「前に帝都に来た時に、一度だけ使ったからな。物覚えは良いから、多少街並が変わってようとなんとなくでわかるさ」
(やるな……ハーフエルフの鍛え澄ました強化感覚とはまた質が違う)
これがいくつもの資源を発見した"明けの双星"たる実力ということだろう。
地形を覚え、忘れない。安全と危険を嗅ぎ分けた上で、どちらも自由に選べるだけの強度。
「パッと見、高そうな店だが……金は足りるのか?」
「手持ちは問題ない。資産で言うなら一日貸しきって豪遊したって、問題ないぜ。まっイーリスにぶん殴られるから絶対そんなことやらんけど」
そうオズマが口にしたその瞬間であった。
「──随分なこと言うじゃねえかソコの。でもたった一人を全霊で愛するってのもいいもんだぜ?」
唐突に、口を割り込ませたのは……娼館から出てきた"黒髪の男"と、付き従うようにその後方に控える"女騎士"がいたのだった。
(っオイオイオイオイ──)
俺はその二人の姿に驚愕の顔を露にし、オズマは変わらぬ調子で軽口を叩く。
「はっはは、今まさに一戦終えて出てきたニィちゃんがそれを言うんかい? それともそっちのお持ち帰りの──ぁあっ?」
言葉途中でオズマの肩をグッと強めに掴んだ俺は、眼だけで「静かにしろ」と訴えかける。
とりあえず下手に喧嘩を売るような言動は差し控えるべきだと、オズマはすぐに察したようだが……真意までは伝わっていない。
「勘違いすんじゃあねェよ、オレ様の部下が運営している店だから少し顔を出しただけだ」
「……へー、そうかい。そんじゃおれが気前良く、金を落とさせてもらうかね」
「ああ、なんならオレ様の名前を出してもいいぞ。どうやら"そっちの男"は、オレ様のことをちゃんと知ってるみたいだからな」
そう言って黒髪の男から向けられた視線に応じるように、俺はその場に跪いて一礼する。
「お久し振りでございます、殿下」
「アアン? てめえ、オレ様と会ったことがあったのか?」
「若、モーガニト伯です。インメル領会戦の折に一度──」
"ヴァルター・レーヴェンタール"に対し、俺の正体をあっさりと口にしたのは近衛騎士"ヘレナ"であった。
「おおーーー、アレか。オレ様の一撃を躱しやがった"円卓殺し"か。ってかそっちの野郎は、オレ様を前にしていい度胸だな」
粛々と俺が頭を垂れるのに対し、オズマは突っ立ったまま腕を組んでいる。
波風を立てて欲しくはないのだが、こういった事態についても契約書に記載しておくのだったと今さら後悔する。
「殿下っつっても、おれは帝国人じゃなく単なる雇われなもんで。街中に繰り出してくる王族さまに、わざわざ礼を示すような性分じゃあねえ」
「度胸があるのか単なるバカなのか、不敬だがまあ許してやる。大事な客のようだしな」
「あぁあぁそうさ……おれは王族に下げる頭はねえ。けどここの店の経営者になら下げる頭はある!! ありがたく使わせてもらうんで、お偉い名前を教えてください!!」
それまでの態度から翻って平身低頭を地でいったオズマに、クツクツと笑い出す。
「ぶっハハハハッ!! 面白ェヤツだ。オレ様の名はヴァルターだ、まっ精々楽しんでけや」
そう名乗り残したところで、ヴァルターとヘレナは跳躍して屋根へと飛び移ったかと思えば……すぐに移動して気配が完全に掻き消えた。
「──まったく肝が冷えたぞオズマ。公的の場じゃなくても、もうちょっと考えて行動してくれよ」
「んあ? モーガニトさんさ、こちとらガキの頃から冒険者やってんだ。初対面の相手だろうと距離感ってのは大体わかるもんさ」
「経験からくる強かさだったってか、まったく得難い人材だよ」
「そう思うなら出来高報酬をもっと上げてくれて構わないぜ? 金はいくらあっても困らねえんでな」
「前向きに検討しておくよ、とりあえず伯爵位ぽっちの口利きなんぞ不要になったわけだから俺は失礼するぞ」
「あいよ、もしかしたら何度か通うことになるかもなあ」
「支障が出ないようほどほどにな」
にへらと笑うオズマに、俺は踵を返すのだった。




