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#338 テクノロジーツリー III


「そして賠償金を使って本格導入されたのが──"活版印刷"」


 "活版印刷"──機械化された印刷技術によって教育水準は向上し、知識の継承が正確に(おこな)われるようになった。

 情報と知識と交流と……人々はより平等な立場となり、より広く、より深く、世の中と繋がることが可能となった。

 

「これもまた極大突破(ブレイクスルー)と言えるテクノロジー。それゆえに技術そのものは難しくなくとも、扱いには慎重を期していて、小規模での運用でしかなかった……。

 しかし新たにシップスクラーク財団(・・)と名乗るだけの規模と元手と、それまでの積み重ねでもって──広く量産体制を整え、圧倒的優位を取るに至った」


「教育し、知識を継承する。その為に必要な書物の生産。さらには星典とやらで、フリーマギエンスの思想を広める……もはや侵略行為も同然よな」

「まぁ……上等じゃないっすか?」

「ウハハッ、言いよるわ。だがそれこそが、人類(われら)の進歩の為には必要なことか」


 武力的による制覇だけが侵略ではない。文化的に浸透させ、宗教的に意思統一していくこともまた、人々を変質させる要素。



「それと戦中および戦後には、開発していた"抗生物質"や医療・麻酔技術そのものを存分に使うことができたそうです」

「おぉ、アレな! ワクチンにしても、我としても見習うべき点が多かった」


 "抗生物質"──(カビ)を元にしたペニシリンに代表される、細菌を不活性化させ増殖を抑制する薬。

 魔術でも治療することができない多くの感染症を防ぎ、人類の生存率を大きく引き上げる……その発見方法を含めて奇跡の特効薬である。


「──しかしいつの世も、どこの土地でも、戦争とはな」

「でもサルヴァさん、言っても命を含めて……ただただ浪費するだけじゃあ、あまりにもあんまりだ」


 ゼノのそんな言葉に、サルヴァはふんっと鼻を鳴らした様子を見せる。


「それに(あらそ)いが技術開発を支えてきた部分は(いな)めません。大魔技師は戦争用の魔術具を直接は作りませんでしたが……後世に作られた武器(それ)らは日常にも少なくなく再転用された。

 ベイリルがいた地球(アステラ)の歴史ってのにおいても、戦争の為に糸目をつけず湯水のように使われた資金・人材・時間、そしてそれらを実験・検証する機会でもって大いに進歩したと──」



「しかし財団(われら)は争うまでもなく、苦難と腐心の末に発明された知識を享受(きょうじゅ)しているというわけか」

「ベイリル本人は……(つたな)地球(アステラ)知識のみが頼りの"結果(ゴール)"に向かって、ひたすら試行錯誤を繰り返してくれた財団員たちのおかげだと、常々(つねづね)言ってますがね」


 安価で最適なガラスや、紙の開発および量産体制だとか。

 火薬や爆薬の配合と加工の研究であったり。

 実験用の薬品や抗生物質の発見・培養・実験にしても。


 他にも数多くの成果が、一般財団職員や雇われた者達の労働力によって実現されたこと。


「確かにそれはそれで、ゆめゆめ忘れてはならないことだ。とはいえ(・・・・)だ、最初から"到達点"が知れているということが、どれほどの金と時間と労力の節減となっていることか」


 答えがあるかどうかすらわからない、闇黒の中で進み続けることの困難さ。

 あるいは理論立てすらされてない中で、()って湧いたような幸運の巡り合わせ。

 人海戦術によるトライ&エラーを繰り返して、ようやく形となっていったテクノロジーを……"未来予知"するかのように、未知を既知のものとして実現化するということ。


「それはつまるところ地球(アステラ)が積み上げた歴史そのものを(かす)め取っていること──……(いち)研究者の立場として言わせてもらえれば、いささか不満も残るところよ」


「おれとしても同意する部分はなきにしもあらずです。とはいえ(・・・・)です、個人的には贅沢な葛藤だとも思っていますよ」

「ほっほう、それはなにゆえか」


 そこでサルヴァは初めて作業の手を止めて、真っ直ぐゼノの瞳を見据える。



「おれは……サルヴァさんと違って純粋な人族なんで。より見果てぬ未来を見る為ならば、足踏みをしている暇はないってことっす。死ぬまで生き急がなくちゃならない」

「ぷっクあッっはっはははははハハハハハッ!! なるほどなるほど、それもまた一つの道理よな」


 肩をすくめた様子のゼノに対し、サルヴァは豪快にひとしきり笑ってからまた作業を再開する。


「しかしそうだな……地球(アステラ)のテクノロジーにさっさと追いついてから、新たに未知を開拓していっても決して遅くはない話か」

「ですからサルヴァさんが早急(さっきゅう)に不老長寿の秘薬でも創ってもらえれば助かります」


「ふっ──ならば我が"化学"と"生物学"の領分か、薬学知識も含めて(こた)えるとしよう」


 "化学"──物質の構造・反応・構成・変化を探求する科学。

 数学が世界を解き明かす学問であれば、化学とは世界そのものである。

 小さきから大きくまで、粒子の分解と結合に伴うあらゆる反応によって成り立つのは、生物とて例外ではない。


 "生物学"──生きとし生ける生命の根源まで探究する科学。

 人体は当然として竜種(ドラゴン)からバクテリア、虫や植物に至るまで。

 細胞変性・遺伝子操作・クローン技術もその範疇であり、生態の品種改良とも言える行為は人道倫理にも踏み込む分野である。



「しかしその為にはまだ見ぬ"精密機器"類も必要となろう、さっさと作ってもらえれば助かるぞ? 特に話に聞いた電子顕微鏡……いかに視力を魔力強化しても、さすがに無理であったからなっはっッハッハッ!」

「努力しますよ、"工業化"の目処(めど)も立ってきてるんで」


 "工業化"──農耕と生産に割かれていた労働力を、機械化による複雑な製造・大量生産を確立させることで別の分野へと()くことを可能とした。

 自給自足の社会から、消費による経済社会として大きく変遷し、膨大な資本と余剰の人的資源は工業化をさらに加速させ、急速なテクノロジーの進歩を遂げるに至る。

 そうして地球(アステラ)における人類の生存・文化圏は地上を包み、宇宙にまでその手を伸ばし始めたのだ。

 

「それと並行して様々な部品の規格統一化も、シップスクラーク財団が新たな世界基準になります」


 "共通規格"──材質や形状を統一した構成部品によって互換性を持たせることで、品質の安定と向上へと繋げ、生産や修繕などをより効率的に(おこな)えるようになる。

 部材だったり度量衡だったり交流電気の周波数だったり……規格が違うことでどれだけ余計な時間と労力を強いられるのか。

 早くにスタンダードを定めておくことで、スムーズに産業は発展していく。



「実に楽しみなことだ、"蒸気機関"にもまったく驚かされたよ」


 "蒸気機関"──水蒸気の圧力を用いるだけの単純(シンプル)な機構は、地球(アステラ)史における工業化の柱であり、それまでの歴史に類を見ない交通・産業の発展を(うなが)した。

 エネルギーのロスも多く、環境への影響も多大。しかしながら多くの物質を燃料にできる利点を持ち、原子力を利用するにまで至っても蒸気を用いて発電させているのだ。

 

「まだまだ途上ですがね。インメル領会戦を経て、商会は財団となり──蓄えていた資源類にも、用途が見出され始めた……だからこそ腕が鳴るってもんっす」

「うむ。既に我々は世界に影響を与え、変革していける立場にある。ゆえにこそ、注意も払わねばならんな」


「たしかに知識や技術の伝播(でんぱ)の具合はもとより、流出なんかについても──」


 "読心の魔導師"シールフ・アルグロスがいる以上、最初から研究者として紛れ込んでくる間諜(スパイ)の可能性を潰せるのは楽である。

 しかし意図しないところで悪気(わるぎ)がなく漏れたり、あるいは心変わりによって裏切るということは無きにしも(あら)ず。



「……いえ、たとえ他国に漏れようが先んじるのは俺たちですけどね」

「かっははッ! 道理よ」

「それに本当に流出したらマズいテクノロジーは、どのみち理解できる者はいないでしょう。おれやリーティアやティータでないと、とてもじゃないが理論立てることすら──」


「ウっチらがぁ~っなんだってぇ~? ゼーノー」


 ゼノの言葉途中で(さえぎ)ったのは、遠くから声を上げた狐耳の少女であった。

 

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