#326 新生
大要塞とそこから流れてくる脱獄囚を見つめながら、レドは付き従う男へと視線を移す。
「──うっし、ジン! ボクの兵を集めてこい!!」
「自分がボスをやっていた魔族一党であればすぐに従うはずです、我が主君」
説明不足のレドの命令にも、すぐに察して進言するジン。
補佐役としてはやはり得難い人材であり、ジン本人の意向含めレドに派遣してしまったことは何度となく惜しいと思ってしまう。
「おーーー意外とやる男じゃん、でも敬語はいらないよ」
「了解した」
ジンも将軍との闘争を観ていたこともあって、レドの強度にも畏敬の念を抱いている様子であった。
「ちなみにボクはここでもう少し休んでる」
支援物資の山の上にふんぞり返るようにレドは座り込み、ジンは自らの足でもって駆け出していった。
時間的猶予を考えれば魔力はほとんど回復していないはずだが、身体能力は獄中の時のそれよりも躍動感に満ちている。
(あるいは……トロルの左腕が移植されている影響か──)
トロルから抽出・精製した"スライムカプセル"が、実に多種多様な適合性を持つように。
その再生能力を含めて肉体的・魔力的な恩恵が、ジン本人にもたらしているのかも知れなかった。
「なぁなぁベイリル、いちお確認するけど地上組だっけ? そいつら使わない人間ならボクがもらってもいいっしょ?」
「無論、構わんが……どうしようもない犯罪者も中にはいるぞ」
「ベイリルにはボクがそんなの気にする気性に見える? 改心しなかったらぶっ殺すだけだよ」
(……魔族らしい考え方だな)
いずれは法と秩序によって成り立たせるサイジック領およびシップスクラーク財団には、決してできないやり方でもある。
本来であれば許容したい部分もあるのだが、実際的なリスクとを天秤にかけた時に、潜在的な不穏分子は可能な限り排除しておくに越したことはない。
「──クロアーネはどうする、先に戻るか?」
「……そうですね、確かにここに居ても致し方ありませんし」
フラウの反重力で一緒に戻れば良かったろうに、この場に残ったのはレドのことが気に掛かったからだろう。
学園生時代であれば……きっとあっさりと別れていたかも知れない。彼女もヤナギや他の子供らの世話をすることで、色々と変わっていった。
元々なんだかんだ言いながらも世話をする性分が、明確な母性へと──他者との繋がりを大事にするようになっていったのだろう。
「それじゃぁ俺の所用が済むまで、今少しだけ待っていてくれるか」
「私一人では手段がないので……甘んじましょう」
俺と一緒に風に乗らないことには戻ることができないので、クロアーネは目を瞑った澄まし顔で受け入れる。
「あっ! だったらさぁクロアーネ、また何か作ってくんない? まだまだ食べ足りなくてさ!」
ドスドスと自分のモノでもない支援物資の山を叩いて、レドは主張する。
「ジンの派遣を除けば──財団からの最初の支援になるな、レド?」
「ベイリルさぁ、細かすぎ!」
「ほとんどが保存食ですが、それで良ければ──」
クロアーネは個別に分けられていた支援物資の袋から一つを選んで開けると、テキパキとその場で準備をしていく。
「……うん? なんで物資の中に鍋とフライパンがあるんだ」
「──こんなこともあろうかと。ベイリルが言い出しそうなことなどわかっていますので」
「言ったの俺じゃないけどな」
俺はフッと笑いつつ、左手で燻製肉を刻みながら右手で"瓶詰め"の封を切るクロアーネを見つめる。
「なーんか、ボクも久し振りに調理したくなってきたな」
「殊勝な心掛けですレド。食べるばかりでなく、貴方は作ることの楽しみを知っているのですから」
「んだね。またしばらく会えなくなるだろうし、ボクも一緒にやる!」
当初の直近戦力収集という目的なんかどうでもいった風に、欲望のままにマイペースに生きるのもまたレド・プラマバらしさの真骨頂とも言えよう。
(まっ料理を使った懐柔策ってのも、案外功を奏するかもな)
まるで姉妹のように並んで調理し始めるクロアーネとレドを、俺は微笑ましく眺めている──と、しばらくして近付いてくる気配へと振り返った。
「──これが支援物資……本当に用意されているとは」
そこには要塞内から奪ってきたのだろう軍馬にまたがる、数十人からの人族集団があった。
将軍と戦闘が大地に深く刻まれているが……気にしている余裕もないようである。
「あぁマティアス、無事脱獄できたようだな。他の二人はどうした?」
「セヴェリは……中途で死んだ。トルスティは別働隊として分かれていて、その分の物資も持って行きたいのだが」
「わかった、だが情報と引き換えだ。他の連中はどうなった? 特にモンド殿」
それこそが俺がこの戦場に残り続ける最大の理由であった。彼の意向で地上組となったが、是非に財団に引き込みたい人材。
「長老か……彼がいなければもっと多くが死んでいた。たった一人で城伯の直属部隊とも闘り合い、血路を拓いてくれた」
マティアスは目配せしてから馬を降り、整然と積み込みを始めながら語る。
「魔力も回復してないのに、流石だな──まさか死んでないよな?」
「いや、先に脱出したから我らにはわからない。あと獣人頭も、殿として共に残っていた」
(バランが……意外だな。バリス殿が天敵なだけで、責任感ある男なのか)
あるいは若かりしバルゥに助けられた時の、彼の生き様をなぞったか──
いずれにしても気になるのはモンドの行方だが、あまり執着していてもこの場もいずれ戦火の範囲内になる。
「ところで──囚人を助けに来た外の人間はいるのか?」
「ん……?」
「集会の時に言っていただろう。脱獄について可能な範囲で連絡したから、あるいは救助の為に馳せ参じる者がいると」
「あぁはいはい、あれは嘘だ」
「うわっ下衆野郎だ! よくわかんないけど糞下衆野郎がここにいる!!」
「うるさいぞ、レド。嘘も方便、情報漏洩の可能性があるんだから流布しないのは当たり前だ。自由騎士ならそのへんは講釈垂れるまでもないだろう?」
「……そうだな、そもそも不確かな情報でこんな場所まで来れるわけがない」
(まっ──あるいはベルクマン殿なら来ていたかも知れんがな)
シップスクラーク財団と関わりがあり、俺のことも個人的に知っている。
インメル領会戦での財団の周到さも実際に体験しているので、今回の作戦・企画も成功させると踏んで一個中隊ほど率いてくるくらいは想像できた。
ただ自由騎士団が収監されていることは事前情報収集の段階では不明であったので、こればっかりはどうしようもない。
「っつーか調理早いなッ」
鼻腔をくすぐったかと思えば、既に調理トレイの上に"携帯食"がずらりと並んでいるのに気付く。
「補助要員がいますので」
「う~~~ん、まっボクはあれから衰えてはいないけど成長してもいないなぁ。んっぐ──むぐ、がっく……うん、クロアーネとここまで差が開いてるとは」
「レド、食べながら喋らない作らない」
炒めた燻製肉と低音殺菌された瓶詰め野菜漬けを干しパンに挟み、熱せられたフライパン底で焼き潰した"ホットサンド"を俺も手に取った。
栄養の足りない脱獄囚向けに調理された濃いめの味付けは、保存食ばかりで作られたにも関わらず胃を満足感でいっぱいにしてくれる。
「旨い。お前らも一個ずつ持ってけ。食いながらでいいから、戦域をさっさと抜けた方がいい」
「あ、あぁ……──」
いまいち底抜けた雰囲気についてけないといった様子で、人族集団はホットサンドを取っては馬にまたがっていく。
「色々と世話になった」
「気にするな、行きがけの駄賃ってやつだ。それに無事共和国まで辿り着けるとも限らんしな。ベルクマン殿にも一筆書いておく」
「自由騎士としてこの借りは忘れない──」
マティアスは後方から迫る気配に気付いたのか、集団を整然と指揮して走り去っていった。
「今度は……さすがに多いですね」
クロアーネは調理を続けながら、100人はいそうな魔族一党を眺める。
その先頭を走るジンは、これも大要塞から奪ってきたのだろう陸竜を駆っていた。
「待たせたな、我が主君」
「うむ! ぜぇ~んぜん待ってないよ、ご苦労さん。……で、こいつらは納得済み?」
「獄中での生活に比べれば、どこへでも──"衣・食・戦"があれば十分な連中なんで」
「よしっ!! おまえらは新生プラマバ軍の尖兵だ、ボクについてこい!!」
調理途中で再び支援物資の山の上へと立ったレドに、魔族一党は怪訝な表情をめいめいに浮かべる。
それもそのはず……いかに魔族一党のボスであったジンの言葉だけでは、レドが本当に仕えるべき相手なのか見極められるわけがない。
「──大将、頼む」
縋るように俺を呼ぶジンに、しょうがないので素直にレドへの助け舟を出すことにする。
「あぁ……この一見して小娘は、俺より少し弱いくらいには強い。従っておけば間違いない」
「だ~れが少しだけ弱いってぇ? ボク勝ってるし」
「だから昔の話だ、俺は将軍を直接この手で打ち倒したわけで」
「あのクソジジイのことなら、ボクらの協力あってのものじゃん!」
「それはまぁそうだが……決定打は俺だ、だから現時点では俺のが上だろ」
「なんだァ? ベイリル、さては……闘るか!」
「やめろやめろ。さほどの余裕はないし、レドだって無尽蔵に見えて何かを引き続けてんだろうが」
「うっ……そうだけど」
「今この場で見せなくても道中いくらでも強さを示す機会はあるだろうよ、目的を見誤るなっての」
「冗談が通じないなあ」
「本気だったろうが、俺に嘘は通じんぞ」
「まっいいよ~もう。フラウ共々また会った時を楽しみにしておくからさ。そんじゃぁオマエら!! とりあえず黙ってついてこい! あと物資も持てるだけ持ってくこと!」
ガッと十人分ほどの支援物資を手に、バッと飛び降りたレドは陸竜へと雑に積み込む。
「クロアーネ、もう一個!」
「はいはい、いってらっしゃい」
「あっ……むぐ、ひっへふふ!」
クロアーネが投げたホットサンドを、ガブリと口だけでキャッチして走り出すレド。
そしてそれに続くジンに遅れまいと、魔族一党の面々もそれぞれ物資を取ってついていく。
(達者でなレド、次に会う時が俺も楽しみだ。なんせ退屈しないからな)
嵐のように過ぎ去った自称次期魔王を見送りながら、俺はグッと体を伸ばしてから笑うのだった。




