#321 空前の魔導
「──貴様一人でまだ何ができると言うのか?」
「ごもっともだがな、俺にとっての上澄み分に過ぎない」
これ以上の増援を呼ぶことはできなかった。
他の皆はイベントの為に準備を進めている真っ最中であり、それらの盾となるのが武力担当の俺にとって何よりの役目である。
それに正直なところ将軍の前では、魔術士はことごとく戦力として成り立つまい。
シップスクラーク財団内でトップクラスのフラウですら、まともな痛痒を与えられてない以上、ジェーンでもヘリオでも通用しない。
リーティアも含めて四人連係で戦ったところで結果は見えている。
かと言って総力戦で消耗を狙うには、あまりに被害甚大な上に未知数となる敵。
しかしそれほどの圧倒的強者を眼前に、俺は一人で相対する。
「──ここからが俺の……俺だけの、"空前"絶後の全力舞台だ」
絶対の窮地が人を成長させる。
フラウほどの魔術でさえ塗り潰されたし、英傑グイドを模倣したのであろうエイルの魔術方陣すらも効果は無力に近かった。
魔術で打つ手はない状況。だが上澄みの魔術が通じないのならば、濃縮した"魔導"を通じさせればいい。
(魔導師級たる固有の魔力色は……黒色あっても易々と塗りつぶせない)
それは"天眼"によって、新たに魔力色をも共感覚で視ることができるようになったからこそ確認できた事実。
レドが何度も肉薄して戦えたのは、"存在の足し引き"によって操作された素養効果によるゴリ押しだけが理由でなく。
死にながら生きているエイルの魔導と魔力そのものを断ち切って滅することは、将軍にさえできない。
魔導を発現させるだけの濃密な魔力こそが、黒色の魔力にも対抗できている理屈。
(強者ゆえの驕りを俺は否定しない……)
常に勝者の立場として証明し続ける限り、それは紛れもない正解である。
そして将軍は何百年と実践してきたのも、今さら疑いはない。
"吸血"と意図的な"暴走"を技法として確立させているのだから、たとえ魔力枯れた囚人であろうと……結社からの助けがなかろうと……。
その気になれば被尋問時にでも、いつでもどこでもいくらでも隙を突けたに違いない。単独で大監獄からの脱出など、容易であったに違いなかったのだ。
しかし安易にそうしなかったのは──単に任務を帯びていたからというだけでなく、将軍を将軍たらしめている絶対の自信であったがゆえ。
概して圧倒的優位から俺達の一人一人を確実に殺し、頭数を減らすことをしなかったのは、傲慢さの表れであると同時に……彼の強さの根源でもあるのだと。
「大言で終わってくれるなよ、小僧」
「過言じゃあないさ」
復讐心、闘争心、敵愾心、嫉妬心、恐怖心、克己心、功名心、自尊心。
あらゆる心を糧として、俺は半分ほどまでは既によじ登っていた──何度となく夢想し、思い描いてきた──"新たな領域"へと立つ。
「顕現せよ、我が守護天──果てなき空想に誓いを込めて」
俺は詠唱と共に左腰から抜いたリボルバーを回転させながら、こめかみへと押し当てたところでガチンッと引鉄を引いた。
左の初弾にはγ弾薬が装填されているので、弾丸として発射されることはない。
しかしてその行為そのものが俺自身に対してのトリガーとなる、神聖不可侵な魔導儀式。
──ベイリルの"右手"が前へと伸ばされる──
──鈍色した鋼の右腕が──なぞるように、俺の"右手"と重なって──大気を引き裂く──
──蒼き魔力に包まれて──鋭く煌めく、星光がひとつ──
『喝采するがいい。進化の階段を疾駆し、昇るこの俺を』
──それは動く──ベイリルの識域の境界線上で──
──何を為すべきなのか──何を成せるのか──最適の未来を掴み取る──
『今この時を刻み込み、我らが覇道の歴史たれ』
──右手を将軍へと向ける──己が手とも言うべき、その灰鋼の手を──
「なんだ……その背後の奴は──? ククッそれが貴様の足掻きか!!」
ドス黒い魔力を濃密に覆った将軍自身が、一気に膨張するように巨大な衝撃波となって俺を襲う。
もはや数も質量も関係ない。一息よりも速く──人も、物も、現象すらも──万物一切の区別なく圧潰させる一撃に相違なし。
『遅い。光に比べれば』
しかし、生きている。ベイリルはまだ──死んでいない。傷一つなく立っている。
「……この技法を防いだだと──面白い! 貴様はこの数百年で──」
『喚くな。もはや"未知なる未来"は、既知となった』
遠心加速分離によって完全濃縮された純然たる蒼色の魔力は……黒色の魔力にも塗り潰されることなく。
裏表であり鏡合わせとも言える、俺自身の仮面として。
限界を超越し、どこまでも階段を昇り続ける進化の力として。
明確なる意志の形となった権能が、俺のそばに立つ。
それは俺の1.3倍強ほどの巨躯をもって、己と重ね合わさるように、"左手"で──あまねく脅威から──俺を守護していた。
『なるほど、確かに。尋常者では貴様に抗し得まい』
任意に魔力を暴走させ、極大化させた将軍の黒き魔力は魔術そのものを減衰させる。
同時に膨大な魔力によって超強化された肉体は、一時的でも超人を越えし領域へと到達しているのだ。
彼の"本気"の前では──魔術士は封殺され、魔導師であっても思考するより速く死を迎えること避けられない。
そして黒き魔力に侵蝕された肉体は、物理的にも精神的にも、ありとあらゆる干渉を拒絶する。
ゆえに、将軍を滅ぼす手段を……尋常者は、持ち得ない。
『しかしどうやら、"背後のコイツ"は尋常じゃないんでな』
灰白き鋼鉄の鎧を身に纏いしもう一人の俺が──その"第三の眼"が、右手と連動するかのように視ている。
俺はガンベルトから引き抜いたγ弾薬をピンッと指で弾くと、"右手"掌中へと納まった。
眼前の男に対して、渦巻く俺の強靭な意志力は、今度こそ完全なる絶技を……この刹那にて実現させる。
「くっフハッ──カッハハハハハッハハハハァッ!! これが、終焉か!!」
『残念だったな』
光が満ちる──"右手"を前にした将軍は笑い──"右手"を握り込んだ俺は、己自身へと命令を下す。
『我が現身"ユークレイス"、俺はお前に命じよう……冥王の巨腕よ──討ち斃せ』
──昇華し、塵一つ残さず消滅させる。
魔力を直接介在した攻撃が効かないのならば……間接的に攻勢現象を発生させるしかない。
"天道崩し"では出力が足りずに仕留めるには到底足りなかった、ならば火力を上げればいい。
どこまでも──打ち倒せるほどまで──どこまでも。
すなわち太陽光や宇宙線を含んだ凝縮と、極密度爆縮による核分裂反応を伴った"放射性崩壊の殲滅光"。
されどγ線は距離によって減衰し、放たれた余波の光は甚大な破壊を一帯にもたらす。
ならば、それならば……一点収束させて直に当てればいい。極大の威力を維持し続けるのと同時に、他に被害を与えぬように。
空前たる俺だけの魔導──"幻星影霊"の光って唸る右手。
俺は世界そのものを置き去りにするかのような感覚に、その身を委ねる──
そうして全身全知全能全霊全力を込めた、至大至高の一閃は……将軍の現在から未来までを永劫、打ち砕いたのだった。
Right hand from behind




