#306 牢名主 I
獄中の王──などと気取るには、あまりにも狭量であり安っぽくもあり、気恥ずかしさが残る。
(牢名主……うん、それくらいでいい)
自らの力をもって勝ち取った、獄内に秩序をもたらした──しかしそれもあと数日の栄華である。
最も広い獣人群団の穴倉内にて、牢名主である俺を中心として獄内の主要な人物達が一堂に会していた。
魔族一党のボスであるジン。獣人群団の頭であるバラン。人族陣営の頭領であるマティアス、セヴェリ、トルスティ。亜人派閥の長老であるモンド。
他にも各派閥の幹部級も居並んでいて、およそ7日前──俺が収監されてくるまでは、誰もが想像しなかった光景である。
それまで相争っていた者たちが──獄内が統一され──協力関係にあるなどと本人達ですら未だ半信半疑。
俺はそんな空気を感じ取りつつも立ち上がり、全員の視線が集中したところで口を開く。
「さて、余計な挨拶は抜きにして……結論から言ってしまおう。俺が監獄へ来て、獄内統一なんて真似をした理由を──」
急激な変革で囚人達の多くが翻弄されたが、ほどほどに落ち着いてきたところで俺も真実を明かす。
「まっ薄々でも察しているだろうとは思うが、明言は避けてきた。余計な混乱を来たす恐れがあったからな」
「なぁなぁはやく結論を言ってくれよ、グルシアの旦那ぁ」
ストールに差し挟まれた俺は、ニヤリと口角をあげてパチンッと指を鳴らして宣言する。
「──"脱獄"する」
その言葉を心静かに受け入れる者、驚愕に顔を歪める者、色めき立つ者と様々であった。
「まず最初に脱獄すべき動機を言っておこう。刑期を終えても待っているのは……対魔領軍への尖兵だ」
これは俺が潜入して得た、確かな情報の一つである。
大監獄の詳細が杳として知られてない理由──それは受刑者がことごとくが死んでいるからに他ならなかった。
懲役が済んだ囚人は、対魔領戦線に投入。逃亡すれば死罪の状況で、その命を使い捨てにされてしまう。
「ちょっと待ってくれ」
「なんだ? マティアス、手短にな」
端的に述べた真実に、人族陣営の首領の一人である男が即座に反論してくる。
「そんなことが罷り通ってしまえば……少なくとも自由騎士団の仲間や、家族だって黙っちゃいないが?」
「対外的には獄中で死んだことにすればいいだけの話さ」
淡々と発した俺の説明に、マティアスは二の足を踏むかのように口をつぐむ。
「囚人には一縷の希望を与えて暴動を抑止する。実に悪辣だ──でも効率的」
大監獄それ自体が情報漏洩からも守るべき要所である以上、皇国のやり方が理に適っている部分は否めない。
またカドマイアのような罪状であれば神族へと引き渡されるだろうが、どのみち拷問の末に死を迎えることになる。
つまり俺を含めて大監獄へと収監された時点で"詰み"なのだ。魔力がなければ脱出することも、結界を破壊することも不可能。
「なぁっ……汚ェ、汚すぎんぞ!!」
「そうだなバラン、その気持ちはよくわかる。だが言ったろ、脱獄するんだよ」
一方で獣人群団の頭は、憤懣やるかたないといった様子を隠そうともしない。
「ッッどうやって!?」
「仮に外から脱獄させようものなら、"大要塞"そのものを完全な制圧下に置くくらいの気概がいるだろう」
「そんなんムリに決まってる!」
対魔領軍を相手に200年以上もの間、不落を誇っている大要塞を攻略しようなど土台不可能な話だ。
仮に"大地の愛娘"ルルーテでも無条件の味方にできれば余裕だが、それは大要塞はおろか皇国を潰すよりも至難の業である。
「ごもっとも。それにもしも陥とされそうになっても、その時は囚人なんて一斉に処刑されるに違いない」
占領された大要塞と大結界を利用されるわけにはいかないし、様々な情報を持つ囚人らを生かしておくことは後々になって面倒にもなる。
搬出入口から魔術を放てば一方的に鏖殺できるし、水責めにすれば穴倉にも籠もってやり過ごすこともできない。
「クソッ、オレたちの命はゴミ同然かよ」
意気消沈をするバランを他所に、一人だけ壁際で寄りかかっているジンが腕を組んだまま問うてくる。
「それを知っていてなお、御大将は大監獄へやって来て、ココにいる全員を打ちのめした……なにか方法を用意してのことなんだろう?」
「よくわかっているな、ジン。脱獄に必要な要素は色々あるが──主に大事なモノは三つ。構造を把握すること、あらゆる流れと動きを知ること、協力者を得ること」
俺が指折り講釈を垂れたところで、魔族一党のボスであるトロルの左腕を持つ男は笑みを浮かべた。
「つまりそこで……協力者、ここにいる者たちの力が必要というわけか」
「いや、そういうわけでもない」
「──ぅん!?」
ガクッと体勢を崩しかけたジンは、片眉をひそめてあんぐり口を開ける。
「ぶっちゃけると、俺一人で盤面を丸ごと引っくり返す方が早い」
「じゃあ自分らはなんの為にぶっ飛ばされ、集められ……?」
疑問符を浮かべるジンへと、俺の代わりに回答するように"煽動屋"が口を開く。
「そりゃもう、グルシアの旦那には本命がいるんしょ? 脱獄させたい誰かが……──オレゃぁたちはタダのついでってトコかと」
「正解だ、ストール。俺が本当に助けたいのは特別囚人獄にいる、とはいえお前たちみたいな人材が力を発揮できる場も用意できる」
俺の一言にそれまで特段の反応も見せなかった亜人派閥の長老が、胡坐をかいたまま高らかに笑い出す。
「カッカッカッカッ!! これはまた随分と大掛かりな"雇い入れ"よなあ!」
「えぇえぇそうですとも。モンド殿のような有能な人材はいくら居ても困りませんので」
「そうかいそうかい。しかしだ、どうやる?」
「数日中に俺は魔力を取り戻すんで──そうしたらもう、やりたい放題に」
「ほう……魔力を──どのように? その恩恵はワタシも預かれるのかな?」
「あらかじめ仕込んでおいた俺だけなので、モンド殿を含め他の誰にも無理です。方法も企業秘密なんで、申し訳ない」
そう言ったところで当然の疑問を抱いて、口にしようとしたジンを、俺はスッと手をあげて制する。
「俺一人の魔術でどうにかなるのかと思うだろうが、どうにかなる。これは過言じゃない」
特に状況や戦争というものを理解しているジンと、マティアスら自由騎士団面子は難色顔を示すも、俺は無用な議論であると斬って捨てる。
「いざ脱獄の段になって面倒事になっても困るから、今の内にはっきり言っておこう。俺にとってはあくまで不確定要素を少なくする為にここを統一したに過ぎない。
無駄に魔力を消耗したくもないし、無用な殺戮だって好まないが……邪魔立て障るなら屍山血河に沈めるってことは、心しといてくれ。くれぐれも、な」
つまるところ連帯責任。一人が不穏なことをしたなら、まとめて潰すこともありえることを周知させる。
安全でいたいのならば、何もするな。何もさせるな。お互いを監視し合えと暗に脅迫した形。
「正直なところ、ここに来る前はどうしようもない性根の腐った犯罪者もいるだろう? そういうのは助けたいとは思わないし関知しないか、自分で勝手に助かれ」
それぞれが黙りこくる中で、短い付き合いながらもよくよく俺の気性を知ったるジンが忌憚なく抗議する。
「随分とあんまりな話じゃないか? なぁ御大将──」
ジンの心理状態を把握し、その意図までも俺は読む。ジン本人にはなんら思うところはないということ。
彼はただ他の者への溜飲を下げさせる為に、あえて俺に食って掛かってきているのだと……汲む、なかなかデキる男である。
「俺は少なくとも誠意をもって、必要な真実を包み隠さず話したつもりだ。ただ信じるも信じないも自由。脱獄に便乗してもいいし、囚人生活にしがみついたって一向に構わん。
覚えていて欲しいのは、俺は"忠告"をしたということだ。邪魔をすれば容赦なく殺すということと……どうせ"座して待てば死ぬ"だけ──だから未来は自らの手で掴み取れ、とな」
自分達の置かれた状況というものを、今一度再認識させられて穴倉内が静まり返る。
「"勝手に助かる"為に、御大将は活路を拓いてくれるのか?」
「まぁ結果的には巻き込む形だから、少しくらいは手伝ってやるさ──」
そう軽い調子で言った俺は、具体案を彼らの前に丁寧に差し出してやるのだった。




