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#295 煽動屋 II


 俺は"煽動屋(あおりや)"ストールが単なるお調子者な小物ではないと観察しつつ……彼は(よど)みなく話を続ける。


「あとは南東の"亜人"派閥だな、(ちから)のある鬼人族やドワーフ族が中心になっていて結束力が固いってもんよ」

「獣人種、人族、亜人種の三つ巴か」

「いーや、四つ巴だ。南西の"魔族"一党が数こそ(おと)るが、なんせ暴れん坊(ぞろ)いだもんで」

「魔族か、(ちから)こそが正義なわけだな」

「オレみたいな()()にゃぁ世知辛(せちがら)いがね」


 肩をすくめて見せるストール。脆弱(ぜいじゃく)な一般人でありながらも、口先一つで渡り歩く情報通を探す手間が省けたのはありがたい。


「そんでだ、西に集まっているのが"竜教団"と"爬人"族だ~ね。教義の違いは、監獄(ココ)にぶち込む格好の材料だから数はそこまで少ないってわけじゃねえが」


(異教の流布──俺も大いに利用させてもらったな)


 大監獄にぶち込まれるにあたって(てい)のよい罪状こそ、竜教徒として神王教を()しザマに(ののし)ることだった。

 実際的には"七色竜"本人らから聞いた真実の歴史なれど、過去に異教徒が数少なくなく大監獄に収監されている経緯を知った上での法破りである。


「そして中央高台付近でいいように使われてるのが、オレたち"はぐれ"──どこにも属せない底辺集団よ。てんでまとまっちゃあいないが、数はそれなりさ」

「一応は派閥扱いなのか?」

「数だけはそこそこだもんで、他の陣営も完全な無視はできないって程度さ。結局は上に立つ者がいないとどうしようもないぜ」

「なるほどな」



(さて、どうする──)


 第一目標はカドマイアを連れての脱獄であり、実行するだけならば俺一人でも十分である。


(やはり欲張っていくか、何事も)


 潜入調査していて、皇国から異端とされた知恵者や技術者。あるいは目の前の"煽動屋"ストールのような、特殊な技能を持つ人間。

 彼に限らず大監獄とは人材が埋没している宝庫であり、それが事前調査でわかっていたからこそ、それらを前提とした計画も組んではいる。


 これもまた好機(チャンス)であることに相違なく、むざむざと打ち捨てるのは(はばか)られる。


「──やるか」

「あ? 今なんて言ったんだい?」

「いや何事も、前のめりにいかないとなってことだ」

「はぁ……よくわかんねえけど、良い姿勢だと思うぜ。折れたヤツはみんな底の底にいるかんね」


 指針を結論付けた俺は、次に実際的な展開についてを思案する。

 浮動人員を率いられるほど、俺自身はリーダーシップが取れるわけでもないとなれば……──あるいはこの"煽動屋"を利用できるだろうか。



「ところでグルシアの旦那は、何をして大監獄(ココ)に入れられたんだい?」

「なんだ(さぐ)りか?」

「まっ、それもある。なんならどこかに売り込んでやってもいいぜ」

「親切の裏にある見返り要求を聞こうか」


 声色を変えないまま淡々と、俺はストールへと尋ねる。


「最初に言ったろ? あんたは眼の色が違う、ほとんどはここに入る時点で絶望しているもんさ。でもたま~にいるんだよね、死んでないし腐る気のない野郎ってのが」

ストール(おまえ)はそういうのに、あらかじめ(こな)を掛けておくと」

「こんな場所(とこ)でも恩義ってのは大事なもんでね──な~んて言っても、今まで同じような奴らはみんな潰れるか潰されるかだったから期待してないけど」

「なら初めての事例(・・・・・・)を目撃することになるな」

「ははは! まあまあ威勢のいい新入りのことを知りたいってぇのは、いっぱいいるからさ。そんくらいは許してくれよな」


 ストールのような人間にも一笑(いっしょう)()されるのも無理からぬことだった。



「ところでストール、一つ頼みたいことができた」

「聞くだけ聞くぜ」

「"はぐれ"連中をまとめることはできるのか?」

「何をしたいのかは知らんがグルシアの旦那ぁ……それはムリな相談だね」

「なんだ、"煽動屋"と言っても名ばかりか」

「オレっちを煽っても意味ないぜ。なぜダメかってーと、はぐれをまとめあげた瞬間どこかに潰されるのがオチってもんだからさ」


 ストールは右手を払うように振りながらそう言い、小さく溜息も付けるのだった。


「つまり武力が一番の問題なわけか」

「そゆこと。いつだって獄中(ココ)はキツキツでピリピリしてんだ、余計な集団が生まれたらこぞって解体させられる」


(新勢力を打ち立てるのは得策ではない……と)


 有象無象ならばいくらでも争って勝手に死ねばいいというものだが、小競り合いで人的資源が目減りしてしまうことは()けたい。

 サルヴァ・イオのように文武の草鞋(ワラジ)を両立させる人物は稀有であり、手に職を極めている人間ほど肉体的に弱いのは常である。

 まして魔力なきこの地下世界では強者であっても死にやすいのだ。



「──まっ例外もあるがね」

「例外?」

「数は二十人ちょっとで大したことはないが、他とは相容(あいい)れない"ヴロム派"って連中がいて──」

結社(・・)か」


 俺は脳内に数ある記憶の中から、その名の一つを探し当てた。

 ヴロム派──神王教グラーフ派の過激派集団で、禁欲と肉体欠損にまで及ぶ戒律を持っている危険思想団体である。


(閲覧した時の資料の中には見当たらなかったが……まぁ全ては網羅していたわけじゃないし、抜けは仕方ないな)



「何がヤバいって、そこの教祖さまが収監された途端、同じ連中がこぞって入ってきやがったのさ」


 俺が幼少期を過ごした、三代神王ディアマ派のカルト教団──イアモン宗道団(しゅうどうだん)を思い出す。


「あいつらは獄中(ココ)でも特に薄汚れていて(クセ)ぇし、命を捨てるのも構やしねえし……本当に厄介な奴らだよ。新しい信奉者までポツポツ出始めてる始末で、さすがにあっこまでいくと(あお)りようがない」

「手出しをするだけ損だからこそ、他勢力からも見逃されているというわけか」


「あぁ……って、旦那あんた実はわざわざ収監されにきた"ヴロム派"ってこたぁないよね?」

「安心しろ、狂信的な理由で投獄されたわけじゃあない」

「ほっはは、いやぁオレっちとしたことが話の流れとはいえちょいと迂闊(うかつ)だったかもな。この見る眼が曇ったとは思っちゃあいないものの──」


 ストールは安堵(あんど)した様子で、肩の力を抜いていた。一方で俺はこれまでの情報を並列整理しつつ、展望を組み立てていく。



「まっ、とりあえずはこんなもんかな」

「それだけの口先と情報通でありながら、"はぐれ"とはもったいないことだ」

「たしかに特定の陣営に入れば(えき)があるのは否定しないぜ? でもしがらみも増えるかんね。狙われることだってあるし、オレっちには今の立ち位置が(しょう)に合ってる」


「そうか、ありがとうよ。ついでに個人的に教えて欲しい人物がいるんだが──」

「おっとぉ、これ以上はさすがにあんたの様子を見てからかなぁ。あまり安売りもしたくないんでね」


 ビッと手の平を向けて、ストールは俺の問いを制す。


「そうだな、力尽(ちからず)くで聞いてもいいが……ストール、お前とは良い関係を築きたいからやめておこう」

「おーーー(こわ)っ」


「それにすぐにでも、ストール(おまえ)から俺にすり寄ってくることになるだろうさ」

「言うねぇ、言うねぇ! そうやって意気込んだ奴も……今まで数多く見てきたけどな?」

「過言じゃないさ、俺に限ってはな」

「そいつぁ楽しみだね」


 スッと立ち上がったストールは、土産(みやげ)代わりに最後の一言だけ残していく。


「あぁそうそう、おまけでもう一つ良いことを教えとくぜ」

「ぜひ聞こう」

「こんな場所にも"絶対の法"があるってなもんだ」

「絶対の法……?」

「"決闘"さ──旦那あんさんほどの腕っぷしがあるなら、悪くねえんじゃねえかな。そんじゃま!」


 背を向けて去るストールに、俺は言い残された絶対の法(ルール)反芻(はんすう)するのだった。


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