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#291 黒翼の少女 II


 見世物じゃないとわかって周囲の人間がおおよそいなくなったところで、スミレが目を細めて問うてくる。


「あなたって幹部級どころか、もしかして親玉?」

「……さてな。さしあたって俺の話をしっかりと聞く気はないか?」


「ヤダ! そうやって丸め込む気でしょ」

「やれやれだ……あまり気はすすまないが容赦ができるような実力でもなさそうだし、遠慮なくいくぞ」


 聞く耳持たないのならば仕方ないとばかりに、言い終わりと同時に俺は右手の指を鳴らしていた──

 その一瞬の動作(ゆびパッチン)から増幅して(はな)たれた"音速"は、さながらリボルバーの抜き撃ち(ファスト・ドロウ)を思わせる。


 ──"スナップスタナー"。

 指向性を持たせた大音量は彼女の三半規管へと直撃し、平衡感覚を喪失させ眩暈(めまい)に追い込む。

 さらに意識の波長の山にぶち当てることで、神経すらも一時的に麻痺させる術技であったが……しかして彼女は、すり抜けた(・・・・・)



『──"閃き"』


 そう後から言い終えたスミレ自身は動いていない、つまり回避したわけではない。

 音の波濤(はとう)は確かにスミレの肉体を捉えていたのだが、素通(すどお)りしたのを理解する。


 今度はあまり思い出したくない部類の記憶……"血文字(ブラッドサイン)"を想起させるような透過効果。


 スミレが再度構えたところで、俺もやや(たい)を左半身(はんみ)に両腕を広げて掌中の空気を掴んでは(はな)す。



(当たらないハズの斬撃を当てられるなら、当たるハズの音に当てられないことも可能ってワケね……)


 ならば攻略法は非常に限られる、そして俺は迷いなくそれを選択・実行する。


『"加速"──』


 スミレの肉体が消失して見える神速移動。


『"必中"──』


 あらゆる障害を無視して迫る絶対命中。

 反射を超越した突進からの、スミレ渾身の刺突は……はたして俺のあえて受けた"六重(むつえ)風皮膜"によって肉体まで届かず止められていた。


必中(あた)ったな、だが残念。先刻(さっき)とは状況が違う(・・・・・)

『"貫通"──』


 瞬間、押し(とど)められた状態から"風皮膜"の層をまとめてぶち抜いてきた刃を、俺は(すべ)るように(かわ)しながら左拳で裏拳を(はな)つ。

 スミレは反射的に逆手(さかて)に持った番傘ごと左腕で防御(ガード)するも、体重の軽い彼女はぶち折れた番傘ごと吹っ飛んでから着地した。



「まっ増上慢ぞうじょうまんになるだけの"魔導"だし、強度も大いに認める。ただなぁ、強者相手の経験値が圧倒的に不足しているようだ」

「──"不壊"、ってぅぇぇぁあああーーーッッ!? 傘が! わたしの傘がぁあああ!!」


 俺は上から目線で(あお)ったものの、彼女は無残に折れた番傘のショックで叫び声を上げ、それどころではないようだった。


「間違えた! わたしじゃなく傘に付与するべきだった!! あぁぁああもうぉぉぉお! 幼なじみに初めて作ってもらった傘、ずっと大切にしてきたのにぃ!!」

「やはり一度に付与できるのは一つだけか。そして違う効果を同時に付与することもできないよう──」

「あなた! 許さないから!!」

「……」


 スミレ(あいて)の反応から(さぐ)ろうとする意図を含め、俺は分析した魔導のご高説を垂れるも華麗にスルーされて閉口する。



「もぉおおおーーー、おとなしく成敗されて!!」

「へヴィってもんだぜ……」


 俺はスミレを視界におさめて警戒したまま、"屋根の上から落ちてくる気配"にその場からスライドするように回避した。


「っえ……あ!?」


 踏み(とど)まったスミレを他所(ヨソ)に、地面を打ち鳴らして着地したその乱入者を一瞥(いちべつ)して、俺は驚愕に半眼となってしまう。


(──って、うぉ……本物(まじもん)。警団員とかじゃなく、そっちがいきなり出てくるんかい)


 出現した男は2メートル近い長尺の巨躯。広い肩幅から下を全身(おお)う鎧に、背中からはマントがたなびいている。

 被ったヘルムの合間から見えるは、顎ヒゲを生やす老齢のそれながらも生気が(みなぎ)るのは……男が歩んできた人生がそうさせるのか。


「貴様らか、往来にて私闘を(おこな)っている愚か者どもは──」


 皇都に住む者で、兜の下の彼の顔を知らない人間はいないだろう。

 そして知らぬ者でも、一般的な知識があれば着けている徽章(きしょう)で判断がつく。

 まったくの無知な民であっても、その重圧(プレッシャー)を前にすれば問答無用で黙らされるに違いない。


「こうも短期間で立て続け(・・・・・・・・)に皇都で騒動が起きるとは……どうやら指名手配犯といった(たぐい)ではなさそうだが、いずれにせよ看過(かんか)できぬわ」



(全ての聖騎士を()べる立場にある──"聖騎士長"自らがお出ましとは)


 早々に取り締まってもらう為に、あえての"スナップスタナー"で大音響をかました狙いもあったが、まさかのまさかでとんだ大物が出てきものだった。


(それに囲む気配は、"従騎士"ってやつか……?)


 俺は避難誘導と同時に、周辺に展開していく武装兵の位置を把握する。

 


「おとなしく捕まるのならば良し、抵抗すれば容赦はせんぞ」

「あの! 聖騎士長さま!! 」


 ともするとスミレが聖騎士長へと訴えかける。


手助けは無用(・・・・・・)です! わたしだけで十分です!!」

「……は?」


 聖騎士長は当然として、俺としてもスミレの予想外の対応に気が抜けてしまいそうになるのを(こら)える。


「"私闘"・"騒乱"に加え、街中での"魔術使用"容疑。さらには抜き身の刃を手にした賊が、何を(たわ)けたことを抜かしおるか」

「へっ? あぁ!! いえいえいえいえ、わたしは違うんですって!!」


()(のが)れがしたいのならば、まずは魔鋼枷(まこうかせ)を両手に頂戴(ちょうだい)するがいい」


 聖騎士長は後ろ腰から手枷を取り出し、慌てたスミレは納刀しようとするもすぐに気付く。


「──ってぇ、傘が折れてるから(はい)らない!?」


(なんでこの状況下で"即興コント"を見せられてんだ、俺は……)


 怒涛の展開に見舞われ、辟易(へきえき)するまではいかないが、流石になんともいえない気分にさせられる。


 

「うぅぅぅうう! ──"飛翔"!!」

「っ──逃げるかァ!!」

「ダメです!! わたしはまだ使命があって、前科者になるわけにはいかないんです!!」


 どうあれ私闘に及んだことは事実であり、捕まってしまえば言い訳が立たないと判断したのか……スミレは黒翼を広げて空へと舞い上がる。


「皇都における"魔術使用"!! および"領空侵犯"ッ!!」

「っっぁぁあぁぁぁああああーーー!! ごめんなさいぃぃぃいい!!」



「ったく、はァ~……」


 聖騎士長が空へと追撃を掛けようとした刹那、俺は息を吐きながら"酸素濃度低下"の魔術を使った。

 昏倒はしないまでも聖騎士長はその場に膝をついてしまい、なんとか朦朧(もうろう)とする意識を繋ぎ止める。


「ぬっ、う……なん──」


 そして追撃の手が届かないことに不用意にも思わず振り返ったスミレに、俺は取り出していた"オルゴール"を投げて渡す。


「えっ──?」

土産(みやげ)だ』


 しっかりキャッチしたスミレに対し、俺は笑みを浮かべて"声"を届けた。

 気付いた彼女はぐぬぬと白い歯を噛みしめると……今度こそ脇目も振らず、空の彼方へと消えたのだった。



「ッッ──もう一人は……逃がすな!!」


 薄い意識の中でも聖騎士長は周囲に向かって叫び、包囲が一斉に縮められていくのがわかるが……関係ない。


今は(・・)無理な相談ですね」


 そう言い残した俺は、"六重(むつえ)風皮膜"の一層目──"歪光迷彩(わいこうステルス)"を発動させて即座に掻き消えるのだった。



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