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#284 大監獄


 潜入(スニーキング)任務(・ミッション)は得意分野である。否、結果的にそうなったと言うべきか。

 

 単純に俺が使う空属魔術のレパートリーが多彩で、いざという時の武力も備えているということ。

 ハーフエルフの強化感覚が(すぐ)れていて、感知や心理読みにも()けているということ。

 幼少期からカルト教団で自分を(よそお)い演じ、また異邦人としての立場を他者に隠してきたということ。

 実際に交渉事やいくつかの戦場や修羅場やで、数少なくない経験を積んできたということ。


 隠密機動火力としては、世界でも上から数えた(ほう)が早いという自負もある。

 だからこそ大要塞で3日も過ごせば、大概の情報は集まっているというものだった。



(これが帝国陣地とかだったら、楽にはいかなかっただろうな)


 皇国や王国の弱点──それは獣人種の圧倒的な少なさにある。

 俺の足跡やステルスを看破したり、反響定位(エコーロケーション)に気付けるほどの感覚器官を持った者がいないということ。

 もちろんこれが戦場であれば別だが、日常でまで気を張り続けているような人物はまずもっていない。


(──獣人種にしても、少なくとも要職には()いていない)


 ヒエラルキー下層に位置する獣人が、証拠もなしに自らの感覚だけを信じて、生殺与奪をほしいままにする主人に訴え出るのは難しい。


 もしそれで徒労を働かせてしまえば反抗心アリとすら見なされる可能性もあり、半端な功名心は(アダ)となりかねない。

 皇国内におけるそうした人種差による獣人らの地位の低さこそが、この際は俺にとっての最大の追い風となる。


 人の間隙(かんげき)()って侵入し、重要な書類を含めて閲覧させてもらった。

 心理状態をはかりつつ距離を詰めて談話に興じるだけでなく、壁越しに立てた聞き耳で会話も盗んだ。


 大要塞は基本的に皇国軍属しか立ち入れないなど、徹底した人員整理によってその内部が構成されている。

 一般に暮らして商売などをしているのも、家族やこの城塞都市で生まれた人間ばかりであるのも聞いていた通りであった。


 それゆえに一度入ってしまえば警戒心はかなり薄いようで、割かし不自由なく動き回ることができたのが幸いした。



「さて……」


 そうして俺は今までにない緊張感をもって、一つの大きな"塔"の前に立っていた。

 生活区からかなり離れた位置にあり、要塞を囲む壁の内側に存在しながら……違った異彩を放つその建造物。


「"大監獄"の地上管理塔──」


 監獄それ自体は地下にあるのだが、当然その管理の為の人員が詰めておく場所が必要である。

 収集した情報によると管理員および刑務官は専任であり、あいにくと誰かと入れ替わるにはリスクが高い。


 しかし中に入る分であれば、一定以上の地位ある者の許可があれば良いことがわかった。

 そして今、既に俺の手の中には"城伯"直下に(つか)える管理役員のサインが(しる)された"偽造書類"があった。



 立哨(りっしょう)している警備兵に会釈(えしゃく)をして鉄扉をまたぐと、さらに鉄格子と壁の組み合わさった部屋へと踏み入る。

 部屋全体を瞬時に視界に収めた俺は、迷う様子を見せずに受付と思しきところまですぐに歩いていった。


「お願いします」


 一言添えて窓口から丸めた羊皮紙の書類を差し込み、俺は静かに周囲の音を聞く。


「……"囚人の資料"ですか」

「はい、早急(さっきゅう)()り用とのことで」

「案内はいりますか?」

「いいえ、大丈夫です」


 案内役がいては自由に探索できないので、丁重にお断りする。

 次に受付の兵士から出された、塔内身分証代わりの木札(きふだ)(カギ)を受け取った。


「では──日落ちの鐘が鳴るまでにお戻りください。持ち出す場合もここで受け付けます」

「承知しました」



 偽造書類がバレなかったことに、ひそかにほくそ笑みながら悠々と俺は歩を進めた。


 筆跡とサインを真似るのは意外と難しい。文字という情報と手癖が、どうしても脳内で意識的に処理しにくいからである。

 しかし書かれたサインを180度回転させて、サインそのものを逆転させた状態で見てみると……さてどうでしょう。


 それはもはや文字ではなく"図柄"になり、齟齬(そご)が起こらず単純に模写(もしゃ)感覚としてコピーできるというもの。


(カプランさんから習った手口……ちょいちょい役に立つなぁ)


 かつては"素入りの銅貨"として、詐欺やら偽造やらあらゆる軽犯罪に手を染めたという、業界では伝説の犯罪者の一人。

 その手練手管(てれんてくだ)は何も、相手の心を(たく)みに読み取って自在に操ることだけではない。


 カプランの技術(スキル)の多くは彼自身の豊富な知識と経験による、造詣(ぞうけい)の深さからくるものではあるものの……。

 日々のなにがしかに役立ちそうな単純(シンプル)な小技なら、俺でも十分に使えるものは色々とあった。



 俺は足で地面にステップを踏むように歩きながら、音波を(はな)って反響定位(エコーロケーション)によるソナー探査を(おこな)う。

 精度は落ちるものの、さすがに床に這いつくばって耳を当てるわけにもいかない。


("大監獄"にはおよそ四つの階層がある──)


 今いる"地上部"には兵員が寝泊まりし、囚人から収集した情報なども保管されている。


 次に真下にあるのが"予備階"、俺が最初に向かおうと考えている場所である。

 そこは監獄とワンクッション置いて管理する為の場所であり、収監前の魔力枯渇や尋問・拷問などもここで(おこな)われるらしい。


 予備階へと続く三つほどある道筋(ルート)の一つを吟味し、俺は人のいない場所を選んで侵入する。

 そして実際に予備階に行く前の階段途中で、"領域"に入るのが皮膚感覚で理解した。



(っし、"天眼"──と)


 共感覚でわずかばかり()える……俺自身から漏出した"空色の魔力"が、一定の流れで床の(ほう)へと向かっているのが理解できた。

 特定領域に存在する生物から魔力を奪い、それを転化して結界を形成する──この城塞都市の(かく)にして最大のギミック。


 大要塞内部で情報を収集していたから、俺が予想していたことの裏取りは既に取っていた。

 それでも実際に体感してみないことには、事象に対してどう策を打てるのかを勘案(かんあん)することはできない。


 俺はその場に留まりながらソナー探査を再開し、自分のやれる限りのことを試しながら……脳内で情報を整理していく。



("予備階"の下──最も広く、大監獄の大部分を占めている"一般囚人獄")


 そこはひたすらに巨大な落とし穴のような空間に囚人が詰め込まれていて、最低限の設備と仕切りがいくつかあるだけ。


 食事などの物資や囚人、あるいは死体を含めた搬出入は、原則として天井部の開閉扉だけで(おこな)われる。

 つまりは現代の刑務所のように厳密な管理がされているわけではなく、一つのスラムのようであり蠱毒のようでもあるのだった。



(そして"特別囚人獄"──コレだな)


 最下層にあるいくつもの独居房(どっきょぼう)めいた空間を、俺は雑把(ざっぱ)ながらも捕捉する。

 予備階から別途で地下へと長く続く階段の先……そこは重罪犯や政治思想犯、あるいは魔力なしでも強靭すぎる肉体を持つ者が収監されるのだとか。

 

(カドマイアがいるのも十中八九あそこだろうな)


 詳しくは資料室の中身を(あさ)って確認するとして──俺はある種の違和感を感じ取った。



「んっ──!?」


 俺は周囲の人の気配と動きを改めて確認してから、床へと耳を()わせ、両手から音波を放出する。

 そしてより高精度のソナー探査によって、浮かび上がったもう一つの事実を見つけてしまうのだった。

 最下層であるはずの"特別囚人獄"よりも、さらに下(・・・・)。およそ5メートル四方に及ぶ"立方体の隔絶空間"が存在していることに──

 

「なんだ? 道がないぞ」


 そして頭の中で欠片(ピース)が合わさるように、大要塞そのものの三次元全体図から俺だけが気付く。


(しかも結界の中心……?)


 まず間違いはない──球状に大要塞全体を形成している結界は、その空間を中心部として構築されていた。

 もっと突っ込んで調べようとも思ったが、新たに近づいてくる気配と会話の端々(はしばし)から断念せざるを得なかった。

 


「んっんー、聖騎士かよ」


 聞き耳から察せられたのは、やって来たのが"女性の聖騎士"であるということ。

 しかも向かう先は予備階のようであり、聖騎士ほどの強者を相手にソナー探査は気付かれるリスクが劇的に跳ね上がるのは明白。


(──この場で争うわけにはいかないな。まぁいい、とりあえずここでひとまず中断だ)


 あるいはシールフが何かを知っているかもしれないので、あとで連絡を取るとしようか。

 学園に引き籠もっていたここ100年については(うと)いものの、それ以前については知識人でもある。


 そうして俺は残りを地道に調べる為に、音を立てず足早に資料室へと向かうのだった。



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