#272 権勢投資会 II
「形としては、わたくしの命令で派遣された調査員となりますが……よろしいですか?」
カラフはこちらの顔色を窺う様子を見せる。
「構わん、上っ面の主従関係など気にしない。そこに実があればいい」
「いやーっはっはっは!! ベルトランさまはそういうところも話が早くて助かります。上辺を気にする者も多いもので」
一転して笑い声をあげたカラフは、上機嫌に……そしてしみじみとそう語った。
「捜査するにあたって注意すべきことはあるか?」
「"権勢投資会"に委任された権限は大きいですので、通常の範囲内であれば問題ありません。しかしながら──」
「しかし、なんだ?」
「期限は不明です。調べたところ最後の"神族殺し"など百数十年前の話ですが、その時も実際に起きた場合の処断は神族に委ねられておりました。
今はまだ神領側から正式な回答がないこともあって、それが不可解さだけでなく不気味さに加え、圧力まで掛けられているようで……」
「気が気じゃない、と」
「はい、神族から正式に調査隊が派遣されたら悠長に調べることは不可能となります。その時ばかりは、ただちにお引き上げを」
「わかった……──この一件は教皇庁と皇国全体をも巻き込んだ大事態にも発展しかねないか」
「でしょうねえ。だからこそ、せめて損を少なくする為に色々と骨を折っているわけです」
シップスクラーク財団としても、皇国が無茶苦茶になるのは避けたいところである。
「もう一つ聞きたいことがあるのだが……囚人に会うことはできるか?」
「それはさすがにムリですね。"上層"囚人であっても面会は不可能ですし、まして大罪人であれば"下層"は確定です」
「犯人にも事情を聴取するのが筋だと思うんだがな」
「収監された経緯からしてもカドマイア・アーティナ本人は、何も知らないと思われますが」
まさか助ける為に会いに行くとは言えるわけもなく、とりあえず突っ込まれる前に話題を移す。
「ところで上層と下層とは?」
「大監獄は要塞の地下にあって、そこが二層構造になってるのです。一般の罪人はまとめて上層に、重要な罪人は下層で個別に管理されるとか」
少なくとも脱獄計画を立てて、それを伝えるということは困難窮まりそうであった。
「大要塞には入れるのか?」
「皇国軍属になり、配属されない限りはこれもムリかと。出入りの業者ですら中にはほとんど入れませんからね」
「しかし要塞都市と言われるくらいだ、民間人がいなくては成り立つまい?」
「中にいる民間人は軍人の家族か、要塞内で生まれた者ばかりです。身分が保証された者でも、正当な理由がなければ入れません」
「権勢投資会でも、手が及ばない領域なのか?」
「そういうわけではありませんが、かなり面倒な場所であるということ……お察しいただきたく」
「よくわかった」
俺はゆっくりとソファーに深く座り、思考を潜行させる。
大要塞──聞きしに勝る堅牢さ。それゆえに付け入る隙と、方法についてを脳内で巡らしていく。
「──まったく、最近になってどんどんキナ臭くて困ります。ほんの一週間前にも、この皇都で少し衝突がありましてね」
ベイリルもといグルシア・ベルトランが沈黙していたことに、なにやら不安を感じたのか……。
あるいは単に場を繋ぐ為か──カラフはふと思いついたように、話題を口にしだす。
「衝突?」
「賊と聖騎士二人がぶつかったんですよ」
「ほう……」
「っ──!?」
それまで静聴していたジェーンがあからさまな反応を見せたのに対し、カラフは興味深そうに問い掛ける。
「どうしました? お嬢さん」
「い、いえ……」
「気にするな、続けてくれ」
俺がそう言うと、カラフは気にした素振りはおくびにも出さずに話を続ける。
「さようですか。幸いにもわたくしは"黄昏の街"で調査をしていましたので、被害に遭うようなことはありませんでしたがねえ。
ただ皇都に帰ってきたら帰ってきたで、いくつかの対応が回されてきまして……つい昨日まで休む暇も取れないくらいでした」
「聖騎士が二人掛かりとは……そんなにヤバい奴だったのか?」
「仔細については伏せられていますが、聖騎士長が犯人の移送の為に皇都を空けるということで、代わりの聖騎士が皇都まで呼び寄せられていたのです。
手透きと言うにはいささか失礼でしょうが、皇都からそう離れぬ所にいた"至誠の聖騎士ウルバノ"さまと、"悠遠の聖騎士ファウスティナ"さまのお二方をね」
ジェーンと俺は──ウルバノとファウスティナ、それぞれの聖騎士の名に違った反応を見せる。
前者はもちろんジェーン本人が世話になった人物であり、俺にとって後者の名は"ちょっとした縁"によって聞き及んでいた。
「皇国でも特一級の指名手配犯……たまたま見つけられたのもそうですが、その場に聖騎士が二人揃っていたことは、聖騎士長一人よりも僥倖でした」
「その手配犯も……運がなかったな」
「もちろんそうなのですが──街の被害こそ些少で済んだものの、聖騎士二人が傷を負ったのが想定外でした」
「怪我をしたんですか!? っあ──ごめんなさい」
ソファーから乗り出すように立ったジェーンは、俺に手を引かれていることに気付き冷静になって非礼を詫びる。
「もしかして、お知り合いですかな? お気になさらず、そしてさしあたりご安心を。今はもう命に別状はないとのこと」
「今は……ですか?」
「直後は少しばかり危うかったようですね。ただなにせここは皇都ですから、強力な治癒術士が多数いましたのでご無事です。
現在ウルバノさまはご自身の生家もある"アガリサの街"へ戻っていて、今の皇都にはお戻りになった聖騎士長がおりますれば──」
仮にも"伝家の宝刀"クラスである聖騎士を同時に二人相手にして、命を脅かすなど……いかほどの強者なのか。
尽きぬ興味が俺自身に聞かないという選択肢を許さなかった。
「何者だったんだ、その手配犯」
「それがわたくしにも皆目わからないのです。おそらくは聖騎士級だけが知るような、名を口にするのも憚られる類の指名手配のようでしてねえ」
「残念だ。もしも生きていたらお目に掛かりたかったものだが──」
「まだ生きておりますが?」
カラフのあっけらかんとした言葉に、ベイリルは思わず感情を露に眉をひそめた。
「なにっ──殺されてなかったのか」
「戦闘自体は痛み分けというところだったようで……ただウルバノさまよりも、先に全快されたファウスティナさまの手によって大監獄へ移送されました。
まあ特一級指名手配犯ともなれば、十分にありうる措置と言えましょう。なにせ罪状如何によっては、表沙汰にできないこともありますから」
(そこまでの危険人物を、処刑せぬまま収監させる意味──か)
処刑するだけならいつでもできる、ということだろうか。
もしかしたら尋問だけでなく、拷問や人体実験のようなことが平然と行われていてもおかしくない。
世界で唯一成り立っている大規模刑務所というよりは、実験施設としての側面を持っている可能性も考えられる。
(ただそれにしたって……どういうカラクリだ?)
聖騎士二人を相手に引き分けるような相手であろうとも、収容しておけるような場所とは謎ばかり。
仮に四肢を切断などして肉体を機能不全に追い込んでしまえば、今度は囚人の管理だけでなく介護にも追われることになろう。
その為の"下層"とやらの個別管理なのだろうか。
(監獄とは名ばかりの処刑場なんてことも考えられるか)
なんにしても神族に引き渡されることを考えれば……少なくともまだカドマイアは無事だと信じたい。
「──さて、概ねの話はわかった。とりあえずカラフ、お前が持つ事件に関する情報はおおよそまとめて書類にしておいてもらえるか」
「承知しました、ベルトランさま」
「それと大監獄についても、可能な限り調べてもらいたい」
「……何を考えているかは存じませんし、知りたくもありません。お調べはいたしますがそのかわり──」
「何か起こっても、お前と権勢投資会は一切関知はしていない──それと……見合うだけの報酬か」
「助かります」
俺はほくそ笑むように立ち上がって、カラフへと告げる。
「報酬なら、既に最高のモノを用意したぞ。ジェーンの"歌"だ」
『……えっ?』
そしてカラフとジェーンの呆気にとられた声が重なったのだった。




