#249 創世竜話 I
「……暇だから昔話でもしよっか」
風竜の背に乗って、大空隙へと向かう途中──白竜イシュトが唐突に提案してくる。
「ボクは今話はまったくできないし、昔を懐かしむしかできないよ」
「緑は地上に干渉しなさすぎなんだよ。いったい何千年降りてきてないのさ」
「だって面倒じゃん。地を這う分には好きにしてればいい、ボクは優雅に空に棲まうだけさ」
そんな言葉を体現するように、緑竜は飛行しているというよりもただそこにいる感じであった。
まさに風の化身と言った様子で、飛ぶという意識すらなく飛んでいる印象を受ける。
「ベイリルちゃん、どうする? 休みたいなら休んでても、わたしはどっちでもいいよ」
「とてもすごく興味があります」
五英傑の一人たる"竜越貴人"アイトエルとの会話にしてもそうだったが、神話や伝承で断片的かつ不完全でしか知られていない時代の話。
それを当人達の口から、当時の出来事として聞けることは、何物にも代え難い価値があろうというもの。
「よーし、じゃあ最初から語ろうか──」
俺は心の中で正座して、全力で静聴する姿勢を取る。
その語り口は幼少期に母ヴェリリアから、物語を読み聞かされたことを想起させた。
「世界にとある一頭の竜がいた。名は無く、誰よりも力を持っていたその竜は、孤高を嫌った」
「ねぇ白、それボクらが知らない話では?」
「いいの、"頂竜"本人から聞いたやつだし」
緑竜の茶々入れに気を取り直して、イシュトは話を再開する。
「その一頭の竜は己の"分け身"として12の竜を生み出した」
「それがボクらだね」
(七色竜が純血種とも呼ばれる所以か……)
頂竜から直接的に生みだされたの竜は、まさに原初に次ぐ存在であり、純血と称されるのもむべなるかな。
「誰ともなく"頂竜"と呼ばれた竜と、わたしたちの下には……さらに多くの獣が集い、長く長ぁ~く暮らした」
「平和だったねぇ、あの頃は──」
「そうして様々な動植物が過ごす中で、ヒト種が新たに力を持ち始めた」
「魔法を使う──後に"神族"と自らを呼称する者たち、ですか」
「そうそう。竜種にも争いはあったけど、秩序をもって決せられた。でもヒトはそんなのお構いなしだった」
俺は何気ない気持ちで眼下に映る"それ"についても聞いてみる。
「ちょうど今見える、"頂竜湖"もその頃にできたんですか?」
ワーム海には数歩譲るものの──自然遺産と言うには、あまりにも大きすぎる巨大湖を眺望する。
"赤竜特区"もこの湖に面していて、帝国だけでなく連邦西部・皇国・魔領とが接している場所。
「あーーーそうだね、アレやったのはヒト側だけど」
「そうでしたか、ではただ単に名残として頂竜を冠しているだけなんですね」
「うん。頂竜は世界も好きだったから、極力だけど破壊しないようにしてたし」
「……なんというか祖先が、すみません」
エルフも人族も魔族も──人型の種のほとんどが元を辿っていけば、神族から派生した種族。
既存の文化を破壊して侵略するという意味では、シップスクラーク財団も神族も大きな意味で同類かも知れないのだが……。
「あっははぁ、そんなの気に病んでもしょうがないよぉ。それにわたしたちは、そんな自由で勝手気ままなヒトに憧れたわけだし」
獣の王とも呼ばれた頂竜が率いし竜族と、後に初代神王となるケイルヴが率いし魔法使集団の、種族存亡を懸けた総力戦。
イシュトは笑い飛ばしたが、まさしく想像を絶するほどの様相を呈したのであろうと。
「本当にイロイロとあった。アイトエルもその頃に生まれて──まっここらへんは本人の口から聞いてね」
「私的なこと、ということですか?」
「そそ、わたしから勝手に言うのは憚られること」
またいつか、近い未来か遠い未来かはわからないが……"竜越貴人"とは会える日は来るだろう。
そしてその時に世間話の機会に恵まれたならば……突っ込んで聞いてみようとも思う。
「──えーっと、それで……ヒトが増えてくにつれて竜族はどんどん追い詰められていった」
「獣ばかりか"竜を隷従させる"者や、"竜そのものに変化"して騙し討ちするのまで出てきたし、本当にクソだったねヒトは」
そう心底から吐き捨てるように緑竜が言う。
「まっ、ね。対抗したり真似をしたり、お互いに疲弊していても……もはや引くことは叶わなくなっていた。だからヒトは先に選んだ」
「先に、選ぶ……?」
「業を煮やしたヒトは、"全てを崩壊させる魔法"を準備し始めたんだよ~」
「とんでもない話ですね」
しかしそんな神族を差し置いて、イシュトが史上最強と語るのが"大地の愛娘"ということに戦慄を覚える。
「それで迷って悩んで……竜族は新天地へと向かうことにした」
「新天地、ですか?」
「そう、ここではないどこか──こことは違う"別の世界"へ行くって」
(別の星じゃなくて、別の……つまり異世界? 地球──には来ちゃいないし)
地球に存在していたら大騒ぎどころではない話である。
まさか太古の恐竜が、実はドラゴンだったなんてこともあるまい。
並行世界や多元宇宙よろしく、世界は無数に存在するのかも知れないとも。
「……なあ白、それって誰が言い出したんだっけ?」
「えっ──と……誰だったかな。改めて考えてみると、そもそも竜族にはありえない発想だし……あれぇ~?」
「別世界への道を開くなんて"秘法"もない。でもたしかに多くの竜族が、見知らぬ土地を求め旅立ち──そしてボクらは残った」
「うん、それは覚えてる。でも誰が言い出して、どうやって行ったんだっけなぁ」
イシュトと緑竜は揃ってうんうんと唸り出すも、答えが出る気配は一向にないようだった。
それはただ単に忘れているというわけではなく──なぜだか抜け落ちているような様子に見える。
赤竜や黄竜ならばあるいは覚えているのだろうか。
(アイトエルが既に生まれていたそうだし、そっちに聞くのが手っ取り早いか)
なんにせよ竜族が片割れ星に移住しているだとか、地底世界を創り上げて居を移しただとか。
そういったことは無いようなのは、ある意味安心であろう。発展の中途で相争う事態は避けられる。
(もっとも種族としての気性傾向を見るに、あるいは共存できるかも知れんが……)
赤竜と火竜と竜騎士の関係のように──とはいえ力を持つ集団というのはそれだけで脅威である。
もしも"文明回華"を悪しく思われては戦争となりかねないし、一部の人間が引き起こしたことに対して種族全体を敵として見られる可能性もある。
そうした不穏な要素が、この地上に無いというのであればそれに越したことはない。
「イシュトさん、竜の秘法でも存在しないということは……協力した魔法使がいたということでしょうか」
「そうなるのかなぁ、なんで覚えてないんだろ」
イシュトが首をかしげたまま、緑だけがグッと顔を俺へ向けるも……俺は触らぬ竜になんとやらを通そうとする。
「おいおい、ヒトよ。話しかけるなって言ったのはボクだけど。そうやって露骨に避けられると、気分が悪い」
(理不尽な……)
そう率直に思いつつも、俺は素直に謝罪する。
「機微を理解できず申し訳ありません」
「無茶苦茶だよ、緑。謝ることないからね、ベイリルちゃん」
「仕方ないから今は発言を許す、ただし舐めた口は聞くなよ」
「承知しました。なんとお呼びすればいいのでしょうか」
「真名は教える気はないし、どうせ発音もできまい。俗世での竜名は緑だけど、今は"人化"してるから……」
すると十数秒と緑竜は沈黙してから、白竜イシュトへと尋ねる。
「えーっと、俗世でのボクの人名なんだっけ」
「たしかぁ──"グリストゥム"だったよ」
「それ、そう! ……だっけ? まぁいいや、じゃあそれで」
「はい、グリストゥムさん。竜の秘法でないのならば……人の魔法ならば異空間移動も可能だったのではないかと」
「知らない!!」
「……はい」
俺はその無体に対しても、ただただ唯々諾々と思考停止して頷くのであった。




