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#242 白色の輝跡 II

 俺は自らの寿命への付き合い方を考えながら、イシュトの言葉へと半長耳をさらに(かたむ)ける。


「忘れるくらいなら、盗まれちゃって気持ちが楽になったのは否定できない。だからとやかく言うこともないんだよ」

「……なるほど」

「でもねでもね、あの()が生まれた時にはなぜだかわかったんだぁ」


 イシュトは打って変わった様子でその瞳は光に満ちるようだった。


「そうなるともう会いたい衝動を止められなかった。不思議だよねぇ? もうずっとずーーーっと前のことなのに」

「母親だから、ですかね」

「だと嬉しいね! それでね、もし……悪意ある誰かの(もと)にいるなら取り戻すつもりでいたんだよ」

「それで俺たちを調べる為に財団へ入ることにした?」

「そーゆーことぉ」


 財団への面接とは、なんだが逆のような立場で俺は質問する。


「俺は合格、ですか?」

「うん! アッシュって名前もいいね。少し不思議な響きだけど、気に入ったよ」



 そこで俺は思い至ったことを、彼女へと率直に聞いてみる。


「あの……もしもイシュトさんが元々考えていた名前があるなら──」

「いっやぁ~もう忘れちゃったよ、それほどまでに長い(あいだ)だったもん。それに竜の名は人の姿じゃ発音できないし」

「っ……そうですか、なんにせよアッシュがやたらと(なつ)いていた理由(ワケ)がよくわかりました」


 母と子であるならば、波長が合わないはずはなかったのだ。


「当時はわたしと黒と……蘇らせる為にイロイロ試したんだけどね。生き返らせる為に魔王具だって探したよ」

「……蘇生の為の魔王具!?」

「そっそっ名前は忘れたけど、なんでもぉ……──"命を与える指環(ゆびわ)"だったかな」

「っ──んなトンデモな代物(シロモノ)まであるんですか」

「みたいだね、アイトエルも最後に創られたやつって言っててぇ……あいつもドコにあるか知らないって」


(魔法であり膨大な魔力をリソースとする以上、自由に使えるものではないのだろうが……)


 五英傑に比すれば"危険等級(リスクランキング)"は下がるものの、魔王具がバランスブレイカーであることに相違ない。



「ねぇねぇところでベイリルちゃん、どうやってアッシュ(あのこ)を蘇生させたの? 魔王具を見つけたわけでもないんでしょ」

「んぇ……えっとですね──」


 数瞬ほど言い(よど)んでしまうが……今さら下手に誤魔化しても意味がないだろうと俺は正直に告白する。


「俺を含めた四人で蘇生させたんですが、その前段階として──トロル細胞を使いました」

「トロルを? ……さいぼう?」

「あーーーえっと、細胞ってのは人体を構成する極小の要素で、蘇生させることができたのは言わば再生医療の一種で──」


 とりあえず単語を並べ立てて見るが、イシュトは疑問符をひたすらに浮かべ続ける。

 まともに理解するには財団の知識群にどっぷり浸かる以外にないだろうと思う。



「ベイリルちゃん、簡単に言ってくれる?」

「はい、要するにテクノロジーです。財団スゴイ、財団バンザイ」


 とりあえずそういうことにして誤魔化す。

 むしろそこから興味を持って考え直し、財団に留まってくれるという淡い期待を込めて。


「ふっふーん、わからないけどわかったよ。トロルの再生力を利用したってトコだけ!」

「そうですそうです。トロルのおかげと、アッシュの生きようとする活力によるものです」

「そっか、そうだねぇ。これからもアッシュ(あのこ)をよろしくね」

「アッシュのことを思えば、母であるイシュトさんと一緒にいることのほうが──」


 俺は途中まで紡いだ言葉を、イシュトが左右に振った首で制される。

 そこにこそ……イシュトが財団を抜けると言い、決意を込めた瞳を見せた理由があるのだと察しえた。



「──ベイリルちゃんって、生まれ変わりを信じる?」


 話に繋がりがあるのか、イシュトはそんなことを唐突に問うてくる。


「つまり……来世(・・)ですか?」

「それそれ」


 流転する魂──"輪廻転生"──異世界でも誰あろう、魔王具の発案者たる二代神王グラーフが唱えたという。

 神王教グラーフ派の教義の基礎を成している一つであり、秩序と善行をもって日々を生きることを(むね)としている。


「まぁ……存在しますよ、断言します。それが自分の思う通りに叶うかは別としても──」


 なにせ俺自身が異世界転生者であり、大魔技師や血文字(ブラッドサイン)もそうである。

 ただし同じ世界に転生するかもわからないし、俺以外の地球人の大多数がどうなっているのかもわからない。


(あるいは全員が前世持ちで、俺みたいなのが何かのイレギュラーで記憶を取り戻したなんて可能性もあるが……)


 遠い未来の研究によって明らかになり、あるいは"世界間移動"が自由に可能となる日も来るかも知れない。

 しかしながら、少なくとも現状はまったくもって不明としか言いようがない。


(そもそも俺が地球で死んだのかどうかすらわからんしな──)


 臨死の記憶は、シールフでも掘り起こせなかった。


 突き詰めれば人間とは単なる化学反応の集合体であり、記憶や人格は脳を形成する神経細胞(ニューロン)における電気信号のやり取りでしかない。

 それでもなお転生という形で思考しているのは何故なのか、本当に俺は転生してきたのかとすら思えるほどあやふやな心地。

 いずれにしても現状では、便宜上(べんぎじょう)"魂"と仮定義するモノだけが、ひょっこり転移したと考えるしかない。



 生まれ変わりと来世は存在するという俺の言葉に対して、イシュトは意味ありげに笑うとあっけらかんと告げてくる。


「ふっふーん、そっかぁ。そういえばベイリルちゃんって"転生者"だったもんね」

「……っえ!? 何故それを──」

「あっやっぱり? やっぱりぃー? カマかけてみただけ~」

「っ……く、俺としたことがなんて初歩的な」


「なんとな~く、態度でそんな気はしてたんだぁ。"アッシュ"って名前も、もしかしてってね?」

「ご明察、恐れ入ります」

「フフンッ、これでもアイトエルより長生きですから」



 鼻を鳴らして得意げに可愛げを見せるイシュトに、俺は一人言のように問い掛ける。


「つまりイシュトさんも……過去に俺のような人を見たことがある、と」

「そーゆーこと、本当に(まれ)だけどね──歴代の"英傑"の数よりもてんで少ない」


「……やはり希代の強度と功績から"英傑"と呼ばれ、伝承として残されるの人間と違って──"転生者"は埋もれたまま死んでいるのも多いんでしょうね」


 頭角を現せる環境にないまま、沈んでいくことは十分に考えられる。

 なんせ俺自身、幼少期から危難に見舞われた。今の生活があるのは本当に恵まれた部分が大きい。

 炎によって死んでいたり、奴隷として一生を囚われたり、狂信者として洗脳されていたかも知れなかった。


 そして知識があろうとそれを行使する(ちから)を備えなければ、机上の空論でありハリボテにしかならない。

 だからこそ早々にゲイル・オーラムと出会えたことが、"文明回華"における最大にして最良の出会いであったと(せつ)に思える。



「かもかも。まっ英傑も転生者よりは多いとは言っても……覚えている限り百人もいなかったくらいだけどね!」


 それでも過去100人もあんな化け物が生まれてきたと思うと、今後の"文明回華"の道が恐ろしいというものだった。

 俺自身──"伝家の宝刀"を相手になら抑止力となれるものの、"五英傑"に対しては五英傑級の対抗戦力が必要となる。


(迷宮制覇の願いは一つだけ残ってるが……"無二たる"がその手の頼み事を、素直に聞いてくれるとも限らんし)


 あくまでカエジウスの興が乗るかどうかであり、それすらも歪めて叶えられる場合もありえよう。


「それでも英傑は一時代に十人くらいだったかな、当時の大魔王や魔人も巻き込んで覇を争ってた時期もあったくらいだからね」

「あー……"地図なき時代"ですか」

「一方で転生者は少なくとも同時期に何人も~なんて見たことも聞いたこともないし」


 それはアイトエルからも話に聞いていたところであった。それゆえに──


(俺と"血文字(ブラッドサイン)"が同じ時代どころか同じ場所に存在し、あまつさえ出会うとは……)


 なにか引力めいた運命のようなナニカを感じざるを得なかった。



「ところで、その頃はアイトエル殿(どの)も既に……?」

「あいつが(かぞ)えられたのはもう少しばかり後だったかな、あそこまでのヤンチャ(・・・・・・・・・・)はしてなかったハズだよ」

「うっすらと本人から話に聞いた程度ですが……昔は本当に弱かったんですね」

「だよー。だからこそアイトエル(あいつ)は本当の意味で強いと思う」


 五英傑は"規格外"であると思考停止してしまうのは──実のところ良くない傾向だろう。

 それはつまるところ、有ること無いこと勝手な想像を(ふく)らませて、絶対に抗し得ない存在であると決め付けてしまうことだ。

 真に全能な神というわけではない。一個生命である以上は、単純強度だけでないやり方もある。

 

「ただなんにしても……"大地の愛娘"」

「ルルーテさん──凄かったですね、地上最強と言われるのもよくわかります」


 しかし実際にこの眼で見たモノ、体感したモノであればその限りではない。

 "断絶壁"を作り出し、ステップ一つで"地殻津波"を引き起こして魔領軍を撃滅した人物。


「いやぁ、あれは地上最強どころじゃないね」



 俺は眉をひそめて首を(かし)げつつ、イシュトの次なる言葉を待つ。


「とーぜんだけど、わたしたち"七色竜"でもまるで相手にならない」


("現象化の秘法"とやらをもってしても、か。……つーか黄竜も全力なら"雷化"できてたってことだよな)


 想像するに恐ろしい。あくまで迷宮の最奥にて挑戦者を待つ、という役割を与えられていただけに過ぎなかったのだ。

 真に全力であれば討ち倒す手段などなく、それを使役している"無二たる"カエジウスもまたいかに異常極まるかということ。


「だからこそ──」


 ともするとイシュトがどうにも読みきれない表情を浮かべて言い放った。


彼女なら殺せる(・・・・・・・)んだ、"黒竜"をね」


 映る瞳の色は(よう)として知れず、俺は掛けられる言葉を失ってしまったのだった。


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