#227 テクノロジートリオ II
「よぉゼノ」
「ぜの」
「ゼ~ノ~遅いよ~」
俺、ヤナギ、リーティアにそれぞれ呼ばれ、ゼノは肩で息をしながら答える。
「リーティアがいきなり走り出すからだろうが!」
「だって~ベイリル兄ぃに早く会いたかったんだもん」
愛い妹はさておき、俺は浮いた状態から屋上へと一旦着地する。
そしてゼノに問う前に、テクノロジートリオの最後の1人が顔をだす。
薄い桃色の長髪を左右のツインテールでまとめ、相変わらず気怠そうな表情を浮かべていた。
「うーっす、久しぶりーベイリっさん」
「あぁ"ティータ"も元気そうでなによりだ」
「てーた」
腰に巻かれたウェストバッグには、様々な種類の工具が挿さっているのが見える。
俺が教えた地球産のそれを、数多く再現したようだった。
「で、何がダメなんだ? ゼノ」
「ことゴーレム作製について、リーティアの才覚によるところが大きいんだよ。現状では誰も真似できない。
んな事細かな調整を……まして大量になんて、時間の浪費だ。他にやることが山ほどあるんだから、注力する暇はない」
「そこをそれ、なんとかするのがゼノの仕事っしょ~」
「そうっすよ、自分らは作るだけっす」
「おれにだって限度ってモンがあるっつの!」
懐かしい3人のやり取りに俺は破顔一笑に付しつつ、至って真面目な抑揚で尋ねる。
「人手や資金は足りてるのか?」
「資金はまぁまぁ十分だ。ベイリルには融通利かせてもらって感謝してるよ」
「それは別に気にするな、ノビノビとやってもらいたいしな」
「やっぱり人手不足だよね~、数はいても質が足りない! 学園時代から見てはいるけど、ウチに並べるのゼノとティータだけだもん」
「ふぅむ……同期でなくとも、せめて"大魔技師"における七人の高弟のような人材でもいれば──」
「いやリーティアを"大魔技師"に例えるのは、いくらなんでも言い過ぎだって」
「アマルゲルくん、ゴー!!」
リーティアの命令で流体金属がゼノに絡みつくと、そのまま首から下を球体のように覆って回転し始める。
「どわぁあああああああやあぁぁあああめえぇぇぇええ──!?」
コマか、竜巻か、はたまた遠心分離機か……いつものことでリーティアも加減は知っているだろうと、とりあえず捨て置く。
「ままっウチが"大魔技師"並か、それ以上かはさておいて」
リーティアがパチンッと指を鳴らすと、ゼノは徐々に回転が下がっていく。
「たしかに大量生産となると、付きっきりになっちゃうし飽きちゃうかも?」
「やっぱいろんなモノを試してるほうが、自分らの性に合ってるっすよねー」
「っずぅ……へぁ……ふぅ、そういうことだ」
解放されたゼノは両手と両膝を地につきながら顔を上げる。
「それで……代わりとなる人材は在野からもいない、と──大丈夫か、ゼノ?」
「あぁ問題ない。いかんせん既存の体系や概念に凝り固められてるのが多くてだな……受け入れられにくいってもんだ」
「つまり頭が固いわけか」
「そういった手合は相手するのも煩わしいし、気を遣うのもバカらしい」
それらは商会発足時から、今もなお継続している問題の一つであった。
現代知識を利用するにあたって、儲かるだとか効率化を説いて快く受け入れられるかというと大違い。
むしろ固定観念に囚われていたり、既得権益を守る為に拒絶されたりといったことは珍しくないのだ。
(俺はたまたまオーラム殿と出会えて、シールフによって記憶を発掘できたが──)
実際的に現代知識チートなんてのを行うには、数多き障害を飛び越え、時にぶっ壊していかなくてはならない。
根拠や実績を示して理解と納得をさせ、さらに資金に資源に土地に時間、思想や宗教問題すら関わってくることもある。
だからこそフリーマギエンスという既存の枠から外れた新機軸の宗教思想と、シップスクラーク財団という物質的に力ある組織が必要だった。
それでもなお不足している部分は少なくなく……理解と受容と協力、試行と実践と改良は、世界征服でもしない限りは付いて回ることだろう。
「まぁあれだ……俺でできることなら何でもするぞ。嫌な思いをするようなら、いくらでも排除する」
「いいさ別に、やっかみはどうしたってついて回るってもんだ」
(ふぅ~む、どうしたものかね)
諦観にも似たゼノの様子を見て、俺は一考する。
テクノロジートリオの、自由な感性と新鋭的な才覚を垣間見て……。
新しきを受け入れ難く古きに固執し、あまつさえ若き才能に嫉妬でも覚えられたなら。
あるいは通り越して手前勝手な恨み辛みで、雑音として邪魔をすることになれば。
(財団と"文明回華"にとって最大級の損失だ……)
そういった事態は断固として避けねばならない。
「あー……それとベイリル、"技術的信頼性"の問題も決して小さくないってのが懸案事項だ」
「それはつまり技術を見せるに値するだけの技術が足りてないってことか?」
「おれらは財団にとって最高機密の特許を、直接的に扱うわけで。新しく取り入れる技術の為には、前提となるテクノロジーを理解できないと始まらない部分が多々ある。
また適切に取り扱う為には、人格面だけじゃなく高度な知識と技術的が要求されるんだ。おれが何人にも遍在でもできるなら監督することもできるんだが、現状で手一杯だ」
「なるほどな──よくよくわかった」
そこで俺は1つの具体案が思い浮かび、モノは試しと提案する。
「安心しろゼノ、良い解決策を考えた」
「聞こう」
俺は一拍置いてから、得意げな顔を浮かべて案を口に出す。
「保護した子供たちを登用するってのはどうだ」
「……は?」
言うなれば俺が最初に学園生活を送ることによって、人材確保と人脈形成にあたった側面にも通じる。
なるべく余計な色や雑味がついていない若い人間だからこそ、魔導科学も浸透しやすいというもの。
「信頼できる高弟がいないなら、0から育てればいいじゃない」
「ベイリル、おまえはなにを言ってんだ」
「"大魔技師"とて最初から彼の叡智についてこれる者が、都合よく七人もいたわけじゃあるまい」
「まあ……そりゃ、そうだな」
「財団の知識・技術とフリーマギエンスの思想に染め上げれば、秘匿技術を開示してもまったく問題ない優れた人材を確保できる」
「それで──つまりだ、おれらに手ずから教育しろっての!?」
「他に誰がいると」
難色を示すゼノとは打って変わって、リーティアとティータは好感触を見せる。
「ウチと七人の高弟!」
「師匠って呼ばれるのは悪くないっすね」
「まっゆくゆくは以心伝心な直属の子飼いだ、先行投資だと思えば安いものじゃないか?」
「おいおいベイリル、長命種の感覚でモノを言うなよ。何十年掛かるんだっての」
「そこまで掛かるまいさ、なにせ──」
俺はフッとほくそ笑むように、人差し指を立てる。
「師が一流ならば、弟子も一流になるもんだ。"プラタ"が良い例だろう」
ゲイル、シールフ、カプランの直弟子にして、多才な能力を見せる財団の申し子。
学園時代にもフリーマギエンスにて、ゼノらを含めた色々な人から様々なことを教わってきた少女である。
「それにアーセンが厳選していた奴隷候補、素養は優秀なはずだぞ。ヤナギもだもんなぁ~」
「ゆーしゅー」
俺はヤナギを肩車してやると、頭を両手でポンポンッとはたかれる。
「師は弟子を育て、また弟子も師を育てるとも言う。監督するんじゃなく親身になって教えることで再認識できること、見えてくることもある」
「それっぽいことを言うな?」
「教団時代にリーティアに教えていた時も、俺自身拙いながらそんなもんだったさ」
『いぇーい』
俺とリーティアは互いに何も言わずとも、自然な流れでハイタッチする。
「そして今もな」
付け加えた俺の言葉に、ゼノの視線が上がってヤナギへと移る。
「んんん……体ができあがらなくても、検算や見直しにならたしかに使えるか。それだけでも作業効率は上がるっちゃ上がる」
「いいんじゃないっすか? 即戦力は別にしても、信頼できる未来の助手はいたほうがいいっす」
「ウチも子育てしたい! 教育用のゴーレムも作る!!」
3人とも乗り気になってきたところで、俺は話を付け加えていく。
「まあしばらくは見学だけさせておいて興味を持たせる。その後は一旦サイジック領で初等教育を受けさせればいいさ。
ちょうどジェーンが連れて来た孤児たちといる。一緒に学ばせてから専門工程として指導していくとかな」
「たしかに意外と悪くない……のか? ただあんまりにも環境要因が一緒だと、発想の幅が狭まる可能性がある──」
「まぁそこらへんは、財団の各部門に不定期に派遣できるよう口添えしとく」
「んなら、助かる」
「おうさ。しかしなるほど……多様性、か」
画一性が生む強さもあろうが、個性が集まってこそ生まれるモノもある。
そういった按配を考えていくことも、弟子育成においては重要であろう。
「ジェーン姉ぇにも会いたいなー、ウチも行っちゃおうかな?」
「久しぶりにみんなで集まりたいっすね~」
「なぁベイリル、サイジック領で研究・開発はできるのか?」
「無論、いずれ最新の設備を整えるさ。今はまだ復興段階だけどな」
ともするとリーティアが狐耳と尻尾をピンッと張る。
それは料理の香りが屋上にまで届いてきているのを、俺とほぼ同じくして嗅覚で察知したからだろう。
「さてっと──それじゃ話の続きは食事をしながらにでもしようか」




