#223 強き者 II
「っふぅ~う……死体どころか肉塊すら残らんかったな」
俺は握り込んだ唯一の脊髄部を放り捨て、クレーター部より無傷のまま地面へと跳躍し着地する。
"六重風皮膜"のおかげで返り血も汚れ一つもない。
しかしながら"ライディーン・プレッシャー"を使った衝撃余波によって、"風皮膜"は全て霧散していてまだまだ調整が要りそうであった。
(さてまずは魔領側から……)
なかなかに不恰好極まりない形にはなるが、セミのように壁に張り付いて延々と"反響定位"するのが最も把握できるだろう。
「グゥガァァァアアアアアッ!!」
「っと──」
俺は両脚と左腕が部分獣化した黒豹の炎爪を、生身のまましっかりと身躱す。
「ハァ……ふぅ……てめぇええええ」
「やるね、生きているとは思わなかったぞ」
火傷を負い、右腕が潰れているが……それでもなお掛かってくる余力を残し、"部分獣化"している黒豹・兄。
(焦げ付いても猛者か、生かしといても後々面倒だからどのみち殺すけど……んっ?)
さらに高速で接近してくる気配を感じた俺は、一度距離を取りながら"無量空月"を抜き放って黒豹・兄を牽制する。
「派っ手ェ~に面白そうなことやってんねェ──」
新たに現れた人物は舌なめずりをするような笑みを浮かべたまま、俺ではない方を注視する。
「って、おっまえ随分とボロボロだが……もしかして黒豹かァ?」
「……"ロスタン"、ハイエナ野郎が」
(こいつがロスタン──? ソーファミリーの"兇人"か)
黒豹・兄の言葉で、俺はゼノが話していた男の名前を思い出しつつ観察をする。
両腕だけが血にまみれているが、奴の血液じゃないことは"入り混じった異臭"でわかった。
壁外の魔物か……あるいは魔族相手に、暴れていたというところだろう。
身のこなしから見るに、黒豹兄弟よりは確実に強そうだった。
「兄か弟かどっちかはわからんが、片一方はどうしたんだよ、ああ~?」
「ロスタン……てめぇブッ殺してやる」
「かっはっはっはっは!! 死んだか? なあオイ死んだのか?」
「こンッの──」
ロスタンの挑発に対して、殺意を乗せて飛び出した黒獣を──俺は延長させた"音圧超振動ブレード"にて斬断する。
「相手を間違うなよ」
ここでケンスゥ会とソーファミリーが戦争にでもなろうものなら、面倒なことにもなりかねない。
俺は黒豹を真っ二つにした"太刀風"を納刀する形で消しつつ、新たに対峙した男を観察する。
スラリとした長身のシルエットに、肩くらいまでの黒長の髪を後ろで結んでいた。
額の見える表情には自信が貼り付けられていて、濃いブラウンの瞳が爛々と輝いている。
「おっほほォ~~~やるねェ。ところであんた何者だァ?」
「俺に勝ったら教えてやるさ、"兇人"ロスタン」
「オレの素性は知ってるのか。まっいい、いいさ」
(成り行き上、黒豹兄弟を殺した。組織間のパワーバランス考えると、こいつも殺したほうがいいな)
そんなことを考えていると、脱力したロスタンはこちらを見つめて問いかけてくる。
「おまえさ、殺したい相手ってどんな奴だ?」
「はぁ……? まぁ必要があったら誰でも殺す。今まで殺したい相手なんてのは──あぁ、一人いたわ」
"女王屍"が唯一絶対の殺意をもって、その命脈を断ち切った。
他は"イアモン宗道団"の教徒を含めて、野望に差し障るから殺したに過ぎない。
「へェ……んでェ? ソイツはどんな奴だったんだ?」
「俺の家族に手を出して殺しかけた。そいつだけは明確に私情の混じった殺意だったな」
そうでなくとも女王屍は危険であったし、殺意がなくとも殺すしかなかった。
そしてより強かった俺達の連係魔術によって──奴は跡形もなく、遺恨もなく消え去った。
「かっははは、なるほどね……ところで、おまえの家族はどこにいる?」
「その一言だけで、俺はお前を殺してもいい」
「いいねェ……おれが殺したいのは、おれを殺そうとしてくる奴さ」
ロスタンと話していると──また"新たに空からやって来る影"を俺は察知して、わずかに視線を上にやった。
その反射的な動きにロスタンもつられて上空へと顔を向けると、時置かずして新たに"ローブを纏った男"が現れる。
「魔物を狩るだけでは飽き足らず……あなたは一体なにをやっているのですか、ロスタン」
「オレにィ、指図すんじゃねェよ"マトヴェイ"」
(おいおい今度は"混濁"のマトヴェイってやつか、同じソーファミリーで……しかも飛空魔術士か)
マトヴェイは浮いたままこちらを一瞥だけして、ロスタンと話し始める。
「指図ではありません、問うているのです」
「てめェには関係ねえだろ。そもそもだ、わかりきったことを聞くなや」
「たしかに……愚かな問いでしたね。ただしあなたに聞いたことが、です」
「あぁあぁ、そうだな。てめェこそなんでこんなトコにいやがんだ」
「謎の爆音と衝撃が響いたのです、魔領側とはいえ確認するのが当たり前でしょう」
「チッ……神経質野郎がよ」
(しかしまぁ次から次へと……──呼び込む原因を作ったのは、派手にやらかした俺だけども)
ロスタンとマトヴェイのやり取りを横目に、俺は2人の気性と戦力を把握する。
するとマトヴェイの視線が真っ二つになった死体へと向き、それから俺へと視線が移された。
「黒豹兄弟……アナタがやったのですか? 見知らぬ御仁」
「そうだよコイツだよ、今からオレが殺すからてめェは黙って見てやがれ!!」
マトヴェイの問いに、俺より先に答えたロスタンが、言い終わりと同時に地を這うように突進してきた。
俺は"六重風皮膜"を張り直さず──生身からの全感覚を通じて──"天眼"を発動させる。
そうして中下段から迫るロスタンと、上空からのマトヴェイの攻撃を同時に躱した。
「人の獲物を横取るつもりならよォ……いい加減てめェも殺すぞ、マトヴェイ」
ゴキリとロスタンが肩から指先までを鳴らし、空に浮くマトヴェイを威圧する。
「見知らぬこの男がソーファミリーを陥れる為に、ケンスゥ会を焚き付けた可能性を考慮するならば……。
ここは確実に殺しておくのが筋というもの。堪えなさいロスタン、すべては父親の為です」
「てめェがオレに親父を語るんじゃねェ」
わかりやすい戦闘狂気質と、慎重で冷静な保守派の対立構造。
両者の不和を利用して争わせることもできそうだが、さすがに手間が掛かる。
俺はゆっくりと息吹を共に"六重風皮膜"を纏いながら、両手でチョイチョイッと手招きする。
「ふゥー……いいからまとめて掛かってこいよロスタン、マトヴェイ。どのみちお前らを逃がす気はない」
「大言は身を滅ぼしますよ」
被ったフードの下から冷ややかな眼光を向けてくるマトヴェイに対し、俺は不敵に笑う。
「過言じゃあないさ、二人合わせても俺の方が強い。俺が狩る側だ──」
「逝っとけェ!!」
安い挑発に乗り、先んじて突っ込んできたロスタンへと……俺は最速反射の切り返し技で迎撃する。
「"アトウィィィンド・カッタッ"!」
右足で地面を蹴り込みながら、鋭き風の刃を伴った上円軌道の右回し蹴り。
かち上げられたロスタンに対し、さらなる追い討ちの左脚で蹴り上げ、肉体を引き裂いた。
追加で空中回転しながら踵落としを叩き込み、ロスタンは地面へと豪快に突っ込んでいく。
「ノイジィー……」
間断なく空中でパンッと手を胸の前で打ち合わせた俺は、両腕をそのまま真横に大きく開くように後ろまで伸ばす。
両の掌にはそれぞれ増幅された音が、渦巻くように振幅を繰り返し続けていた。
「ウェイブ!」
両手を合わせるように前へと突き出しながら、発生させた音圧振動を合成して撃ち放つ。
それは一拍反応が遅れ、魔術を使わんとしているマトヴェイへと無慈悲に吸い込まれる。
音空波のように内部振動はほとんど伴わず威力もかなり落ちるが、外部破壊の飛び道具としてノーリスクでぶっ放せる魔術である。
「っっ──!!」
マトヴェイは叫び声を上げているようだったが、空間に走るジギジギと軋むような雑音によって掻き消される。
空中から墜とされたマトヴェイは、無様に地べたを這いずる力もなくなっているようだった。
俺は着地したところで、自分の異常に気付く。
(って、おぉう……足ぃ捻られたか、あの一瞬の交錯で)
"刹那風刃脚"を喰らいながらも、"六重風皮膜"の上から強引に極めにきたロスタン。
"兇人"という二つ名は、己の身を顧みず相手を殺すことに一念を置いているゆえのものか。
「間違いなく手応え、もとい足応えはあった──」
俺はそう口にしつつロスタンをぶっ飛ばした方向へ視線を移すと、ジャリッと立ち上がる音が聞こえる。
「けど、思ったよりも強いなロスタンくん」
「殺す」
自分の血によって赤に染まった男、"兇人"ロスタンは──首を左右に振り鳴らしながら、歩いてくるのだった。




