#14 洗礼
深夜──片割星が最も近付く日であろう、最も美しく見える時間帯。しかしそこは暗い地下であった。
教徒である道員でも一部しか入れない、荘厳で静謐だが……どこか重苦しくもある空間。
4人の子は膝をついて祭壇の少し手前で傅き、道士とセイマールは祭壇の直近に立っている。
「ベイリル、ジェーン、ヘリオ、リーティア。今宵、お前たちは我々の真の意義を知る。そして洗礼を終えた暁として、魔術による契約の儀式をおこない正式に"道"の中へと迎えられる」
粛々とセイマールは告げ、道士は祭壇へと向かい血を一滴……そして詠唱をおこなった。
薄暗い地下空間に魔術紋様の光が浮かび上がると、中央に祀られているかのような石棺が開いていく。
道士は中の物を手に取り4人へと見せる──それは"剣"であった。
「これは我らが全てを捧ぐ存在。第三代神王ディアマ様が創りし"魔法具"──永劫魔剣──だ」
セイマールはその魔法具から目を離したくない衝動を抑えながらも、子供達へと説明を続ける。
──三代神王ディアマ。歴史上4人存在する神王の中で、最も在位期間が短い王。
しかして魔族が全盛期であった最も激動の暗黒時代を潜り抜けた、政戦両略の王。
魔力災害――魔力の暴走・異形化や枯渇という事態に遭いながらも、分裂と戦争に際してその覇をもって制した最も気高き王。
「この魔剣は人族には永劫達し得ぬほどの、最高純度の"魔鋼"によって形作られておる。その刃は無限に魔力を循環させ、その柄は魔力を無尽蔵に増幅させ、その鍔は膨大な魔力を安定させる。
増幅・安定・循環。永劫に終わることなき魔力を用いて、ディアマ様は全てを捻じ伏せた。かつて全力で振るったその一撃によって大陸が斬断され、今の"極東"が切り離されたのも不変の事実なのだ」
道士は夢を語る少年のような瞳で、"魔法具"の偉大さと素晴らしさを熱弁していた。
しかし話し終えると、そんな顔も滲んでいくように曇っていく。
そして剣を改めて子供達の前で掲げる──刃と鍔しか付いていない──その不完全な剣を。
「しかし見ての通りこれは不十分。増幅器たる"柄"が欠けてしまっているのだ。それを完成させるのが、我らが"道"にとって第一義とも言うべき使命である」
道士はセイマールに魔剣を手渡し、子供達へ目線を合わせて一人一人の瞳をじっくりと覗き込んでいく。
「ふむ、わずかに揺らぎは見えるが……なるほどセイマールが認める通り、十分に据わっておる。確かにこれならば問題なかろう。"洗礼"を行い、お前たちは我らと真に同志となるのだ」
◇
道士とセイマールに続いて中庭へ出てきたジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア。
4人を十字の描かれた道の先に、それぞれ分かれて並び立たせる。
周囲には現在屋敷内にいる宗道団の人間達が集い、十字道の中央には一人の少女が寝かされていた。
(……道員の集まりが悪いな、強制参加ではないとはいえ──)
生徒達においては皆に祝福してもらいたかったが、それも致し方ない。
実際このわたしが道士より身贔屓されている、と感じてしまう道員がいるという話もある。
つまり子供達がどうこうではなく、単にこのわたしへの当てつけでもって集まらないというだけだ。
わたしは4人を中央へ行くよう促し、歩き出す成長した生徒達の姿を見つめながら口を開く。
「ジェーン、ヘリオ、ベイリル、リーティア──……分けなさい」
わたしは抑揚をつけることもなく、いつもの調子のままそう告げる。
それぞれ足元にある大振りなナイフと、洗礼独特の雰囲気に呑まれているのか。
ジェーンもヘリオもベイリルもリーティアも、動揺を隠せず露にする中でジェーンが口を開く。
「わ、分けるとは……?」
「4人で贄を分けるのだ。均等になるように……丁寧にだ」
薄っすらとだがまだ意識が残っている少女。手塩に掛けて育てた子らのちょうど半分くらいの年の頃。
研ぎの悪い刃物を用いて切断する共同作業、どの段階で命を絶つかは自由。
"贄"の肉体だけでなく、存在そのものを四人で分割する。
その血肉を永劫魔剣へ供物として捧げることで、"精神の洗礼"と相成る。
次に魔術具を用いて相互意思による魔術契約を行い、"肉体の洗礼"が完了する。
精神と肉体の両方を介し"道員"として認められる為に、これから共に道を往くための道。
「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」
「……?」
わたしは思わず呆気に取られ、疑問符を浮かべるしかなかった。
「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。そんな"吐き気をもよおす邪悪"な教団ってのはさぁ、自らの不徳をもって消え去るべきだろう」
誰あろう生徒であるベイリルが……状況にそぐわない言葉を発している。
今まで見たことも無いような雰囲気で、臆すこともなく整然と雄弁に──
そしてベイリルの言葉は、なによりもジェーン、ヘリオ、リーティアらに語りかけるようにも見えた。
「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの敗けだ」
まるで"洗礼"が間違いであると、我々が消えるべきだと……そう言っているのか?
背信行為とも呼べるその物言いに、沸々と湧き上がる怒りと共に理性が戻っていく。
優秀な我が生徒であっても、これほどの冒涜は許されざることである。
「どういうつもりだ? ベイリル」
「因果応報、お前たちはここで乾いて逝け。はァー……──」
明確な敵意の言葉と共にベイリルは大きく溜息を吐いた──瞬間に異変は始まった。
「なっ!?」
突如として周囲にいる道員達が次々と倒れていった。
まるで糸の切れた人形のようにぷっつりと、一瞬で崩れ落ちていく。
立っているのはたちまち、自分と道士だけになってしまった。
その異様な状況を作り出したと思しき生徒を、改めて睨みつける。
「茶番は終わりだ。セイマールさん、今までどうも」
「ベイリル……きさまッ」
「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……でも俺は"家族"の為に容赦はしない」
わたしはたった今踏みしめていた場所から、瞬間的に飛び退いて離れていた。
反応できたのは──反射よりも先に恐怖したからだったかも知れない。
ベイリルの見せたその冷え切ったその双眸に、どうしようもない畏怖を感じたのだった。
先ほどまで隣に立っていた道士は、他の道員達と同じように地に倒れ伏す。
距離を取った遠目にも既に事切れているように見えた。
今までそこに確かに存在していた筈の世界が、足元から一斉に崩れ落ちていくような気分。
「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」
我知らず手に持っていた永劫魔剣を起動していた。
教義の絶対象徴たる魔法具を使うなど、本来では許されざる不敬。
しかし己のありったけの魔力を放出し、喰らわせる。
永劫魔剣は不完全ながらも、魔法具としての効力を発揮し始める。
増幅器のない中途半端な状態では、通常は起動することはない。
ただわたしは魔術具製作の専門家であり、"魔法具の調整"を心得ていたことに他ならない。
不完全な状態で使ってしまえば、また最初から"調整"に時間を掛けねばならない。
今こうして使っているだけでも……ジリジリと命が削られていく感覚がある。
それでも、今、ここで、確実に──ベイリルを殺さねばならないという使命感に満たされる。
尋常ならざる切れ味と硬度を帯びたその剣を──得体の知れない──かつて生徒だった少年を両断すべく。
「繋ぎ揺らげ──気空の鳴轟」
少年は既に臨戦態勢を整えていた。こちらへと差し向けられ、組まれた両手。
それは風圧衝撃の魔術でも風擲斬の魔術でもない、わたしが初めて見るものだった。
教師であった己が知らない……ベイリルが巧妙に隠していた別の──
もはや子供でも生徒でもない、一人の敵である男の詠唱の終わりと同時に思考は消失する。
そうして我々の大願が成就する日は──永劫迎えられることはなくなったのだった。




