#221 断絶壁街 III
「話は聞かせてもらったわ!!」
「いしと、あっし」
カッカッと小気味良い足音で近づいてきて、テーブルを囲むイシュト。
ちょうと食事を終えたヤナギの太ももに、アッシュが乗っかる。
「いや、え~っと……一応イシュトさんは財団員じゃないので、意見はご遠慮頂きたいかなと」
俺は恐る恐るそう言いながら、イシュトの反応を待つ。
単なる井戸端会議のようにも見えるが、内実は財団幹部級の会議に等しい。
「じゃあわたしも財団にはいる~」
「軽いな!!」
ゼノがたまらずビシッと突っ込むが、イシュトは気にした様子もなく話を続ける。
「え~来るもの拒まずって聞いたよ? それに三人ともそれなりの地位にいるんじゃない?」
チラリと俺の方を見てくるクロアーネに、俺としては形だけの面接っぽいことをしてみる。
「志望動機は?」
「おもしろそうだから」
「あなたは財団の為に何ができますか?」
「できることならなんでもするよー」
かなり性格が掴みにくかった。ただの享楽主義者ともまた違っているのは、直観が告げてきている。
しかし悪意らしい反応も感じないし、思惑なり意図なりが読みきれない。
「どう? どう? 採用かな?」
「まぁ……財団はあらゆる人材を求め、それを活かす場があるのでとりあえず採用します」
「まかせてよ、フフンっ」
ふんすと鼻を鳴らして得意気な美女の、妙なギャップは可愛らしくも思う。
ともすると早速イシュトはすぐさま会議に加わってくるのだった。
「わたしの意見はねぇ~、殲滅ぅ!」
「えっ──」
「……は?」
クロアーネとゼノが一瞬呆気に取られる中で、俺は冷静に受け止めてから返す。
「まぁそれも正直アリよな。連中の組織とその運営、財団でまるごと頂いてしまえばいい」
「ちょっと。ですからそれは、負担が大きいと言っているでしょう」
「おれは詳しく知らんが戦後賠償金があるんだろ? 足りない部分は人を雇えばいい、投資なくして未来はないぞ」
「まぁ賠償金は基本的にサイジック領の復興支援の為の金だし、あまり遣いたくはないんだけどな」
「運用だって簡単なことではないんです。軽々しく言わないでください」
「──っじゃなくって、思わず乗っちまったがおれの意見はそもそも交渉でだな」
「わたしの経験で言わせてもらうと、そういうのは後腐れなく潰すのが一番いいもんだよ?」
収拾がつかなくなる気がして、俺は一度パチンッと指を鳴らして会話を止める。
ブレインストーミングなら話は別だが、これはなるべく早急に処理しなくてはならない問題でもある。
「いったん落ち着こう、まだ慌てるような時間じゃない。何をおいても重要なのは情報だ、そこをまず整理しよう」
「せいりー」
「そうだ、順番にいこう。まず最終手段としての武力だが……増援を呼んでいる暇まではない」
フラウとハルミアとキャシー、あるいはオーラムを待つ猶予はない。
「まず俺とリーティアの連係、クロアーネとティータはそこそこ、ゼノ……は戦力には数えんでいいよな」
「もちろん、おれははっきり言って足を引っ張るぞ」
「──で、イシュト殿はいかほど?」
「わたしはねぇ、"七色竜"を相手にできるくらい強いよ」
「りゅー」
「キュゥウウ」
ヤナギとアッシュ以外は閉口したところで、俺は強化感覚を総動員してイシュトに尋ねる。
「嘘なし?」
「ウソなしー」
心音は変化なし、体温も正常、抑揚にも振れはなく、表情筋も自然で、眼もしっかりと据わっている。
(まじかよ、とんだ拾いモノってか出会い……?)
最低でも俺やフラウやキャシー級ということになる。単独で戦えると豪語するならば、下手をすると上をいく。
そうなるとちょっと手合わせしてみたくもあるが……状況が状況なので、自重せざるを得ない。
「……イシュトさまの実力は助けてもらった際に見ましたが、私程度では測り知れない強さを感じたのは事実です」
「でっしょお~、フッフッフ。倒すまではさすがに無理だけどねー」
クロアーネが補足し、イシュトは得意げな顔でのたまう。
「ひとまずある程度は信じます。それじゃあ次に敵性戦力を確認だ、いつも通りクロアーネよろしく」
「私の情報は古いかと、ゼノのほうが詳しいのではないですか」
「あー、おう。それじゃあ、おれから説明する。不明な部分は付け足してくれ」
立ち上がったゼノは、支部に備え付けの黒板にチョークで組織図を書いていく。
それは一種の講義のようで、非常に手馴れたような感じであった。
「壁内街は"ソーファミリー"、"ケンスゥ会"、"リウ組"。いわゆる三大勢力のパワーバランスで成り立っている。
最も勢力圏が広く、武闘派で厄介なのがソーファミリーだ。なんせ物事を解決するのに、ほとんどを力で解決しがちだ。
仮にケンスゥ会かリウ組のどちらかが弱まれば、一気に勢力拡大を狙ってくる可能性があるのもこいつらになる」
「だからゼノは交渉で落着すべきと考えてるわけか」
「あぁそうだ、だからもしもリウ組と戦うという選択肢を採るのであれば、まずはソーファミリーを削ぐべきだろう」
解説に乗じて自分の意見を主張するということもなく、ゼノはきちんと公平に続けていく。
「ケンスゥ会は代々血の盟約による固い絆があり、末端まで意思統一された組織でこれもまた厄介だ。
そしてリウ組は信義をことさら大切にし、自分らの規範に背いた奴には一切容赦をしない非情さを持つ」
「保管所はリウ組の庇護下だそうだ、仮に救出策を取るなら?」
「そのアーセンって野郎は、リウ組の信義に基づいた契約関係にあったんだろう?」
「資料の上ではそうなります」
クロアーネがそう答えると、ゼノはやや気落ちした表情で結論を続ける。
「であれば、一方的に破れば戦争は避けられない」
「ふぅむ、敵の実働戦力はどれくらいだ?」
「正直なところ……わからん。なんせ壁内部で情報にも限度があるし、常に流動的と言っていい」
「有象無象は相手にならんから、とりあえず強者だけでもわかればこっちとしては構わんが」
とはいえテオドールの門弟集団のような例もあるので、決して油断はならない。
あくまでピックアップした戦力を中心に、可能ならば情報をさらに集めたいところである。
「やべえのはソーファミリーの"混濁"のマトヴェイと"兇人"ロスタン。とにかく色々と物騒な噂が絶えない。
それとケンスゥ会の黒豹兄弟に"膂賢"のモーラ。リウ組だと長が一番強いらしいが、懐刀のウーラカも名が通ってる」
「ふむ──」
時間を掛けるべきではない、という点ではクロアーネに同意したいところ。
そして可能であれば交渉して穏便に、財団が侵食して丸ごと頂いてしまいたい。
同時に面倒なものはもう全てご破算にして、まっさらにしてから始めたいという気持ちもある。
「まああーだこーだ言ったけどよ、決めるのはおまえだ。実行力も決定権も、ベイリルが一番上だからな」
「……そうですね、貴方が決めて、実行し、そして責任を取ればいい」
「わたしはぁ、もう財団員になったからなんでも従うよん」
「へヴィだぜ、ったく──だがよしッ、俺の結論は欲張り折衷案でいこうかと思う」
「それってつまり……」
俺は握った拳を顔の横に、人差し指、中指、親指の順番にあげていった。
「まずは交渉する、ダメなら奪還する、露見したら潰す」
「無茶じゃね? ってか行き当たりばったりと言うんだよ、そういうのは」
「意外とそうでもないさ、交渉すると同時に相手の情報収集ができる。そして俺は道中で探知して、構造把握と位置特定ができる。
決裂したら返す刀でぶっ殺すのもアリ、混乱の最中に子供たちを救出。しかる後に決戦に臨み、すり潰してやる」
「そんなこと本当にやれんのか?」
やや難色を示すゼノに、俺は強い姿勢を露に言葉にする。
「まかせろ」
今ある中で尽くし徹す──なにもかもを万端に状況を迎えられることなど滅多にない。
"結果論"で語るのは、誰にだってできる簡単なことだ。
しかし実行もせずに「ああすれば良かった」だの「こうしていれば……」なんてのは、予知でもしない限り土台無理な話。
実際に選び取った未来など、無数にある分岐の一つであり──それらを個別に観測することなどできない。
(だからこそ俺が信じる俺を信じる)
それもまた己の力になる。
負けたという経験を踏まえて、次の勝ちに繋がることもあれば……。
勝ったことで何か後の大きなチャンスを逃したという可能性も無いとはいえない。
言い出せばキリがないし、だからこそ掴み取った選択それ自体に後悔はしない。
改めて考える必要もないほど、当たり前のことではあるが……人間は往々にして頭の中によぎってしまうものだから。
どのみち転生したこの身は、長き夢のようなおまけであると。死生観も随分と変わったものだと。
あらゆる選択と結果を呑み込み、常々前のめりであろうと心懸けていきたいものだと想うのだ。
「あぁわかったよ、おまえもリーティアも……本気で決めたら突っ走るのは、学園生時代から身に染みている。
おれの仕事は出た結果をフィードバックし、次には必ず成功させることだ。交渉にもついてってやるさ」
俺はわずかな笑みを浮かべて頷き、クロアーネへと視線を移す。
「兵は神速を貴ぶ。善は急げだクロアーネ、交渉の席を用意してくれるか? ついでに可能な限りの情報収集も」
「……わかりました。貴方はそれまでどうしているつもりですか、ベイリル」
「並行してやれることはやる。まずは外部から、壁内部構造を調べていくつもりだ」
今の俺ならワーム迷宮の形と最下層までを調べた時よりも、さらに洗練されている。
内外で確度を高めれば十中八九、奴隷保管所の場所は見つけられるハズだ。
「ねぇ、わたしは? わたしは?」
「イシュトさんは支部の護衛も兼ねて、アッシュとヤナギと遊んでいてもらえますか」
「遊んでるだけでいいなんて、財団って素晴らしいね!」
「ただし時来らば、その実力を遺憾なく発揮してもらいますんで」
「ふっふ~んッ、おまかせ」
ゴキリと両手を鳴らして俺は立ち上がる。やはり脚本は自分で書くに限ると。




