#203 竜越貴人 III
("BlueWhisper"……)
アイトエルの口から出たその単語は、違った意味でなじみがあるモノ。
異世界言語ではなく、"青"と"囁く"という"英語"の発音をそのまま言ったのだ。
それはシップスクラーク財団で言うところの"地球語"と同一の響き。
「シールフ……とは会っていない、のですもんね」
「自分だけだと思うなかれ、"地球人"」
「っっ……!? ということは、まさかその"BlueWhisper"が──」
「はてさてのう」
のらりくらりと回答を躱すアイトエルに、俺は浮かびそうになる血管を鎮める。
(クールになれ、ベイリル)
これもまた1つの交渉だと思うのだ。感情的になってはいけないと。
少しばかり迷ったが、俺は意を決して核心について問う……まずそれを問うしかなかった。
「アイトエル、貴方もその……"異世界転生者"ですか?」
薄々他にもいるのではないかと思っていた。
むしろ転生者が俺しかいない、などという確証こそ今まで存在しえない。
だから異世界にとって未知の新知識や、販売している品物の一部には地球語をそのまま流用している。
それは単に造語が面倒というだけなく、少なくとも英語圏を知る人間ならばすぐに気付けるように……。
他にも一部のドイツ語やラテン語、漢字などを知っていれば、地球人の存在を示せるようにという配慮も込めていた。
もしも他の転生人を引き入れることができれば、俺にはない現代知識をもたらしてくれる。
そうなればシップスクラーク財団とフリーマギエンスは、"文明回華"をより躍進させられるのだから。
「儂は生粋の異世界人じゃ、というのもおかしな話。なにせ本来、異邦人はおんしのほうじゃからな」
「確かにこっちから見れば……俺の方こそ異世界人ですね」
「まあまあ、儂も長生きしとるからな。過去にそういう者を、数えるほどではあるが知っておるだけよ」
過去にも転生者がいたと言うアイトエルに、俺は"常々考えていた人物"を自然と口にしていた。
「──大魔技師」
「ふむ、さすがにわかるか」
"大魔技師"──7人の高弟を迎え、魔術具革命を興し、世界を席巻した技術的大英雄。
現在の連邦東部より、神領を除くあらゆる場所に魔術具による新生活を拡げた超偉大人物である。
大魔技師が転生者だと思った最初のキッカケは、彼と高弟らが世界において統一した"度量衡"だった。
恐らくは魔術具を作るに際して、正確な単位を求められる為に必要なことだったのだろう。
およそ地球にあったモノと同一だと、日々の生活の中で自然な形で感じられたのが始まりだった。
そして彼が作り出したとされる魔術具のいくつかに、わずかにだが"っぽい片鱗"を感じたのも事実。
異世界において俺がすんなり馴染めたのは、そうした先駆者による下地が既に存在したからに他ならなかったと言えよう。
そして俺と違って地球における"知識人"であり、異世界の魔術文化を取り入れたとしたなら……。
なるほど、数々の偉業も頷けるというもの。
(同時に俺が成すべき野望の、あらゆる意味において先達とも言える──)
俗に言う現代知識チートによって、世界と文化に革命をもたらしたということ。
科学と魔術を融合させ、後継者たる高弟を使い、世界を染め上げてしまったという実際の歴史。
(大魔技師とは俺のような凡人ではなく、本物の賢者であり技術屋だった……)
ただし違いもある。人族であった大魔技師と違って、俺は長命種であるということ。
そして頼れる仲間達と共に創り上げた、シップスクラーク財団という組織に属していること。
技術的な側面は当然として──財団はあらゆる産業と経済活動、文化に娯楽、政治・軍事から宗教に至るまで網羅することだ。
俺は話の流れのままさらに聞いてみる。
「もしかして……初代魔王なんかもそうだったり、します?」
魔法が喪失されゆく中で、魔術という新たな体系を生み出し広めた天才。
彼の者もまた、それまであった世界基準たる既成概念から逸脱した存在とも言える。
「言うておくが転生者など滅多におらんぞ。少なくとも今の時代はベイリル、おんししか知らんし、"その理由"も……今はなんとなくわかる。
初代魔王──あの子は間違いなくこの世界で生まれ、健やかに育ち、単に様々な出来事に巻き込まれただけじゃ」
気になる言葉が多いが、その中でも驚くべきは初代魔王のことを……さも当然のように答えたこと。
アイトエルが歩んできた人生の凄絶さと、歴史を作ってきた者として──これ以上ないほど物語る。
初代魔王すら"あの子"呼ばわりできる間柄であり、規格外の長寿で今日まで生きてきたのだ。
「もっとも晩年の"魔王具"造りは、巻き込まれながらも楽しんでおったがのう」
「魔王具?」
「そうじゃ。実に大変そうだったが……なに、それでも本人は楽しそうでなによりじゃった」
「魔法具でなく、"魔王具"……?」
耳に馴染まない単語であった。聞きたい疑問はまだまだ数あれど、どうしても気になって突っ込んでしまう。
財団が保有する"永劫魔剣"を筆頭に、魔法具は世界にいくつか存在する。
魔術でおこせる現象を、魔力を注ぎ込むことで万人に道具として扱えるようにしたのが魔術具であるように──
全能の魔法をそのまま道具に落とし込んだモノこそ魔法具であり、同様に魔導具も存在する。
どれも使用に際して応じた魔力量が必要なものの、魔導具や魔法具の効力は通常の魔術の領域を遙かに超える。
さらに魔術具や魔導具は使用耐久性に必ず限度があるが、魔法具にはそれが無いという。
「アレは"グラーフ"が言い出したもんでな」
「ぐらーふ? グラーフ……って、まさか"二代神王"!?」
叫ぶと同時に座学で学んだだけの知識が俺の頭の中に浮かんでくる。
叡智ある獣の王たる"頂竜"と竜族相手に勝利し、自らを神王と称し最も長く座についた"初代神王"ケイルヴ。
苛烈なる武力の象徴にして、魔族相手にその智勇を内外へと示した"三代神王"ディアマ。
現在も神王の座についていて、神領にて世界を傍観しているという"四代神王"フーラー。
そして魔力の暴走と枯渇という状況で、混乱する世界の平定に努めた"二代神王"グラーフ。
七色竜──初代魔王──二代神王──
もはや神話で語られるだけの存在と知己を得ている英傑に、俺は何度と亡く眩暈に見舞われる思いだった。
そしてなによりも……他人のような気がしない、とてもフレンドリーな彼女自身もまた──
神話の時代より生きてきた、正真正銘の伝説の人なのであることにも。
「うむ。そもそもが魔力の暴走と枯渇現象に端を発し、大いに危惧したグラーフの腹案じゃった。
そしてあやつは恐怖にあえぐ者らを利用し、完全喪失する前にその機能を宿した道具を造ることにしたのじゃ」
「そこで貴方が渡りをつけたと?」
「いや……奴は自分で見つけおったんじゃよ、魔法具を完成させるに足る人物を。そこで儂も知り会った」
「──とすると、本来は反目する魔族の王である人物に……神王が自ら頼った?」
「当時はまだ神王を継いではいなかったがの。製作にあたって基礎理論を考えていたのも奴自身じゃ」
尽きぬ講釈のような神話そのものを聞いている途中で、俺の中で飽くなき疑問の一つをぶつけるのだった。




