#188 清く正しく都市計画 I
──ピラミッドの頂点から地平を眺め、焼ける前のノートルダム大聖堂を見上げる。
マチュ・ピチュを探索し、万里の長城を疾駆り、コロッセオの中心に立つ。
富士山やエアーズ・ロック、バリンジャー・クレーターまで。
さらにはモン・サン=ミッシェルの夜景と、浮かぶ"月"とを堪能した。
それらはヴァーチャルリアリティで見た地球よりも高精細で、外観だけだが郷愁に浸ることができる。
明晰夢よりもさらに鮮明であり、自分でも思い出せないような脳内にある転生前の世界を飛行して巡る旅路。
文化・世界遺産に自然遺産、写真や映像で見たそれに補正を掛けて、空間に構築されるのだった。
「"モーガニト伯"のワールドメモリー・ツアーはやっぱ別格だねえ」
「シールフまで悪ノリするっかあ」
「ふはははは」
最後に"地元"まで戻ってきた俺は、山の上からシールフと共に、転生前に住んでいた都市を望む。
記憶にアクセスし心象風景を再現する、研鑽を積み上げた"読心の魔導師"にのみ許された凄絶なる魔導。
「んでだ、そろそろ心理カウンセリングの結果を教えてくれないか」
「んんー? 別になんもないよ」
「じゃあなんで思わせぶりに引っ張って、こんな地球巡りまでさせた」
「そうでも言わないと、こうやって楽しませてくれないでしょ?」
あっけらかんとシールフはそうのたまい、悪気の一切ない表情を浮かべていた。
「戦場で相当色々やったんだが……それでもメンタルケアが要らないと?」
「だってもう自分なりに落着つけてるってわかってるでしょう?」
「むっ……ん、うむぅ。まぁそうだけど、人間性も問題ない?」
人を殺すことに慣れてしまったし、犠牲の上に成り立つ決断にも迷わなくなっていった。
それがはたして人間として正常なのか、大いに疑問が残る。
「日本人の価値観で語られてもねぇ──方向性が違うだけで、それもまた成長だよ」
「一般に"外道"と言われてもおかしくない精神でも?」
シールフはにまーっと笑いかけて、長き人生の先輩として説いてくる。
「いったん堕ちるとこまで堕ちてみればいいさ。だからこそ見えてくる景色もあるだろうしね」
「それはシールフの実体験か?」
「みなまで言わず。心がすり減って自暴自棄になってるなら止めるけど……ベイリルはそうじゃない」
すんなりとは頷けないものの……とりあえずは理解する。
それもまた一種の慣れかと思うと、どうにも得も言われぬ心地にさせられてしまう。
「それに長命種は得てして二面性を持つことが珍しくない。もしくは無味乾燥になるか、ね」
「二面性、ね……つまり別の人生を歩む──ってことか、まぁ確かにいつまでも同じじゃいられんかもだが」
あらゆる人生経験値として積み上げるのも、確かに悪くはないのかも知れない。
結局のところ世の中は力あるものが正義とも言える。
後々になって悔いることのないよう、今まで以上に好き勝手やってみるのも選択肢ではあろう。
「まっ私たちはどのみち定期的に会うわけだし? 都度、様子くらいは見といたげるから」
「……あぁ、そうだな。よろしく頼む」
さしあたり飲み込んで腹の中に収める。人生50年を10回分──
系統樹のように多様な選択を、自由に楽しめるのが長命種の特権なのだから。
「んでんで、ベイリルはこれからどうするね?」
「本格的な都市計画を始める、あっちこっち行ってくるよ」
「静養は?」
「その後だ」
俺は大きな溜息も飲み込んでから、自嘲的な笑みを浮かべたのだった。
◇
「やっぱココは実家に帰ってきた感があって落ち着くなぁ……」
──現代日本──モーガニト区アイヘルの街──"イアモン宗道団"本部──と。
長くを過ごした場所あれど……やはりこの"学園"が一番落ち着く。
平穏無事に学生生活を謳歌した思い出は、どうにも安心感が段違いであった。
「落ち着くんならいつでも来てくださいベイリル先輩、できればわたしがいる時に!」
プラタはそう言うとドンッと胸を叩き、ふんすと鼻を鳴らした。
俺は用意してくれたお茶をすすりながら、ふとした疑問を投げかける。
「ケイちゃんとカッファくんは?」
「それぞれ講義中です。よければゆっくりしてって、会ったげてください」
「そうだな……特にケイちゃんには世話になったから、改めて礼を言わないと」
円卓の魔術士第二席たる"筆頭魔剣士"テオドールの門弟達を殲滅し、命を救ってくれた大きな借りがある。
報酬については俺の個人資産から補填し、彼女の実家であるボルド家へと既に支援という形で供出していた。
「でもでもケイはすっごい恐縮してましたよ?」
「そこが半端ないんだよな、彼女にとっては大したことをしてないという認識が」
あの状況を振り返れば──俺はほぼ間違いなく殺されていた。
テオドールには勝てたが、門弟の集団戦術に抗しうる実力と経験が俺にはなかった。
時に勢いは大事であるが……今後は過信せず、見誤ることがないよう努めたい──なるべく。
「わたしから見るとベイリル先輩だって同じようなものですよ?」
「むっ……そんなもん、か」
「はい! そもそも円卓の魔術士を倒してる時点でおかしいんですから! あと黄竜も!」
俺は少しだけ首をかしげてから、うんうんと何度か頷く。
改めて言われてみれば確かにその通りだ。結局のところ本人にとっては"それが当然"と慣れてしまう。
隣の芝生は青く見えるし、逆に自分の畑が他人にどう見られるかなど普段は意識しない。
個人それぞれに基準点があり、そこを逸脱したものはそれぞれの価値観で見られてしまうもの。
(面倒なことだが……そういう機微も今後は気を配っていかないと、か)
特に政治に関わるのであれば、それらは絶対に注意を払ってしかるべき事項である。
度を超えた謙遜は相手を不快にさせるし、その逆もまた反感を買わせることにもなる。
「プラタも優秀だからな、お互いに注意していこうか」
「ですね、日々精進です。わたしもみなさんに負けないよう、とりあえず次の生徒会長を目指してがんばります!」
スィリクスの次に生徒会長となったオックスも卒業し、今はフリーマギエンス部員の1人が生徒会長に座にいる。
そのさらに次代の会長となるべく、プラタは既に草の根活動を始めているようだった。
(本当にバイタリティがあるなプラタは──)
師匠たる"三巨頭"がバケモノじみているというのもあるが、やはりプラタ本人の不断の努力あってのものだ。
何事も楽しんでいく心意気は、俺としても大いに見習いたいところである。
「スィリクスも今後は俺の代行としてモーガニト領を運営し、サイジック領とも密に交易していく予定だ。
そうなれば代表同士、プラタとも自然に交流が増えていくだろう。遠慮せずにガンガン聞くといい」
「おお──ーなるほど、確かに巡り合わせですねぇ」
"プラタ・インメル"──彼女はゆえあって、サイジック領の次期当主としての地位を有している。
元々彼女には戸籍がなかった。"イアモン宗道団"に実験台として買われた少女は、記憶のほとんどを喪失していた。
だからこそ都合がよかった。商会に根深く関わりながらも、不詳の人物である立場。
プラタは商会の前身である、オーラムの元組織がやっていた事業のツテで帝国国籍を取得した。
その上でインメル領主の"落とし子"として新たに迎え、帝国本国にも正式に認められたのだった。
当主であったヘルムートが失踪して宙ぶらりんの旧インメル領を、戦災復興を名目に商会が暫定的に代行および運営。
形としてはプラタ・インメルの後ろ盾として彼女を擁立し、名実共にサイジック領を掌握していく段階。
またインメル家に連なる他の血族は漏れなく廃嫡させ、他所で平穏無事に過ごせるだけの用意を整えた。
「しかし……本当に良かったのか? もっと自由にやりたいことやっても──」
"三巨頭"の愛弟子で、対外交渉の多くについていき、高度な事務処理の手伝いもできるほど吸収力の高い少女。
確かにサイジック領主として、プラタ以上の人物は望めないだろうが……。
「お言葉ですがベイリル先輩、わたしは自由ですよ?」
その双瞳は爛々と煌めくようで、表情は活気に満ち満ちていた。
「そっか、余計なお世話だったかな」
「いえいえそんなことはないです! ベイリル先輩のそういう心遣いは素直に嬉しいですから!!
今はみんなといろんなことを共有できることが、すっごい楽しいんです。みなさんのおかげです」
本来そこまでの重責を担わせるつもりなどなかったが、本人が希望するのならば是非もない。
後天的資質かも知れないが、彼女の気性は非常に得難いものだ。
だからこそオーラム殿もシールフもカプランさんも、彼女を弟子にしているのだろう。
「なによりだ、プラタ。困ったことがあれば何でも言ってくれ、相談にも乗るよ」
「はい、遠慮なく相談させていただきまーす」
対外的なそれでなく、歳相応の少女らしい微笑みに俺の心も解きほぐされる思いだった。
「それじゃさっそく、"オトギ噺"を聞かせてほしいです」
「ん……あぁ、そうだな。プラタにはあまり語って聞かせてやる機会なかったもんな」
オトギ噺──つまるところ、地球の知識や物語や歴史のことである。
こことは違う、転生する前の世界だと言っても通じないので、そういう体で通しているお話だ。
フラウやジェーンとヘリオとリーティアには多くを教え続けた。
他のフリーマギエンス員にも、様々な形態や発信によって伝えてきた。
一応この部室棟にも名残はあるのだが、そこまで深く突っ込んだモノは少ないのだった。
「そうなんですよー。ゲイルさんとシールフお師さまとカプラン先生について回ってたんでぇ……なかなか」
「わかった。大した話だから刮目し、敬聴し、喝采するのだプラタよ」
「わ──ーっ!!!」
ノリ良くパチパチと拍手をするプラタに、俺は遠き郷愁を想起するように語って聞かせてやるのだった。




