#167 戦争終結 III
一度シールフと分かれ、商会拠点から他人事のように遠間から望む、帝国軍と王国軍の激突。
いずれ制覇勝利をするのであれば、その戦力をつぶさに観察することは非常に肝要であった。
王国軍とは実際に戦っているものの、基本的にはこちらの圧倒的な優位から型にハメてやっただけ。
その本来の実力を発揮させないように立ち回って、一気呵成に追い詰めてやったに過ぎない。
特に魔術士部隊はほとんどが防備に回っていたのと、指揮も隊員も有能だったのか――
さほど目減りしないまま戦力を維持していたのには油断ならず、同時に驚きであった。
俺は隣で一緒に眺めている御仁へと、溜息のように告げる。
「やっぱ職業軍人ってヤバいですね……」
「それはそうでしょうな。既に自由騎士たるこの身ですが、四六時中軍事のみに注力していた頃もありました」
こたびの自由騎士団の代表にして、団員を率いていた"フランツ・ベルクマン"はそう答える。
彼にとっては当たり前かも知れないが、前世を含めてついぞ軍人などとは縁遠かった俺には考えさせられる。
改めて帝国軍・王国軍双方の真っ当な戦争風景というものを分析する。
十全な状態でもって戦う軍団というものは……時に一個の生命や群体、あるいは巨人などにも例えられる。
確かな命令系統と適切な判断を、末端の兵にまで円滑に伝え、確実に遂行する理想的な形。
円卓第二席"筆頭魔剣士"テオドールの門弟がそうだったように、洗練された集団とはそれだけ脅威となる。
俺とてジェーン、ヘリオ、リーティア、フラウとは以心伝心である。
ハルミア、キャシーとの連係も自信があり、併せた時の実力は計り知れない。
限定環境下とはいえ、実際に黄竜すら打ち倒すにまで至ったのだから。
それらを捻じ伏せる"個"が、一部に存在するのも異世界の事実ではあるのだが……。
文化の形成においても数というものは力そのものなのもまた厳然たる事実。
(だからこそ人は寄り集まるし、動物だって群れを作る)
根源的に社会がそう示している。小さくも、大きくも、共同体として――戦争も例外ではない。
こうして正面決戦するようなことなど、実際の戦争期間の内ではほんのわずかだろう。
行軍・索敵・牽制・休憩・補給がその大半を占めていて、戦闘行為にしても交替で戦うのが軍隊である。
(結局……個人で可能なことなんてたかが知れている)
どれだけ強い人間であろうと、生物である以上は生命活動を必要とする。
呼吸・食事・排泄・睡眠――生理的にも必須のものに限らず、不老であろうと一切休まずに活動可能な生命などいない。
さらに行住坐臥、気を張り続けられるわけもなく……ひとたび魔力が尽きれば、ただの人となる。
(スーパーロボット軍団でも作ることができれば別だけども)
人の為の兵站いらず。消耗はすれど疲弊はしない。命令にも忠実で恐れを知らぬ軍団。
生産や自己修復・修繕、管理までもロボット自身にやらせるなら、あらゆるコストを抑えられる。
大小用途も様々に――単純防衛のみならず、学習する自律型も作れれば独自の攻撃行動も可能。
("魔導科学"的には、ゴーレムや機械人形などでもいいが……)
いずれにしても初期投資が莫大なモノになるのは違いない。
テクノロジーの成熟も待たねばならないが、それでも常に頭に置いておき、考えておくべきことだ。
戦争によって人的資源が使われること――最悪喪失すること――に比べれば安いモノなのだから。
(思えば"女王屍"のゾンビ軍団は……近いものがあったんだな)
蜂や蟻といった虫のような――寄生虫による女王を頂点とした、強固な統一性。
死体だった為に腐敗もありつつ、完璧な軍団とまではいかないものの……。
もし生体まで思うように自由に操れるようになっていれば、高度な社会性まで獲得しうる。
寄生虫によって敵の死体を利用すれば、新たな戦力補充までも可能であり――
(いやほんと真剣冗談抜きに、世界を滅ぼしかねなかったんじゃねえのか……?)
あの時点では到底無理だろうが、100年後200年後はどうなっていたかわからない危うさがあった。
シップスクラーク商会傘下に引き入れるには、あまりに劇薬すぎたのが本当に残念である。
(なんにせよ人と人との現状じゃ、常に十全に力を発揮できる状況などまずありえない)
100%の能力を常に維持するなど不可能である以上、なるべくそれに近付けるのが戦争である。
同時に相手の能力をこそぎ落とすのが、勝敗を左右する命題とも言ってよい。
だからこそ商会軍は情報を制し、奇襲をもって王国軍を相手に一方的に勝利することができたのだ。
(現代で言うなら――原子力空母がその完成形の一つ、か)
多種多様な人員が数千人、生活に輸送から戦闘行為までをこなしていく。
独立したエネルギー供給機関を備え、人員と兵器と備蓄を丸ごと移動して戦術行動を展開する。
そうした形態をいくつも保有することで、有機的な戦争態勢を維持することができる。
(いずれは建造したいもんだな)
こうして思考を枝分かれさせ、将来の展望を考えているだけで楽しい。
1人では無理なことも、皆でなら可能となる――シップスクラーク商会の大きな意義。
(そうなってくると、軍人も必要になってくるわけだが)
今回の戦争は結果的に、商会とその運営と――いずれの野望における大きな契機となった。
戦災復興と同時に、いずれ国家にもなるかもしれない都市計画も順次始めていくことになる。
その中には直接的な武力を担う軍人も含まれよう。
軍属であるということはベルクマンの言しかり、四六時中をそれだけに捧げ続けるということ。
(戦うのは軍人だけに限らないが、どうしたって専門職は要るわな)
戦争の為に練磨し続けた魔術を集団で運用するという脅威たるや、王国軍が見せてくれた。
実際にテクノロジーの結実であるカノン砲も、有効な損害を与えられたのはほとんど不意撃ちのみ。
魔術が使えるというだけで――魔力で肉体が強化されるだけで――
彼我の戦力計算はおよそ複雑になるということを思い知らされた。
「いやはや、とても昨日まで飢餓地獄を見ていた軍とは思えない奮戦ですなあ……昔を思い出します」
「昔……ですか。ベルクマン殿は、自由騎士以前は帝国軍人でしたもんね」
「そうですな、いささか懐かしき顔もございました」
帝国軍相手に展開している王国魔術士部隊は一歩も引く様子はなく……。
大炎を中心として様々な彩りが戦場に散っていた。
(魔術騎士隊もなかなか手強かった)
制空権を維持していた時に、何度かその防衛魔術と多少の迎撃魔術は見せてもらった。
ただしシールフが大隊長と精鋭部隊をあっさり潰してしまったので、あくまで補助が主なようであった。
もしも"共鳴魔術"が適切な指揮の下で、十全に発揮されていたら厄介なモノだったろう。
(まぁ"双術士"の言ではオリジナルの劣化コピー版らしいものの……)
フラウが聞いた話だと"双成魔術"それに比べれば、所詮は紛い物な親和性に過ぎないのだとか。
それでも300人からなる人数で、完全統一された魔術というものは脅威に値する。
("共鳴魔術"――他人同士でもそういうやり方もあるんだな)
魔力については未だ謎が多く、魔術の深奥もまた果てしない。
魔導や魔法の領域に至っては、もはやそのほとんどが謎ばかりである。
(まっ模倣れるもんは、なんでも参考にしよう)
学べるところは大いに学んで、吸収していきたいところである。
"守・破・離"の精神がそうであるように……何事も模倣から始まって、個人も分野も成長していく。
それが知識でも文化でも、過去から連綿と受け継がれていく――人類という知的生命種の絶対的な強さなのだ。
(そういった"按配そのもの"も研究させてかないと、だなぁ……――)
例えばカノン砲を適切に運用した場合の戦術的な価値は疑う余地がない。
当初の主たる標的である魔術士部隊には、損害こそ少なかったものの……。
たった数基で魔術士部隊の行動を制限させただけで、凄まじいほどの成果と言える。
魔術だけでなく、テクノロジーにおいてもそうした積算と分析と反映が重要なのだ。
故障や不具合などの失敗もまた――より良い明日へと繋がる大事な資産である。
科学と魔術の両輪こそが自由な魔導科学の教義であり、シップスクラーク商会も目指すべきところ。
そして異世界の魔術は秘密主義性が今なお強い。まだまだ研究の余地が残されている分野である。
魔導と科学を組み合わせることで生み出される恩恵もまた未知の領域が多く、長生きの楽しみは尽きない。
そんなことを思い巡らせながら、俺はベルクマンへと興味本位で尋ねる。
「ベルクマン殿から見ると、帝国・王国を含めてどれが一番厄介でしょう?」
「地上を主戦場とするワシらとしては……やはり竜騎士ですかな」
「なるほど、確かに」
俺は視線を移して、三次元空間を飛び回っている竜騎士を注視する。
今現在、制空圏のほとんどを支配している"帝国竜騎士"の編隊はたった10騎に過ぎない。
しかし空中機動連係しながら的確な防御魔術と回避を駆使し、王国魔術士部隊の苛烈な対空砲火を潜り抜けるその姿。
さらには急降下爆撃のような戦術まで用いて、縦横無尽に一撃を入れていくサマたるや。
俺とて王国軍の陣地に近付くまではステルスを使えても――
離脱までを考えれば、破壊工作を実行するのは躊躇われるほどの弾幕の厚み。
だがそんな無謀にも見えるやり方を……彼らは連係によって巧みに成功させる。
それができるとわかっているからこそ、部隊として実行に移せるのだろう。
「しかしこう……まだ暴れ足りぬという時に、自由に暴れられないのがワシら騎士団の不自由なところですなあ。
あくまで契約を遵守すべき立場にありますから……逆に、契約内容に追加してくだされば喜び勇んで――」
「っはは……リーベ師とカプランさんの労が増えるんで勘弁してください」
年老いてなお精強なベルクマンに、俺は苦笑いを浮かべて2人の名を出した。
あの正面決戦に割り込もうとは……強さだけでなく精神性も一流揃いというところか。
自由騎士団は多勢の王国ベルナール領軍を相手に、小勢ながらも盾として受け止め続けた。
敵将であるベルナール卿は前線にいなかったようだが、それでも帝国との国境線上で戦い抜いてきた屈強な強兵揃い。
常に最前線で戦ってきた実績を持つベルナール領兵に奮戦したのは、自由騎士団の練度あってのもの。
(終わってみれば……今少し、強駒としての使い途があったかね)
彼らの実力を測りかねていたし、商会には秘密も多いからあまり深く関わらせたくない部分も確かにあった。
それらを差っ引いても、結果的に戦力を遊ばせてしまったことは惜しくもある。
もっと適切に運用できていたなら、被害はさらに減らせたであろうと。
(まっそういうのも良い経験か、今後の課題として活かすことにしよう)
自由騎士団の実力が知れたということも、この際は良い情報であった。
こうして縁を作れたし、今後もまた雇用する際に――そしてもしも敵に回った時にも参考になる。
「ではベルクマン殿、俺は今少しやることがあるので……一度失礼します」
「承知しました。またいずれ闘り合いましょうぞ」
鞘に右手を置いた"剛壮剣"フランツ・ベルクマンの年齢にそぐわぬ、夢見る少年のような笑み。
次はどういう形で会うのかはわからないが、俺もまた笑みで返すのだった。
「えぇ、またいつか――」




