#07-2 計画 I
土塊構造物に風穴を空けている途中で、一気にヒビ割れていく。
「なんっだ──!?」
俺は意識するよりも先に後ろへと跳んでいて、着地しつつ身構えるが杞憂に終わる。
凍結された土壁がパキパキと心地よい音を立てて崩れていくと、中には少女が一人、真っ直ぐに双眸をこちらに向けていた。
「……えっ? こど、も?」
「それは君もだろう。俺はベイリルだ、君の名は?」
藍色の髪に透き通るような銀色の両眼を持った少女には、身体的な特徴が見られない。
「ジェーン、私はジェーンって言うの。ベイリルももしかして……」
種族的に最も脆弱なはずで、年もそう変わらなそうな人族。
しかしリーティアやヘリオと違って、確固たる"芯"のようなものを感じる。
「あぁ同じく囚われていた身だ、怪我はしてないか? ジェーン」
「私は大丈夫、その……助けてくれてありがとう」
素直に笑顔で返されるが、それはかなり無理して表情を作っているのが明らかだった。
彼女は俺の差し出した手を取って立ち上がるも、すぐにバランスを崩して倒れかける。
「わっ……!?」
「おっと──」
咄嗟に支えた俺は、そのまま肩を貸してやった。
「あの、ごめんなさい。やっぱりつらいかも」
「いやいいよ」
精神的にはタフなようだが、純粋な人族な為か肉体は限界を迎えているようだった。
歩くのも難儀しそうなので、ジェーンの体を俺はおんぶされる形で背負う。
「あっちょっと……なんか恥ずかしいよ」
「子供が遠慮をするな」
「あなたもこどもじゃん……」
ツンツンと俺の首裏を力無く小突いたジェーンは、ゆったりと体重を預けてくる。
子供一人分の重さに──助けられたことに──心地良さを感じながら、俺はなるべく揺らさないように歩いていく。
一歩ずつ踏みしめるたびに、ザクリと凍って砕けた土が音を立てる。
「ジェーンは魔術使えるんだな、しかも氷属とは珍しい」
珍しいとは言ってみたものの、俺としては得た知識からの受け売りでしかなく、実感があるわけではなかった。
「使ったのはこれがはじめてだよ……とにかく必死で、一人じゃどうにもならなかった」
「いやいや立派なもんだ。でないと俺も俺を褒められない」
「ベイリル……あなたも?」
「あぁ俺もこの状況になってようやく魔術を使えるようになったクチだ」
現況を打開する為の力を求め、修得した。
そういう意味では俺とジェーンは同じであり、破壊できたかどうかは魔術の相性と結果論でしかない。
「そっか。でもそれで私まで助けてくれたんだから、やっぱりちがうよ。エルフってすごいね」
「ハーフだけどな」
「そうなんだ、触ってもいい?」
「……まぁ、いいよ」
半長耳を優しく撫でるように触られ、すごくこそばゆく感じる。
「──ッッ」
「あはは、くすぐったそう」
そうこうしている内に俺とジェーンは、リーティアとヘリオの元へと着く。
二人ともかなり疲れ切った様子が拭えないが、とりあえずは小康状態と言っていいだろう。
「さて、これでとりあえずは全員揃ったな。俺はちょっと周辺を見てくるから、三人はゆっくり話していてくれ」
「あっベイリル!」
俺はジェーンをその場に降ろし、静止の声に対して薄い笑みを浮かべて首を縦に振った。
直近の危険は何とかなったものの、当面の危機を脱したわけではないのだ。
すぐに近くの最も背が伸びている樹上へとするする登っていく。
(深い森だな、地平線まで続いてる。片側は山だし……)
3人の子供を連れての脱出は不可能と見ていいだろう。
俺自身もどうしたって空腹と疲弊があり、陸上竜のような魔物も棲息している。
「チッ、一度は身を委ねるしかないのか──」
俺は舌打ちながら毒づく。
人工の土塊構造物を作って、ご丁寧に4人バラバラに閉じ込めた人間がいる。
最も可能性が高そうなのは、暗闇と飢餓を利用して精神リセットさせた上で、救世主となり刷り込みを行うこと。
(その上で魔術による主従契約をして奴隷にし、手間暇かけた一行程が完了するってとこか)
問題はどこまで誤魔化せるかということだった。
(俺が脱獄して他の3人まで助けてしまったなど、どうあがいても想定外の事態なはず……)
このまま子供を装ったところで、相手が信用してくれるとは思えない。
予定外の状況に対してどういうアクションをしてくるかは、さらなる未知数となる。
(いっそのこと、こちらから先手を打って奇襲するという手段も無いわけではないが──)
あまり現実的な方法とは言えない。
万全の状態からは程遠く、練度も経験もまったく足りていない子供が4人。
一方相手は堅固なドームをあっさりと作ってしまえるほどで、他の魔術も身体能力も技術も戦闘経験も段違いだろう。
罠を張るにしても精々できそうなのは落とし穴くらいであり、通用するとも思えない。
(魔術で血管内に空気を作り出して塞栓症を引き起こす、なんてこともできないしなぁ)
魔術を直接的に体内に作用させることはできない。
なぜなら魔力が血液を通して循環している為、干渉することができないのだと一般に言われている。
「多少の力を手に入れたとは言っても、結局は被庇護者という立場から抜け出せない」
俺はグッと小さな拳を握ってから、ゆっくりと開いて手の平を見つめる。
人生とは選択の連続。
だが弱者には選択肢すら与えられない、掴み取ることができない以上は甘んじるしかない。
可能性についていくら推察し熟慮しようが、当たってみないことにはわからないのだから……。
「まぁいい、できることを全力でやる。それだけだ」
◇
「──新たな候補、壊れてないとお思いですか?」
騎乗したその若い男は、隣で同じく馬に乗った人物へ話し掛ける。
顔は外套に付いたフードを被っていて、互いによく見えない。
ただ声は怜悧さを帯び、容赦というものを知る必要がないと主張するようであった。
「……その時は致し方ないが、また見繕えばいい。時間的な浪費は少なく済む」
そう答えた眼鏡を掛ける男の年齢は、若者よりもかなり上だった。
年相応の味のようなものをその顔に刻んで、表情には穏やかさを貼り付けている。
「だがな、私が自ら選んだ子たちだ。この程度のことは乗り越えてもらわねば困る」
わざわざ"魔術具"を使って適性を見極めた、奴隷市場の子供達。
「"セイマール"先生がそう仰るのであれば。にしても今回は僕の時と違い、数が少ないようですね」
セイマールと呼ばれた壮年の男は、眼鏡をクイッと上げ直しつつ答える。
「私も最近は、"製作"と"調整"で何かと忙しい身でな。"アーセン"よ、おまえに教えていた頃のように、多数を見ることは難しいのだ」
「教育する者を自ら選んだのも……その為というわけですか」
アーセンという名の若者は、いまいち面白くないといった声音を浮かべる。
セイマールはそんな調子も見極めた上で、話を続けた。
「それに不慣れで加減知らずだった昔と違い、多少は勝手もわかっているつもりだ」
「先生……ッそんな決して──」
「いや、いいのだよアーセン。実際に優秀なおまえ一人しか残らなかった以上、あの頃はやり過ぎだったのだ」
それは確かに後悔の念ではあったのだが、人を悼むものではなく成否をただ問うてるだけのものであった。
「常に新しきを求めねばならない。我らが"道士"と教義の為にも、常により良い方法を模索し続けねばならんのだ」
「"三代神王ディアマ"様のように、ですね」
「その通り。彼の御方の意志は、いつだって我らの心と共に在る」
二人は話を続けながら森の中の目印を辿っていき、ようやく目的地へと着こうとしていたのだった。




